ヴィデル様の笑顔
ヴィデル様が起きてきたのは、夕方だった。珍しく、寝巻きのまま一階へ降りてきた。
気怠い雰囲気のイケメンが、シルクのような光沢のある寝巻きに身を包み、優雅にソファに腰を下ろす。
溢れ出る気品、そして、チラリと見える鎖骨。
最高の被写体が、最高の状態で目の前にいる。早く写真を撮りたくて仕方ない。
「予定より早かったな。使い方を説明しろ」
「かぁしこまりましたー!」
使い方の説明と称して、早速何枚かヴィデル様を撮影する。顔のアップ、全身、横顔。どこをどう切り取ってもすごく絵になる。
そして、仕組みの解説を交えながら、使い方を説明する。
「覚えた。そこに立て」
そう言って、ヴィデル様は私から記録用魔道具を奪うと、私に向かって構えた。
え、めちゃくちゃ恥ずかしい。何これ。
どんな顔でどんなポーズで立っていればいいのか分からず、とりあえず手でピースサインを作った。
そして、ヴィデル様が撮った写真を見ると、私のピースサインだけが紙いっぱいに写っていた。人を立たせておいて、顔は撮らずに手だけ撮るとは、さすがヴィデル様である。
「上手く撮れたな」
「……そうですね、よく撮れています」
「予定では、次の作業は遠距離通信用魔道具の課題検証だったな?」
「はい!」
「そっちはまだ手を付けなくていい。その代わり、音声の記録用魔道具を作れ」
「音声の? ですか?」
「ああ。近距離通信用魔道具の通話機を使えば、お前ならすぐに出来るだろう?」
「通話機を……。なるほど。音の魔石に音声が入力されてから、即座に無の魔石で音声を出力するのではなく、任意のタイミングで出力するようにすれば出来そうですね」
「ああ。素材や魔石は、遠距離通信用魔道具のために買ってある物を使っていい」
「承知しました! でも、一つだけ聞いていいですか?」
「なんだ」
「一体何に使うおつもりですか?」
「……俺のためだ。文句あるか」
「いえ、これっぽっちもありません」
「ならいい。明日の朝までに出来るか?」
「明日の朝!?」
「出来たら褒めてやる」
「全力で頑張ります!!」
ヴィデル様の言葉は、私に本気を出させた。
*
……その結果、作る仕組みが簡単なこともあって、その日の夜に音声記録用魔道具が完成した。
小さな音の魔石と無の魔石のセットが三つ入っており、手のひらサイズである。
魔石のセットと対応したボタンが三つ付いていて、それぞれに音声を録音、再生することができる。
試しに、ヴィデル様に声を出してもらい、それを私が録音してみることになった。
「……これは音声記録用魔道具のテストだ」
固い! 固すぎる! でもいい声。再生してみよう。
『……これは音声記録用魔道具のテストだ』
『……これは音声記録用魔道具のテストだ』
『……これは音声記録用魔道具のテストだ』
「もう止めろ」
「あ、はい」
複数回の再生も可能、と。
あとは、残りニつの魔石セットでも録音と再生ができることの確認や、上書き出来るかの確認も必要だ。それに、どれくらいの時間録音できるかも知っておきたい。
「次は俺が使ってみる。何か話せ」
「え? あ、もう? えーっと、私の好きな食べ物はお肉とフルーツです」
「ふっ」
「あ、今笑いましたね? 私はヴィデル様の録音のとき笑わないように我慢したのに!」
『え? あ、もう? えーっと、私の好きな食べ物はお肉とフルーツです』
『え? あ、もう? えーっと、私の好きな食べ物はお肉とフルーツです』
『え? あ、もう? えーっと、私の好きな食べ物はお肉とフルーツです』
「ふはっ」
え〜! ヴィデル様がめっちゃ笑ってる〜! 珍しい! 笑い方かっわいい〜!
あまりに貴重な光景に、映像記録用魔道具を取りに走ろうとした私に、ヴィデル様は笑顔のままこう言った。
「よく出来ている。褒めてやろう。それから、おまえの好物は覚えた」
初めて褒めてもらえたのが、すごく嬉しかった。それに、今のセリフを録音したかった。
ヴィデル様といると、あれもこれも記録したいことばかりで、どうすればいいのか分からなくなった。
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