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サイコパスたる所以

夕食後も、ヴィデル様はまだ仕事をしている。


こちらは、ペンや紙類を棚に片付け、さりげなく業務終了をアピールする。


でも、終業後もぶっちゃけやることがない。


そこで、早速己に足りない知識を得ることにした。


「ヴィデル様、勉強したいので、本を貸していただけませんか?」


「‥‥勝手に持っていけ」


「ありがとうございます」


というわけで、ヴィデル様の部屋に向かう。鍵はかかっていない。合鍵を使えなくて少しだけがっかりした。


部屋に入ると、こないだよりも良い匂いがパワーアップしていた。イケメンが一日寝る毎に、部屋が良い匂いになるのかもしれない。


本棚から、セレスティン語で書かれた薄めの本を二冊選び、深呼吸を二回して、一階へ降りて行った。


ソファに座って「激変する魔道具開発の勢力図」を開く。


カリカリカリ。


パラ。


カリカリ。


すぅすぅ。


「おい、寝るなら自分の部屋へ行け」


「……おい」


「目を開けろ。絞めるぞ」


目を開けると、前屈みになったヴィデル様の顔が近くにあった。


だが、私の首にはヴィデル様の冷たい手が当てられている。


「も、もう絞まっています」


「名前を呼ばなくても起きれるじゃないか」


そう言って、私を尊大な態度で見下ろすヴィデル様は、まるで暗黒騎士のようだった。


  *


「エリサさん、おはようございます」


翌朝、私の名前を呼んだのは、ヴィデル様でもティオナでもジルでもなく、見知らぬスレンダー美女だった。


メガネをかけていることも相まって、キリッとした雰囲気がある。


「おはようございます。寝坊してすみません」


「お疲れ様です。私、レイアと申します。普段は、主に本宅二階のお部屋を担当しておりますが、ティオナの休みの日にはこちらにも参ります。よろしくお願いいたします」


「レイア、さん、よろしくお願いします」


「朝食をお持ちしました。温かいうちにどうぞ」


そう言って、レイアは綺麗なお辞儀をすると、下へ降りて行った。


寝巻きからメイド服に着替えながら、この屋敷のメイドのレベルが高いことについて思いを巡らせていた。


下へ降りると、テーブルには一食分しか並んでいない。


私が聞く前に、レイアが口を開いた。


「ヴィデル様は朝から外出なさっています。エリサさんへの伝言を承っておりますわ。……さぼるな、とのことです」


レイアは、クールな口調のままだが、顔を見ると笑いを堪えていた。


この人のことも好きになりそうだな、と思った。


  *


朝食を終え、記録用魔道具の設計を書き足していると、レイアがやってきた。


食器を片付けてくれているレイアに話しかけてみる。


「レイアさんは、このお屋敷で働いて長いのかしら?」


「そうですね、五年ほどになりますので、この屋敷のメイドの中では長い方ですね」


「……そうなのね。もしかして、ヴィデル様がサイコパスだと悪名高くなった理由を知っているかしら?」


「ええ、まあ……」


そう言いながら、レイアは突然目を逸らした。


何その反応! 気になる!


「教えていただけませんか?」


「どれも本当のことかは分かりませんが、私が知っていることをお話ししますね」


レイアは、一つ一つ思い出すように話し出した。


「ある夜会で、ヴィデル様の腕に、ご自分の腕を絡めた令嬢がいたそうです。ヴィデル様は空いている手で令嬢の腕を掴むと、近くの柱まで引きずるように連れて行き、令嬢の腕を柱に巻きつけたんだそうです。そして『お似合いですよ』と微笑んだそうです」


何をしてるんだあの人は。


「あとは、ある晩餐会のとき、テラスで休んでいたヴィデル様が、たくさんの令嬢たちに言い寄られ、囲まれたのだそうです。ヴィデル様は、手すりを掴み、地面を見下ろした後、令嬢たちを振り返り、『この高さから落ちれば、人は簡単に死にますね』と言って微笑んだそうです」


毎回、ヴィデル様が微笑んだ描写が入るのが面白い。


「ヴィデル様はあの容姿ですから、それはそれは女性におモテになります。どこへ行ってもお誘いが絶えず、うんざりなさっていたそうです。今の話が本当なら、確かにサイコパスという評判が立つのも仕方ないかもしれませんが……」


昨日一日で、首を絞められたり、頭にペンを突き刺すと脅されたりした私は、どの話も本当だろうと確信したのだった。



――この時の私は、ヴィデル様のサイコパスな微笑みが自分の父親に向けられる時が迫っているとは、予想だにしなかった。


たくさんの方に読んでいただき、とても嬉しいです!

引き続き、よろしくお願いします!

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