以心伝心ってやつ?
目を覚ますと、まだ外は暗かった。
洗濯室の隅に置かれたベッドマットの上で、毛布にくるまって寝たのだが、寒くて起きてしまったようだ。寝る前に洗濯用魔道具の温風を止めたことを後悔する。
また温風を付けるが、部屋が暖まるまで時間がかかりそうだ。
毛布にくるまっていると、いろんなことが頭をよぎる。
どうして私はこんなところにいるんだろう。どうしてお父様と婚約者と所長から同時に拒絶されたんだろう。
……あの日、所長からクビを言い渡された後、帰宅して玄関のドアを開けると、お父様が仁王立ちで立っていた。仁王立ちの人を見るのは初めてだった。
『エリサ、おまえは自分のしたことが分かっているのか!』
『何のことを言っているのですか?』
『テレシアをナイフで刺したことに決まっているだろう!』
テレシアは私の義妹だ。父親の再婚時に相手が連れてきた子供だ。
『いやいやいや、テレシアは寮に入っているし、もうずいぶん会っていないですよ? それより、テレシアは大丈夫なんですか?』
『しらばっくれるな! テレシアからおまえが犯人だと聞いている。おまえの部屋から血のついたナイフが出てきているのが何よりの証拠だ!』
『それは何かの間違いです。私がテレシアを刺すわけがないし、刺す理由がありません! テレシアと話をさせてください』
『テレシアはおまえには会いたくないと言っている。命に別状はないが、心身に傷を負った。嫁入り前にかわいそうに……。おまえをこの家に入れることは二度とない。もう私の娘でもない。オブダシアン君との婚約も破談にするとマックレル家から連絡があったからな! この恥晒しめ!』
思い返すとめちゃくちゃ腹が立つ。
なぜあの父親は、血のつながっていないテレシアの言葉は鵜呑みにし、実の娘の言い分は何一つ聞こうとしないのか。
そもそも、なぜテレシアはそんな嘘をついたのか。年の近い私たちは、会えばよく話す仲だったし、けして悪い関係ではなかったはずだ。
それに、ナイフが私の部屋から出てきた、ってのは何なんだ?誰がいつそんな物を……。
意味の分からない義妹も、私を信じない父親も所長も婚約者のシアンも、絶対に許すまじ。
熱い決意をした頃にはとっくに日が昇り、部屋は明るく、暖かくなっていた。
ベッドから起き出すと、ちょうどドアがノックされた。鍵を開ける音をノック代わりにされるのに慣れてしまい、ノック音が新鮮に感じる。
入ってきたのはティオナだった。朝食はポタージュスープと昨日とは別のパンのようだ。
「おはよう、エリサ! よく眠れた?」
「おはよう、ティオナ。ええ、ぐっすり眠れたわ」
「それは良かったわ! あなた、今日から離れの研究室に移動するみたいね。驚いたわ」
「私も驚いているの。もう何が何やら……」
「それでね、朝から移動するみたいで、しばらくしたらセドリック様がいらっしゃるわ。その前に、朝食と身支度を済ませておいてね。はい、これ」
そう言ってティオナが差し出したのは、ティオナと同じメイド服のようだった。
「メイドとして働くわけではないみたいだけど、他に女性の使用人用の服がなくて、とりあえずメイド服を着ておくように、とのことよ」
「分かったわ。ありがとう」
「じゃあ、また後で食器を下げにくるわね」
朝はティオナは忙しいのか、パタパタと出ていった。
さて、やることをやってしまおう。
まず洗濯用魔道具の青の蛇口部から水を出し、顔を洗って口をゆすぐ。昨日洗ったタオルを一枚残しておいてよかった。
次に、暖かいうちに朝食をとる。今日のスープも美味しい。パンはサクッとしていてスープに合う。
そして、渡されたメイド服に着替える。リボンを結ぶ位置なんかはティオナを参考にした。
少しして、ガラガラとワゴンの音とともにティオナがやってきた。
「食事は済んだ? あら、よく似合うわよ」
「ええ、ごちそうさま。ありがとう、メイド服を着るの久しぶりだわ」
「え? 前はいつ着たの?」
しまった。前に着たのは前世のハロウィンだった。
「あ、初めてだわ」
「ふふ、変なの。あ、そろそろセドリック様がいらっしゃるわ。暖房は止めておいたほうがいいかもね」
「おっと、そうね。また小突かれるところだった。ありがとう」
食器を下げるとティオナはまた片目をつぶって出ていった。私が男なら、あのウインクで落ちる自信がある。
ティオナと入れ替わりに執事がやってきた。機嫌が悪そうだ。
「ヴィデル様の指示で、おまえは今日から離れの研究室で魔道具の開発をすることになった。今すぐ移動だ。荷物をまとめろ」
「まとめました」
「ふんっ、じゃあついて来い。逃げるなよ」
そう言って執事は洗濯室を出てずんずん歩いていく。かなり早足だ。いじわるなやつめ。
しばらく廊下を歩いて裏口へ出ると、庭の奥に建物が見える。
執事はその建物に向かっているようだ。
「着いたぞ。入れ」
執事の話し方は、いちいち意地悪な軍人みたいな話し方だと思った。「回れー右!」とか言いそうだ。
離れと呼ばれるその建物は、前世でいうところのカントリー調の外観で、中に入ると木のいい香りがした。建てたばかりということだ。調度品もセンスがよく、落ち着いた内装だった。
ここに住めるなんてラッキー。
「この後、ヴィデル様がいらっしゃる。いいか、生意気な口を聞くんじゃないぞ。命が惜しければな」
うきうきする私に水を差す執事。言うことがいよいよ軍隊らしくなってきた。
一階にはキッチンとバスルーム、それに大きなリビングがあり、リビングの真ん中の大テーブルにはいろんな魔道具や書類が乱雑に置かれている。
奥に階段が見えるため、二階も行ってみたいが、執事が許さないだろう。こいつが帰ったら見に行こう。
しばらく黙って待っていると、足音が聞こえてきた。入口にヴィデル様の姿が見えると、執事につられて頭を下げた。
「セドリックは下がっていい」
「ですが……」
「下がれ」
「かしこまりました。おいおまえ、ヴィデル様にくれぐれも失礼のないように」
私に向かって噛み付くように言うと、執事は離れを出ていった。
美形がこちらを向いて立っている。
「さて」
「おまえは今日からここで、アトラント領の発展のために役立つ魔道具を開発せよ」
「かしこまりました。二つ質問があります」
「一つだ。言え」
「一つかぁ……。では、どんな魔道具を作ればよいのでしょうか」
「そんなこと、おまえが考えろ。アトラント領の発展に寄与すれば何でもいい。手段は問わない。だが、設計段階でまず私に見せろ。作るのはその後だ」
「承知しました」
ヴィデル様は離れから出ようとして立ち止まり、こちらに背を向けたまま話し出した。
「ここの鍵は私とセドリックが持っている。勝手に外へ出ることは許さない。設計図が出来たら緊急用のベルを鳴らせ。くだらん物を見せたら即クビだ」
聞けなかった二つ目の質問に勝手に答えてくれた。以心伝心である。
最後の条件には承知できないので返事はしなかったが、ヴィデル様はさっさと出ていった。
まさか、こんな形でまた魔道具の研究ができるなんて。
しかも、噂通りのサイコパスではあるけれど、イケメン&イケボの上司と二人の研究室である。
早速アイディアが浮かんだ私は、猛烈な勢いで設計図を描き始めたのだった。
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