表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/73

おまえはもう洗濯しなくていい……だと?

洗濯室に運ばれてきた洗濯物は、まるで小さなホテルのリネン室かと思うほど量があった。


十回ほど洗いからの乾燥を繰り返し、無事に今日の分の洗濯を終えると、ちょうどメイドが夕食を運んできてくれたようで、ガラガラという音が洗濯室の前で止まった。鍵が開く音がし、ドアが開く。


「夕食です……って、え? 何でこの部屋こんなに暖かいの? 暖房用の魔道具あったっかしら?」


ポニーテールのメイドは、驚いた様子で部屋の中を見渡している。


「あー、えっと、寒かったので、あれをちょちょいと……」


洗濯用魔道具から温風を出せるため、衣服の乾燥中以外は、風の向きを調整して暖房代わりにしていたのである。


「なるほどー! 面白いことを考えるのね! はい、夕食よ」


そう言って、メイドはワゴンから簡易的なテーブルを下ろし、その上に食事のトレイを置く。具沢山のスープとパンからは、まだほのかに湯気が出ている。


奴隷に対する食事として、冷え切ってガチガチに固まったパン一つ、みたいなスタンスではないどころか、かなり好意的だと思う。


「あの、ありがとう、ございます」


頭を少し下げる。食事を運んできたメイドに対して、奴隷の身分でどんな口調で接すればいいのか分からないが、彼女はいわば生命線のため、丁重に接することにした。


「ねえ、あなた奴隷という割に、髪も肌もつやつやよね。魔道具も扱えるし。どうして奴隷になったの?」


「いやー、いろいろありまして。三日前まではストラード家で令嬢生活をしていたんですが、突然勘当されるわ、婚約は破談になるわ、仕事はクビになるわで気づいたら奴隷マーケットにいたんですよ」


「本当に? そんなことってあるの? ストラード家って、伯爵家のストラード家よね? どうして勘当されたの? ……あ、三日前までお嬢様だった人に、タメ口じゃまずいかしら?」


「いえ、今はただの洗濯係の奴隷なので、タメ口で大丈夫です」


「よかった! あ、私はティオナよ。あなたは?」


「エリサです。……あの、食事しても?」


「あっ、ごめんなさい! どうぞ!」


スープもパンも美味しい。五臓六腑に染み渡るようだった。なんだか泣きそうになる。


私の食事の様子をじーっと見つめていたティオナ。仕事に戻らなくていいのだろうか?


「あなた、食べ方が本当にキレイね。令嬢だったってこと、信じるわ。ねえ、何か聞きたいことはない? 私ばっかり質問しちゃったから、私に分かることなら教えるわ」


「それはありがたいです。こちらのお屋敷に来た時からずっと気になっていたことが二つあるんです」


「なにかしら?」


「一つ目は、なぜ洗濯係に奴隷を買ったのか、です。この屋敷内には、執事に使用人、メイドなど、平民が多く働いていますよね。それなのに、なぜ洗濯係にだけ奴隷を当てるのでしょう?」


「当然の疑問よね。二つ目は?」


「あのヴィデル様とやら、確かサイコパスと悪名高い、辺境伯爵家の次男ですよね? とにかく見た目が超絶イケメンだけれど、近寄ると怪我をするから遠くから見るだけにすべし、と令嬢たちの噂話で聞いたことがあります」


「まず、ヴィデル様については噂の方で合っていると思うわ。サイコパスかは分からないけど、口調や指示が厳しい方ではあるわね」


そりゃあ自分が仕える家のご子息だもの、『そうそう! あいつサイコパスなの!』とは言わないだろう。


「次に、なんであなたが洗濯係をさせられているかだけど……。実は、あなたの前任と、そのまた前任の洗濯係が、ヴィデル様の着用済み衣服を盗んで売り捌いたのよ。それで、洗濯係は洗濯室から出られないようにするために……」


「監禁しても問題ない奴隷を買ってきたというわけですね」


「ええ。でも、奴隷で魔道具が扱える人なんてなかなかいないでしょう? 執事のセドリック様はあちこち探し回ったみたい。あなたが来るまでは、屋敷内で魔道具が使える使用人やメイドが三人一組で洗濯していたのだけど、他の仕事もあるから大変だったみたいよ」


なるほど。いろいろツッコミたいところはあるが、納得はいく。


あの超絶イケメンの着用済衣服なら、高値で売るのは簡単なはずだ。全然似ていない肖像画さえ高く売られているのだから。


スプーンやら皿なんかでは、誰が使ったかよく分からないが、服なら「○月○日の夜会で着用! 未洗濯!」みたいな売り場のポップまで思いつく。


それに、奴隷で魔道具を扱えるなんてかなりレアキャラのはずだから、辺境伯の執事がわざわざ王都セレスチアの奴隷マーケットまで足を運んだ理由も説明がつく。


「あれ? でも、ストラード家の令嬢なら、ヴィデル様は令嬢としてのあなたの姿を見たことがあるのではないかしら?」


「さあ、どうですかね。私は兄と違って社交の場に行く機会が少なかったですし、私がヴィデル様を見た記憶がないってことは、向こうもないんじゃないですかね。あ、ごちそうさまでした」


「いけない! 結局あなたが食べ終わるまで話し込んでしまったわ。片付けるわね」


「ありがとうございます。あの、食事は毎回ティオナさんが運んでくれるんでしょうか?」


「ええ、私がお休みの日以外はそうなると思うわ。よろしくね、エリサ。私のことも、ティオナでいいわよ」


「よろしく、ティオナ」


片付けを終えたティオナは、こちらを見ると片目をつぶって、そのままバタバタと出ていった。そして、鍵のかかる音がした。


お腹はいっぱいで部屋は暖かい。眠くなる。


慣れない洗濯業務に加え、この三日ろくに寝ていない。また、自分はこれからはこの場所にいていいんだ、とやっと安心できたこともあるだろう。


……そこで思考はストップした。眠ったからではない。むしろその逆で、覚醒したからである。


足音が近づいてきて、洗濯室の前で止まったのだ。なんだろう。ティオナか?それとも、執事が魔石の無駄使いを止めにきたのだろうか。


すると、カチャリと鍵の開く音に続いてドアが開く。


そこに立っていたのは噂のヴィデル様である。仰天する私に向かって話し始めた。


「おまえはもう洗濯しなくていい」


イケボでそう言い放った。なんということだ!今朝は一生洗濯し続ける覚悟がどうたらと言っていたのに、もう洗濯しなくていい……だと?


今日のノルマはしっかりこなしたのに、何がいけなかったのだろう。また奴隷マーケットに逆戻りだけは絶対にいやだ。


「お、お願いです。どうか、何でもしますので、この屋敷においてください! こう見えて、魔道具の扱いはそこらの魔道具屋より得意です! 何でも直せます!」


たぶん。


「おまえには、魔道具の開発をしてもらう。明日になったら、離れに移動しろ。セドリックに案内させる」


「か、開発……?は、離れ……?」


私の間抜けな返事を聞くや否や、ヴィデル様はドアを閉めると鍵をかけて去っていった。


何がどうなってそうなったのか。

だが、サイコパスの言うことだ。どうせ考えても分からない。寝よう。


五分で寝た。


お読みいただきありがとうございます!

ブクマつけていただき、とっても嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ