予想外の手紙
先ほどテーブルを買ったお店のあたりでお昼を済ませた私たちは、屋敷へと戻る帰途についていた。
アジュリアから離れるにつれて、馬車の揺れが強くなっていく。
ヴィデル様は、先ほどから目を瞑り、頭はゆらゆらしている。
昨日は、朝早くから夜遅くまで外出していたし、今朝も私より早く起きていた。疲れているんだろうな。
ヴィデル様が少しでも快適に眠れるようにと考えた結果、そうっとヴィデル様の隣に移動してみたものの、ここからどうすればいいのか分からない。
すると、ちょうどヴィデル様の頭が私の頭の上に降りてきた。これで、起こすことなく枕役を務めることができる。
サラサラの髪が頬に触れるのが、何だか心地よくて、幸せな気持ちになった。
その五分後には、私も寝ていた。
*
……エリサさん
……エリサさん
目を開けると、御者が馬車のドアを開けて私を呼んでいた。
聞けば、ヴィデル様はさっさと降りて一人で本宅へ向かったという。いつも通りではあるけれど、「俺のそばから離れるな」とか言ったばかりなのに、とは思う。
御者へお礼を言って、研究室へ帰ろうとするが、途中で鍵が開けられないことに気付く。仕方なく本宅へ向かうことにした。
本宅へ入ると、ちょうどレイアが通りかかった。
「レイアさん、ヴィデル様かセドリック様の居場所をご存知ですか?」
「お二人とも、先ほどルヴァ様の執務室に向かわれましたよ。ご案内しましょうか?」
「ありがとうございます! お願いします」
レイアに連れられて執務室の前に着くと、ちょうど中から執事が出てきた。
「エ、エリサ、ちょうどよかった。ルヴァ様がお呼びだ」
あれ? 執事の態度が想像と違う。
てっきり「おめでとう! あのヴィデル様を射止めるなんてやるじゃないか!」とか言われるかと思ったのに。しかも、何だか焦っている様子だ。
……もしかして、ルヴァ様が結婚はダメだとおっしゃっているのかもしれない。
深呼吸をしてからノックをし、ドアを開ける。
中には、執務用であろう机や本棚が置かれていて、ルヴァ様は机に肘をつき、ヴィデル様は机のそばで腕を組んでいる。
全くもって、おめでたいムードじゃない。
二人に漂うただならぬ雰囲気を感じ、恐る恐るルヴァ様の近くに歩み寄ると、ルヴァ様が困ったような顔で口を開いた。
「今朝、君宛てに王家から手紙が届いたんだ。君と一度話がしたいから、王宮へ来るようにとのことだ」
え? 私宛てに? 王家から?
「あの、王家から私宛ての用件に全く心当たりがないのですが、何についての話なのでしょうか?」
「ヴィデルが、君の研究所との契約破棄のために、王家に証言させた件は聞いているね?」
「はい」
「そのときに、エリサという研究員が、遠距離通信用魔道具の開発を担当していたが、犯罪を犯したという理由でクビになったことが王家にも伝わったんだ」
ルヴァ様は、言葉を慎重に選んで話を続ける。
「王家として、遠距離通信用魔道具の開発を少しでも早く進めたい。だが、研究所は開発をストップしていると言うし、研究所から人材を引き抜こうとしても、研究所が抵抗して上手くいかない」
ルヴァ様と目が合った。
「そこで白羽の矢が立ったのが、エリサ、君だ」
「え?」
「王家は、君を王宮付きの魔道具師として迎えようと考えているんだ」
一気に血の気が引いていくのを感じる。
「で、でも、私は犯罪者扱いなわけですよね? そんな私を、ですか?」
「君と君の義妹の間で起きたことについては、王家が直々に調査を始めたそうだ。だが、君の義妹や義母は口を揃えて君が義妹を刺したと証言しているらしく、君の部屋から証拠が出たということもあって、王家としては有罪という見方が濃厚のようだ」
「それなら……」
「さらに、遠距離通信用魔道具の開発のための出資金が具体的に何に使われていたかについて、研究所は君が全て使い切ったと話しているという。つまり、君には、義妹を刺した容疑と、出資金の不正利用容疑の二つがかかっている」
「なっ!」
研究所といい、義妹や義母といい、みんな好き勝手に自分に都合のいい嘘をでっち上げている。しかも、何でもかんでも私のせいときた。
さっき引いていった血の気がみるみる戻ってくる。
「もし、二つの容疑が事実であったとしても、それはそれとして君を呼び寄せる意向だそうだ」
王家も王家だ。私の話を聞く前から犯罪者扱いで話を進めている上、犯罪者でもそうじゃなくても王宮で働けだと?
どうなってるんだ、この国は! 王様を出せ! 王様を!
湧いてくる怒りに、思わずルヴァ様に向かって暴言を吐きそうになり、口を噤む。
代わりにヴィデル様が口を開いた。
「……おまえを犯罪者扱いできるということは、雑な待遇で働かせるだけ働かせることができるからな。要は、有能な奴隷が手に入るとでも考えているんだろう」
ぬおー! 許せん! 許すまじ!
「許せません! 義妹も、義母も、研究所も、王家も!」
「王家の件は、まだ王宮で働くと決まったわけじゃない。とにかく、一度来いとのことだから、明日私と一緒に行こう」
私が仏頂面で黙っていると、ルヴァ様が努めて明るい声を出した。
「まずは一度話をするだけだ。それに、私としても、有能な君を手放したくない。どうすればいいか、一緒に考えよう」
あまりの怒りに、ルヴァ様の有難い申し出すら、右の耳から左の耳に抜けていった。
私は、義妹と、義母と、研究所の悪いやつらをどうすれば撃退できるのか、頭をフル回転させて考えていた。
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