プロポーズ
「ヴィデル様〜!」
「きゃー!」
「ご結婚おめでとうございます!」
「ぎゃー!」
先ほどから人々の歓声が鳴り止まない。中には、悲鳴のようなものも混じっていた。
領主の子息の結婚宣言だ。そりゃあ盛り上がりもするだろう。
しかも、超絶イケメンなヒーローが、怒鳴り散らす父親を言い負かしてヒロインを助けるという、ドラマチックなシチュエーションであったのだから尚更だ。
悲鳴を上げたい気持ちはよく分かる。
父はというと、衛兵が話を聞こうとしているが、人々の歓声がものすごいため、話どころではないだろう。
父が伯爵家当主であると知ってか、衛兵は父に対して丁重な態度である。だが、壺を割られた店の店主が激怒しており、結局どこかへ連れて行かれるのが見えた。
歓声を巻き起こした張本人であるヴィデル様は、何事も無かったような顔をして、さっさと馬車に向かって歩き出した。
慌てて後ろをついて行く。
ヴィデル様は、御者に来た道を戻るよう指示すると、馬車に乗り込んだ。
私たちが馬車に乗った後も歓声は収まらず、窓の外を見ると、みんなこちらに向かって手を振っていた。
「ここの騒ぎが収まるまで、おまえの買い物に付き合ってやる」
「あの」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「気にするな。おまえのためじゃない」
「そう、なのでしょうか?」
「俺は自分のモノに手を出されるのが心底嫌なだけだ」
てっきり、また「アトラント領の利益のためだ」と言われると思ったのに、意外な言葉が返ってきた。
まるで、ヴィデル様自身のためにしたことだと言っているみたいだ。
「……父に手を引かせるための方便とはいえ、突然結婚するなんて言われて驚きました」
「方便ではない」
「え?」
「本当に結婚してもいいと思っているということだ」
「……お気持ちはすごくありがたいですが、申し訳ない気持ちの方が強いです。だって、私の家の問題がなければ、ヴィデル様は私と結婚なんてしなくていいわけですし。それに、アトラント辺境伯家のご子息であるヴィデル様が、私なんぞと結婚してよいのでしょうか」
「俺がいいと言っているんだ。それに子息と言っても次男だ。何も問題ないし、誰にも文句は言わせない」
「ですが……」
「いいか。実態はどうあれ、おまえが戸籍をストラード家に置いているのは事実なんだ。そうであり続ける限り、あの父親はおまえ自身や、おまえの作る魔道具の権利を主張するだろうと俺は思う」
そんなまさか、と言いたかったが、言えなかった。
先ほど見た父は、私が知っている父とはまるで別人だった。まるで何かに取り憑かれたかのように怒鳴り続け、馬車の窓を割ろうとさえしたのだ。
あのとき、ヴィデル様が父を止めてくれることなく、窓ガラスが割られていたら、私は確実に大ケガをしたはずだ。
そんなこと、少し考えれば分かるのに、父は考えなかった。あるいは、分かった上で割ろうとしたのだ。
先ほどの恐怖を思い出し、今になって体が震え出す。そのせいで、歯がガチガチと音を立てている。
「……すまなかった。必ず守ると約束したのに、怖い思いをさせた」
ヴィデル様のせいじゃない、ヴィデル様は助けてくれたと伝えたいが、歯が震えるせいで上手く喋れない。
それでも、この気持ちを伝えようと、首を何度も横に振った。
すると、ヴィデル様は私の隣の席に移動し、両手でそうっと私を抱きしめた。
ヴィデル様の腕の中は、ヴィデル様の部屋と同じ、いい匂いがした。
「エリサ」
呼ばれて小さく頷く。
「おまえは、俺がやりたくともできないことを、俺に代わって成し遂げようとしてくれている。それなら、俺はおまえを守るべきだ。そのために、結婚してほしい」
突然の結婚宣言の後に、突然プロポーズをされた。
好きだとか、愛しているとか、そういう言葉は一言も言われていなくても、ヴィデル様のプロポーズの言葉は私の心を大きく揺さぶった。
心の動きとは反対に、体の震えは収まっていく。
ヴィデル様は今、どんな顔をしているのだろう。
そう思って腕の中から見上げると、いつも通りの表情だった。
目が合った瞬間、ヴィデル様はいつも通りの口調でこう言った。
「今日はもう、俺のそばから離れるな」
この人のことを、本気で好きになる予感がした。
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