ルヴァ様との面談!
甘いセリフを吐いた後、ヴィデル様は何事もないように優雅に食事を始めた。
長方形の大テーブルには椅子が六脚置かれており、私はいつも入口が見える側の隅っこに座って食事をしている。
しかし、ヴィデル様も、ということで、大テーブルを長テーブルに見立てて、ジルと椅子一組を移動させ、向かい合って座ることにした。
つまり、お皿から目を上げればご尊顔の構図だ。
特に話すこともないので黙々と味わっていると、ヴィデル様が口を開いた。
「おまえは、私のことを何も聞かないな」
「それをおっしゃるなら、ヴィデル様も私のことをお聞きになりませんよね。こちらとしてはありがたいですが」
「聞かれたら困ることでもあるのか?」
「いえ、聞かれて困る話はもうお伝えしましたので。……ただ、私の過去の話は、話していて悲しくなる話になってしまいましたので、魔道具の話をしている方が楽しいだけです」
「そうか。……同じだ、私も。おまえと」
「え? ヴィデル様も奴隷経験がお有りですか?」
「あるわけないだろ、ばかもの」
「はぁ」
じゃあ一体何が同じなんだろう。
何だか聞いてはいけない気がして、それ以上は何も聞けなかった。
いつもより、いくらか優しい雰囲気のヴィデル様から目が離せず、せっかくのフルーツもケーキも、味がよく分からなかった。
*
いろんな意味でご褒美ディナーの翌朝、いつもより入念に身支度を整える。
ルヴァ様との面談があるためだ。
丁寧に顔を洗い、寝癖を直し、メイド服のカチューシャやエプロンも向きを整える。
そこへ元気なノック音がした。ティオナだ!
うきうきと出迎えると、ティオナは嬉しそうな顔をした。
「おはよう、エリサ!」
「おはよう、ティオナ! たった一日会わなかっただけだけれど、あなたに会えるとホッとするわ」
「ふふ、そう言ってくれて嬉しいわ。ねえ、聞いたわよ! 昨夜はヴィデル様とお食事したんですって? メイドたちはその話で持ちきりよ!」
ティオナは楽しそうにそう言うと、運んできたトレイを置いてくれる。
朝ごはんは、透き通ったコンソメスープに、グラタンみたいな何かとパンだ。まだ食べてないけど好き。
「ええ、ヴィデル様の気まぐれでね。でも、食事をしただけよ? 大した話もしていないし」
「ヴィデル様は普段、自室でお一人で食事をされるのよ。エリサがここへ来る前は、離れで召し上がることもあったけれど、それもお一人よ。だから、誰かと食事されること自体が珍しいの」
「そうだったの。それは……知らなかったわ」
昨夜、珍しくヴィデル様が口にした、ご自身についての言葉は、皆には伏せておこう。
どんな気持ちで言ったのか私には分からないが、もしかしたら、そんな私にだから言ってくれたのかもしれない、と思ったのだ。
「あ、そういえば、ティオナのお休みの曜日は決まっているの? よければ教えてくれる?」
「もちろん良いわよ! 火の曜日と、金の曜日よ。そういえば、昨日休みだったものね。事前に言っておけばよかったわ」
「ありがとう! ううん、気にしないで! あと、昨日ジルに聞きそびれてしまったんだけれど、離れって誰かお掃除してくれているのかしら? 床がピカピカだし、バスルームもピカピカなのよ」
「離れは、もともとヴィデル様がお一人で使われていたときから、二日に一度お掃除をしているわ。昨日の朝、ジルがやっていたんじゃないかしら?」
「なるほど……。ねえ、掃除道具は離れにある?」
「え? ええ。階段下の収納に入っているわ。バスルームの掃除道具は、洗面所の収納の中よ」
「ありがとう!」
ティオナが出て行ったので、朝ごはんを食べる。
庭から聞こえる鳥のさえずりや、目の前の棚にびっしりと並んだ素材たちが、楽しい気持ちにさせてくれる。
実家にいたころは、お父様とお義母様と一緒に食事をしていた。義妹のテレシアが学園の寮に入るまでは、テレシアも一緒だった。
お義母様は良い方だったし、テレシアとの仲も悪くなかったけれど、なんとなく居心地が悪くて、食事の時間はあまり好きじゃなかった。
だから、この気持ちのいい部屋で、一人で食べる、美味しい食事がすごく幸せなのだ。
ヴィデル様との夕食は緊張はしたけれど、あちらが寡黙な方だから、何か気の利いたことを話そうと気を張る必要はなかった。
それに、あちらが非常にマイペースな方だから、こちらも自分のペースで食べていいだろう、という謎の安心感があった。
というわけで、イケメンすぎて目が離せないことを除けば、食事相手として何も文句はなかった。こんなこと、絶対に本人には言えない、上から目線の評価だが。
朝食を終えると、見計らったように執事が迎えにきた。いよいよ試練の時だ。
「エリサ、行けるか?」
「はい。セドリック様」
「ルヴァ様は温和でお優しい方だから、そんなに緊張するな。悪いようにはならんよ」
「そうは言われましても」
「はっはっ。いつも飄々としていると思ったが、エリサでも緊張することがあるのだな」
執事は珍しいものを見る目でこちらを見ると、本宅に向かって歩き出した。
本宅は二階建てで、一階には応接間やダイニングルーム、キッチンや洗濯室、使用人たちの部屋などがある。
二階には、ルヴァ様と奥様の部屋、ヴィデル様のお兄様のカサル様の部屋、そしてヴィデル様の部屋が並び、他にもゲストルームや二階の方々専用のバスルームなどがあるそうだ。
ゆっくりと歩きながら、執事が教えてくれた。
連れていかれたのは、一階の応接室である。辺境伯の領主様との面談だ。そりゃあ私だって緊張する。
令嬢時代であれば、きちんとした服を着て、習った通りの礼儀作法や挨拶をすればよかったから、ある意味型通りにすればよかった。それに、いつもお父様かお兄様が一緒だったから、その陰に隠れることもできた。
でも、今の私は奴隷上がりの使用人であり、メイド服を着て、一人で立っている。全てが初めての状況だった。
応接室の前で深呼吸をすると、執事がこちらを見ながらドアを叩く。
「ルヴァ様、エリサをお連れしました」
「ああ、入ってくれ」
執事はドアを開けると、私に入るよう促す。今日ばかりは執事と離れたくなかったが、どうやらマンツーマンのようだ。
「失礼いたします」
覚悟を決め、部屋に入ると、豪華ながらも落ち着いた内装で、アトラント領家の主人たちのセンスの良さが伺えた。
部屋の中央のソファにゆったりと座るのは、意外にも茶色い髪をしたおじさまだった。
歩み寄り、礼をする。
「アトラント領主ルヴァ様、初めてお目にかかります。私、エリサ・ストラードと申します。五日ほど前から、こちらでお世話になっております。ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません」
姓を名乗るか迷ったが、ややこしくなりそうなので言うことにした。
「何も、君が謝ることはないよ。ルヴァだ。会えて嬉しいよ」
そう言って、ルヴァ様は私に座るよう促した。
一人がけのソファに腰掛けてルヴァ様を見ると、髪色と目元は似ていないが、ヴィデル様と顔付きが似ていた。つまりルヴァ様もイケメンだ。
ただ、ヴィデル様には月夜が似合うのに対して、ルヴァ様には陽の光が似合うような、対照的な印象を受けた。
「さて、まずは君に礼を言わねばなるまい。一つは、素晴らしい発明でこの屋敷の皆を助けてくれたこと。もう一つは、我が領の悲願である遠距離通信用魔道具の開発を承諾してくれたことだ。アトラント領主として、礼を言う」
そう言って、ルヴァ様は真剣な眼差しでこちらを見る。
「い、いえ、そんな! 礼だなんて。……私はただ、行き場を無くした私を救ってくださったセドリック様や、居場所を与えてくださったヴィデル様、そして温かく受け入れてくださったお屋敷の皆様のために、自分が出来ることをしたまでです」
「君が出来ることは、他の誰かに出来ることじゃない。本来であれば、君のその卓抜した知識や技術は、セレスティン王国中、いや、国外からも引く手数多だったはずだ。それを、我がアトラント領のために使ってくれているのだから、領主として礼を言うのは当然だ」
「身に余るお言葉、光栄ですわ。……あの、セドリック様から伺っていらっしゃるかと思うのですが、その……」
「ああ、聞いているよ。大変な思いをしたね。辛かったろう」
そう言って、ルヴァ様は悲しそうな顔をした。
「はい。……あの、その話をご存知でも、私をこちらに置いていただけるのでしょうか?」
「そのつもりだ。離れた学園寮に住む義妹を刺したなんてバカバカしい話、私は信じないよ。少しだけ、ストラード家について調べさせてもらったが、私は君をこれっぽっちも疑っていないさ」
「あ、ありがとうございます……!」
「この件は、君さえよければ私に預けてくれないか? なに、悪いようにはしないさ」
「はぁ。あの、お願い、します」
この件を預ける、というのが具体的にどういうことを意味するのか分からなかったが、ヴィデル様同様に私を信じると言ってくださるルヴァ様を、私も信じようと思ったのだ。
「さて、それで、君の処遇についてなんだがね、君さえよければ、アトラント領専属の魔道具師として契約させてもらえないだろうか?」
「え? 魔道具師、ですか?」
奴隷から使用人に転職することが決まったばかりなのに、魔道具師への転職話が舞い込んだのだった。
たくさんの方に読んでいただき嬉しいです!
ありがとうございます。
ぜひ、ブクマ、評価、感想など、お願いします!




