セレスチア城
王都セレスチアは、城壁にぐるりと周囲を囲まれた城塞都市である。
城壁は星形となっており、これによって城塞側の死角を減らすことができるそうだ。この珍しい城壁のため、セレスチアは別名「星形城塞都市」としても有名だ。
城壁には、計五箇所に門が設置されていて、門番の兵が立ってはいるが、平常時であれば誰でも通行は自由である。
ただし、平常時であっても、民間人が武器や戦闘用の魔道具などを所持している場合は、然るべき申請が承認されていなければ通ることはできない。
私たちは何の武器も魔道具も所持していないため、馬車の窓を開けて中を軽く見せるだけで問題なく通行できた。
今回、実家からセレスチア内にある研究所に通っていた時とは別の門から中へ入ったため、景色が異なり新鮮だ。
住宅地を過ぎ、商業地区も過ぎると、いよいよ王城の周囲を取り巻くお堀が見えてきた。
セレスチア城は、お堀を越えるための跳ね橋や見張り櫓を備えた、立派な城門が特徴的な城だ。
跳ね橋の近くで馬車を降り、歩いて橋を渡ると、城門は目の前だ。かなり緊張してきた。
当たり前のことだが、普通は城門で誰何される。だが、ルヴァ様を見た門番は礼をし、どうぞ通ってください、という雰囲気だ。
続いて私に話しかけようとした門番に、ルヴァ様が対応してくれた。手紙で先触れを出した件だと話している。
それを聞いた門番が城内へ確認しに行き、戻ってくると、無事に通らせてもらえた。
私たちが通されたのは、城内一階の奥の部屋だった。応接用の部屋なのだろう。あちらこちらに装飾が施されている。
しばらく待っていると、小太りのおじさんがやってきた。
「待たせた。アトラント辺境伯、久しいな」
「久しぶりだな、ヘルゲン大臣」
「そして、おまえがエリサだな」
「はい。お初にお目にかかります。エリサ・ストラードと申します」
「まあ、ストラードの家名を名乗っていいかは微妙だが、他に名乗りようもないか。さて、こちらも忙しいので単刀直入に聞くが、おまえには二件の容疑がかかっている。そのことは知っているな?」
はっきり言って、すごく感じが悪い。話を聞く前から、私が悪いと決めてかかっているような口ぶりだ。
「……昨日、ルヴァ様から伺いました。ですが」
「おまえの意見を聞く前に、こちらが知っていることを話そう」
ムカつくことに、こちらの話を遮ってきた。そして、その後大臣がペラペラと話したのは、おおよそ昨日ルヴァ様から聞いた、義妹や義母、研究所側の主張そのままだった。
だが、一つ知らない話があった。
「あー、ちなみに、出資金の使途について、研究所の言い分としてはだな、おまえが開発に必要だと言う高価な魔石や素材をたくさん買わされたし、給料も他の研究員より多く渡していたのだそうだ」
話を盛るにもほどがある。しかも、何の証拠もないのに、この人はなぜそんな話を信じるのだろう。胡散臭いとは思わないのだろうか。
「……大臣、エリサはどちらの容疑も否認しているし、状況から見て、エリサは無実であると私も思っている。有罪だと決めてかかったような言い方はやめてくれないか」
「エリサとやら、アトラント辺境伯にうまく取り入ったようだな。だが、無罪だとて、こいつの魔道具開発の能力は王国の隅っこで独り占めするには惜しい。王国全土の役に立てるべきだ。そう思わないか?」
「いくら何でも口が過ぎるぞ、大臣!」
「ふん。当たり前のことを言ったまでだ。エリサの処遇が決定したら通達する。それまでそいつを逃すなよ」
そう言って、ヘルゲン大臣は立ち上がった。
「おい、わざわざ呼び寄せておいてこれで終わるつもりか!? エリサの話を聞くのではなかったのか!? まだ碌に聞いていないではないか!」
「では失礼する」
大臣は、ルヴァ様の問いには答えず、どしどしと音を立てて出て行った。
「エリサ、その……」
ルヴァ様は何かしらフォローの言葉をかけようとしてくれているが、一つも浮かばないようだ。
そりゃそうだ。あんな酷いことを言われたんだもの。ルヴァ様にも、アトラント領のことを酷く言っていた。
「ルヴァ様、私なら大丈夫です! 短い奴隷時代に、同じような感じで扱われたことがあります! まあ、あそこまで酷くはなかったですが」
ここで言っているのは、屋敷に来た直後の執事のことだ。今は良くしてもらっているので、名前は伏せておいた。
ルヴァ様は黙ってこちらを見ている。
「何が言いたいかと言うと、私を奴隷や犯罪者だと思っている人は、そういう扱いをするものだ、ということです。もう慣れましたから、大丈夫です!」
こうして、王城での滞在はたったの三十分で終わり、私とルヴァ様は王都にある辺境伯家の別邸に向かうことになった。
多忙な中、付き添ってくれたのに、私のせいでルヴァ様まで失礼なことを言われてしまったことが、すごく悔しかった。
*
翌日、ルヴァ様が王都での用事を終えるのを待ち、別邸で昼食を取らせてもらってから出発した。
途中で休憩を挟んだり、馬を替えたりしつつ、ひた走ること十一時間。御者は二人体制で、時々交代しながら運転してくれたが、これだけ長い旅路だ。相当疲れただろう。
皆にお礼を言い、研究室に着いたのは真夜中だ。一瞬、ドアの鍵をどうしようかと思ったが、鍵は空いていた。私のために空けておいてくれたのだろう。
ヴィデル様は一階にはいないようだ。
階段に向かうと、ソファの前にローテーブルが置かれているのを見つけた。なんと、私が見ていたテーブルではない。
一瞬がっかりしかけたが、よく見ると、天板や脚の材料は私が見ていたものと同じで、棚のデザインが違う。こちらの方が、形や飾りが凝っていてより素敵だ。
ヴィデル様はずるい。
私の希望は聞いてくれないくせに、こうやって私の期待を軽々と超えてくるのだ。
二階に上がり、自室に入ろうとすると、ヴィデル様の部屋のドアが開いた。めちゃくちゃびっくりした。
「うわっ! あ、すみません、起こしてしまいましたか……?」
「いや、今寝ようとしていたところだ。それより、王城でなんて言われたんだ?」
「ええと、だいたい手紙に書いてあった通りで、それ以外には特に……」
言いながら思い出し、怒りと不安と悔しさがごちゃ混ぜになった感情が込み上げ、涙になって出てきた。最近、涙もろくなった気がする。
「本当は何を言われたんだ?」
「酷いことを、言われました。私だけじゃなく、ルヴァ様にも。悔しいです……」
ヴィデル様は何も言わず、自分の部屋に入っていく。ドアは開いたままだ。
そして、ベッドに腰掛けると、私を見て言った。
「エリサ」
名前を呼ばれて近づいていくと、ヴィデル様は私の腕を掴んで引き寄せ、自分の隣に座らせた。
そして、片手で私の肩を抱き寄せると、いつもの口調で言った。
「俺は以前、おまえにこうも言ったはずだ。『おまえは必ず守る。心配ない』と」
「……前に聞いた時とは少し違う気がしますけど、こっちのほうが良いです」
「俺を信じろ」
「はい、ヴィデル様」
ヴィデル様はしばらくの間、そのまま手を解かなかった。
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