王都への旅路
ルヴァ様の執務室を退出した後、ヴィデル様の後に付いて研究室に向かった。
道中、ヴィデル様は終始無言だった。いつも通りではあるけれど、今は誰とも何も話したくない私には、それがありがたかった。
研究室に着いたので、まずは着替えだ。自室でメイド服の黒ワンピースに着替え、脱いだばかりの若草色のワンピースを見る。
今朝このワンピースを着た時は、久しぶりの外出でワクワクする気持ちにぴったりだと思った。まさか、脱ぐ時にはこんな状況になっているなんて……。
ワンピースのシワを伸ばし、丁寧に畳むと、自室を出て一階へ降りる。
そして、いつもの席に座り、ひたすら紙に向かってペンを走らせる。
とにかくあいつらを撃退できるものを作らなくちゃ。その一心で、いくつも設計図を書いていった。
*
「おまえは熊退治にでもいくのか?」
テーブルに散らばる設計図を何枚か手に取り、ヴィデル様はそう言った。
今ヴィデル様が見ているのは、手に持ってスイッチを押すと、スイッチとは反対側の先端から電流が流れる魔道具の設計図だ。
……要は、スタンガンである。
「熊よりやっかいな奴らを撃退するんです」
「身体的に傷付けても、またおまえの立場が悪くなるだけだ。やめておけ」
「でも!」
「おまえは、こないだのスケジュール通りに開発を続ければいい。もともと、今日からは記録用魔道具の試作機作りの予定だったな?」
「……ヴィデル様は、私が王宮に閉じ込められて奴隷扱いされてもいいって言うんですか?」
「そうは言っていない。俺は前にこう言ったはずだ。『おまえは俺の言う通りに進めばいいだけだ。余計なことを考えるな』と」
確かに言われた。その言葉を聞いた時は、ありがたいと思ったはずだ。でも今は違う。
「この状況を何とかしようとすることが、余計なことだって言うんですか!?」
「そういうことだ。熊退治の道具で何とかできると思っているならな。いいか、おまえにはおまえにしか出来ないことがある。つまり、おまえにしかできない戦い方があるということだ」
「……それが、スケジュール通りに記録用魔道具の試作機を作ることだと?」
「そうだ」
ヴィデル様のことは信じたいけれど、今のヴィデル様の言葉は信じられない。
何を言えばいいのか、何をすればいいのか分からなくなった私は、自室に閉じこもった。
ティオナが運んできてくれた夕食さえ、喉を通らなかった。
*
翌朝目を覚ますと、外はまだ暗かった。だが、ベッドから出て支度を始める。
洗面所で顔を洗い、寝癖を直し、水色のワンピースに袖を通す。
外がほんのり白んできた頃、執事が迎えにきた。手にはお弁当と水筒を持っている。
馬車の中で食べられるように、と料理長達が早起きして作ってくれたのだという。
馬車に向かうと、ちょうどルヴァ様が馬車に乗り込むところが見えた。
執事からお弁当と水筒を受け取り、お礼を言う。
「いってきます」
執事にそう言って、馬車に乗り込んだ。
*
王都セレスチアへは、馬車で片道十時間はかかるという。途中何度か馬を替えてもそれくらいかかるのだ。
セレスチアからアトラント家のお屋敷までの道のりは、執事に買われたときに通ったのだが、あのときは本当に何も考えられず、気付けばお屋敷に着いていた。そんな感じだった。
長旅ではあるが、ルヴァ様と二人での馬車の旅は、それはそれは快適だった。
まず、道中、町を見かけるたびに「寄るかい?」と、にこやかに聞いてくれる。これなら、いつトイレに行きたくなっても安心だ。
それに、ヴィデル様の幼い頃のかわいらしいエピソードや、アトラント領内の珍しい特産品などの楽しいお話をしてくれる。
おかげで、嫌なことばかり考えずに済み、だんだん初めての王宮にワクワクする余裕さえ出てきた。
ルヴァ様はこんなに優しいのに、何でヴィデル様はあんなに捻くれ者に育ったのだろう。
「ルヴァ様、ヴィデル様はいつからあの性格なんですか?」
「あの性格って?」
ルヴァ様の目元や口元がちょっぴり笑っている。こちらの言わんとすることを分かっていて聞いているんだろう。
「……本当は優しいのに、冷たい言い方をしてしまう性格のことです」
「はははっ。でも、本当は優しいというのは分かってくれているんだね」
「そ、それは、はい……」
「ヴィデルも、昔は素直で明るい子だったんだよ。あいつが冷たい物言いをして人と距離を置くようになったのは、私のせいなんだ」
「ルヴァ様の? 信じられません。だって、ルヴァ様はこんなにお優しいのに」
「私だって、誰にでも優しくするわけじゃない。だが、今言ったことは本当のことなんだ。だから、君がヴィデルのことを理解した上で接してくれていることを、あいつの父親として嬉しく思う。ありがとう」
「い、いえ! そんな……!」
ルヴァ様はにっこり微笑み、話を続けた。
「そういえば、私がストラード家に行って、君の父上と話をしたのはヴィデルから聞いたかい?」
「あ、はい。お忙しい中、遠い我が家まで話しに行ってくださったこと、本当にありがとうございました」
「いや、いいんだよ。結局成果は得られなかったしね。それより、あれはね、君を君の家族から守るために、ヴィデルが私に依頼してきたことなんだ」
「えっ?」
「君と研究所の契約破棄も、実現できたのはヴィデルが頑張ったからさ」
「……ヴィデル様は、私のためではなく、アトラント領のためとおっしゃっていました」
「ヴィデルがもし、君のことをどうでもいいと思っていたなら、研究所の件も君の家族の件も、放っておいたはずだよ」
「そうなのでしょうか?」
「研究所との契約が破棄されておらず、研究所に君を返すことになれば、君は研究所での開発を再開するはずだ。我が領としては、また出資を再開すればいい。出資額は、君のお給料と同じだから、資金面ではどちらも同じことだ」
ルヴァ様は言葉を続ける。
「それに、君の家族が何か言ってきて、君をストラード家に返すことになれば、君には自宅で開発を続けてもらえばいい。我が領としては、君との契約だけ残しておければ、君の成果物を受け取ることができるからね」
「……そういうこと、なのですね」
「ああ。だからこそ、ヴィデルのためにも、君の王宮行きは回避してやりたい」
なんて言えばいいのか分からず、困って窓の外に目をやると、王城と、その周りに広がる王都セレスチア、そして城壁が見えた。
ルヴァ様も、窓の外に目を向けている。
いよいよだ。そう思うと、鼓動が速くなっていく。
……自分のこの胸の高なりは、王城が目に入ったせいだと思おうとした。
でも、本当は気付いていた。鼓動が速くなり始めたのは、ルヴァ様のお話の途中からだったということに。
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