表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/73

帰りづらい

昼食を終えると、ヴィデル様は書類の束を持ってきて、何やらペンで書いたり仕分けをしたりし始めた。


何枚かの書類を覗き見た限り、どうやら領内の様々な組織や施設からの、魔道具利用や魔石の生産や流通などに関する要望書のようだった。


ヴィデル様は普段何をしているのか疑問だったが、こういう仕事をしていたんだなぁ。


あ、聞こうと思っていたことを思い出した。


「ヴィデル様、ゼフェリオは通信傍受の可否などの研究結果は開示していないのですか?」


「ばかもの。する訳がないだろう」


「なぜですか? だって、交換レートの研究結果は開示されているのですよね?」


「……いいか、よく聞け。おまえはコソ泥だ」


何の話?


「隙あらば隣の家に盗みに入りたい。そのために、おまえは通信傍受の仕組みを編み出した。隣の家に、わざわざそのことを教えるか?」


「……教えません」


「そういうことだ。交換レートのような基礎研究結果であれば、ゼフール条約の加盟国の間で相互に開示される。だが技術はそうはいかない。特に通信のような、政治や軍事に直結する分野ではな」


「へぇ。勉強になります」


「……セレスティンとしても、魔道研究所の基礎研究結果を開示している。研究所の中にいたのに、そんなことも知らないのか」


「へへ。ヴィデル様がいてくれて助かります」


「その態度はなんだ」


言うなり、ヴィデル様は立ち上がり、ペンを持ってこちら側へやってきた。


ペンを持つのを見た瞬間、本当にペンをおでこに突き刺すのかと思い、目を瞑り両手でおでこを隠した。


すると、手や腕をペンが走る感触があり、ペンが止まった後に恐る恐る見てみると、大きな文字で『私は自分の無知を自覚できない愚か者です』と書かれていた。


こわい。


「すみませんでした、己の無知を自覚しましたので、以後勉強に励みます」


「そうしろ」


話を変えるべく、相談しようと思っていた耐魔室の案について説明した。


広さや仕組みは承認してもらえたので、あと決めるべきは設置場所である。


「この建物の地下、あるいは屋上だろうな。……が、屋上は外から目立ちすぎる。地下にしろ」


地下!


「承知しました。図案化したら、もろもろの手配についてセドリック様にご相談します」


「それでいい」


耐魔室が完成した暁には、イケメン上司と、地下室で、秘密の研究が始まるのだ。


俄然やる気がでた私は、一時間で図案を作り、必要素材と想定コストをまとめ上げ、執事を呼び出すために緊急用ベルを振り鳴らしたのだった。


  *


「地下への設置、ですか……」


執事に図案を見せると、眉間に皺を寄せた。


屋敷内で、しかも既に上に建物が建っている場所の地下に部屋を作ろうというのだから、そりゃあ皺の一つや二つ寄るだろう。


そこへ、上司から助け舟が出された。


「この建物の真下である必要はない。少しずらして掘れば問題なかろう」


という訳で、最終的には、この建物のキッチン側の地面に穴を開けて地下室を作ることになった。


キッチンのどこかの床をぶち抜いて、地下室へと続く階段を作り、外へ出ずに研究室と地下室を行き来できるようにするのだ。


段取りとしては、工事業者に普通の地下室と秘密の階段を作ってもらい、その後、地下室の内側に耐魔素材を貼り付けて完成となる。


工事業者の手配や工事費用の見積もり、耐魔素材の用意まで、全て執事がやってくれることになった。ありがたい。


ちなみに、執事がやってきてすぐに、私の手や腕に書かれた文字を見てギョッとした顔をしたが、何もツッコまれなかった。そして、ツッコまないまま部屋を出て行った。


……今日の朝食時に、上司に宣言したことは全て終わった。いや、宣言以上のことをやった。疲れるのも当然だ。


だから、今日はもうソファでごろごろしながらヴィデル様を鑑賞して過ごしたい。


でも、上司がまだ目の前で仕事をしている。これから処理すると思われる書類の束は、そこそこ量がある。


……帰りづらい。


いや、ここが家なんだけども。でも、同時に職場でもあるのだ。


いつの間にか、私の中ではテーブルが職場で、その他のエリアが家という線引きをしていた。


なので、今はまだ職場である。


仕方なく、私は耐魔室に施す安全対策の仕組みの設計に取り掛かることにしたのだった。


  *


トントン。ティオナのノック音だ。今日から、この音が私の終業の合図となるのだ。


待ちに待った夕食。魚介と米が一緒に炊かれたものや、オニオンスープから美味しい匂いがする。


食べながら、聞いてみた。


「ヴィデル様、この部屋に足りないものがあります。何だと思いますか?」


「……おまえが二人いれば、と思うことはある」


え? なんかドキドキする。でも、なんて返せばいいのか分からないのでスルーしよう。


「答えは、ソファの前に置くローテーブルです。どうか、闇の曜日か光の曜日に買い物に連れて行ってください」


「テーブルくらい、セドリックに手配させればよかろう」


「私の身の安全に配慮いただいていることは重々承知しておりますが、一度くらい、アトラント領の町や人々の暮らしを見てみたいのです! お願いします!」


「……もし馬車で町へ出る用事があれば、連れて行く。ただし、出歩くのは家具屋だけだ。あとは窓の外でも眺めていろ」


やったー! 久しぶりに外出できる! お買い物だ!

お読みいただきありがとうございます!

引き続き、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ