一人と二人の違い
この屋敷の主人たちの髪色が皆違うことについて、執事に質問したいが、なんて聞けばいいのだろうか。
やんわりと、奥様の髪色を聞く?
それとも、単刀直入に、『なんでみんな髪の色が違うのか、教えてください!』って聞いてみる?
私が黙ったままでいると、執事が空気を読んだ。
「……カサル様とヴィデル様が似ていないと思ったか? お二人は、血がつながっていないんだ」
執事は言葉を選びながら、続けた。
「……カサル様は、ルヴァ様とアリーシャ奥様が結婚された時に連れてこられた子だ。ヴィデル様は、ルヴァ様と亡くなられたディア奥様との子なのだ」
「そう、なのですね」
離れに着いたため、執事は私のために鍵を開けると、本宅へ戻っていった。
一つ、気になっていたことがあったのだ。
ヴィデル様は、貴族たちの社交イベントにあまり参加することのない私ですら、見目麗しいとの噂を耳にするほど、その容姿で有名な方だ。
ヴィデル様は次男なのだから、必然的に長男の方がいるはずで、なぜそちらの方は噂にならないのだろうと不思議だったのだ。
似ているにせよ、似ていないにせよ、噂好きのご令嬢たちに勝手に比較されそうなものである。
今日カサル様を見て、そしてその出自を聞いて、納得がいった。
お二人は似ていないし、似ていなくて当然なのだから、比較するようなことではなかったのだ。
ヴィデル様のお母様が亡くなり、ルヴァ様が再婚され、新しい奥様が連れ子を連れてきた、というのは、少し我が家と似ている。
だが、我が家には兄がいて、兄が後継で、それは義妹のテレシアがいてもいなくても揺るぎないものだった。
ところが、アトラント家の場合は事情が異なる。もともとヴィデル様という立派な後継がいる状態で、義兄として年上のカサル様がやってきた。
……きっと、私には予想もつかない、いろいろな苦労があったのだろうと思う。
ヴィデル様とカサル様のことについて思い耽っていると、ティオナがやって来た。もうお昼か。
「エリサ! 私、次のお休みの日に、町へ買い物に行くの。あなたの必要な物があったら買ってくるわよ。寝巻きや普段着など、必要でしょう?」
ティオナはお昼のトレイを運びながら、そう言った。
「うれしいわ、でも……」
「ストップ! お金のことなら大丈夫よ。セドリック様から、エリサの日用品を買うようにお金を預かったわ。お金の出所はルヴァ様だと思うけれど。だから、安心して!」
「そんな……いいのかしら?」
「今日、ルヴァ様と面談したのでしょう? その後、そのように取り計らって下さったのだから、あなたを見て、知って、決められたことよ。だから、いいのよ」
そう言って、ティオナはウインクをした。
ティオナが、突然奴隷としてやってきた私を、ありのまま受け入れ、事あるごとに手助けしてくれることが、本当に嬉しい。
出会ったばかりだけれど、私にとってティオナは、日に日に大切な存在となっていた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、ぜひお願いしたいわ。お休みの日に着られるようなワンピース二着と、寝巻きの替えを一着、お願いできるかしら?」
「ええ、任せて! 好きな色はある?」
そう言われて、とっさに、ヴィデル様の瞳が思い浮かんだ。
「……明るい色がいいわ! 今まで、研究所勤めで汚れてもいいように、暗い色ばかり着ていたから」
けれど、口から出たのは、思い浮かんだ色とは正反対の色だった。
「分かったわ! エリサに似合いそうな物を選んでくるわね! なんだか、妹の服を買ってくるみたいで楽しいわ」
「ええ、お願いね! ティオナには、妹がいるのね」
「そうよ。私が町に出るたび、お土産をねだられたものだわ、ふふっ」
そう言って笑うティオナは、幸せそうな顔をしていた。きっと、妹さんと仲が良いのだろう。ティオナがお姉さんだなんて、妹さんは幸せ者だ。
ティオナが出て行ったので、昼食に取り掛かる。白身魚のソテーに、緑の野菜のポタージュにパンだった。
あー! 私も幸せ者だ!
最近、誰もいないのをいいことに、食事をしながら、思い付いた設計アイディアをメモしたり、記録用魔道具の外見のラフスケッチを描いたりする。
こんなお行儀の悪いこと、実家では絶対に出来なかった。
今は、パンをかじりながら、遠通魔道具の試作機を作るための設計メモを書き出していた。
カチャリ。
その音が聞こえた瞬間、パンを皿に戻し、ペンと紙類をなるべく遠くに押しやったが、押しやった手を伸ばしたその先に、上司の姿があった。
上司はチラリとテーブルに目をやると、こう言った。
「構わん、全部続けろ」
全部、っていうのは、食事もメモも、ってことなのかな?たぶん。
視線は上司に向けたまま、そろりそろりと紙類を掴んだ手を引き戻し、ペンを持つ。
……上司がいいって言ってるんだもの、いいよね!
開き直り、一人の時と同じように、パンをかじりながらメモを書き始めた。
ヴィデル様は何も言わず、不快そうな顔もせず、二階に上がっていった。
そして、こないだの外国語のよくわからん本を手に降りてくると、斜めの席に座って読み始めた。
なんて言うのかな。
会話も無いし、お互い別なことをしているし、一人のときと同じ気楽さなんだけれど、でも、誰かがそこにいる安心感が確かにあった。
前世で、テスト勉強のために友達と図書館へ行き、黙ってそれぞれ勉強していたことを思い出した。
図書館がすごく集中できたように、今、ものすごく集中できる。
食事を終え、本格的に遠通魔道具の設計を始めた。
カリカリカリ。
パラ。
カリカリ。
パラ。
ペンを走らせる音と、ページを捲る音しかしないこの空間が、とても居心地良かった。
途中でティオナがお皿を下げに来てくれたが、部屋の中に漂う不思議な空気を感じたのか、黙ってお皿を持っていってくれた。
しばらくして、突然ヴィデル様が口を開いた。目線は本におちたままである。
「遠距離通信用魔道具だが、近距離用と同じように銅線でつなぐわけではないのだろう? では、何を媒介にして音声を届けるつもりだ?」
「魔素、というものについてはご存知ですか?」
ヴィデル様と目が合った。
お読みいただきありがとうございます!
次回は遠通魔道具の説明会になりそうです!
引き続き、よろしくお願いします!




