必殺!数減らし
食べ終わると、ちょうどジルがやってきた。ノック音が、『トントン』ではなく『コン、コン』という感じだ。ノック音にも個性が出るんだなぁ。
「お食事はお済みですか〜?」
「ええ、ありがとう」
トレイを持ち上げるジル。
「離れに設置する棚ですが、もう持って来てもらっちゃって大丈夫ですか〜?」
「助かるわ! こちらはいつでも大丈夫、と伝えてもらえるかしら?」
「了解です〜」
そう言ってにっこり笑うと、ジルは部屋を出て行った。
程なくして、二人の使用人が棚を運んできてくれた。鍵を開けるために執事も一緒だ。
食事を運んでくれる女性のメイドには鍵を一時的に預けるが、使用人の男性には鍵を渡さない方針なのかもしれない。この執事、意外とそういうところには気が回るようだ。助かる。
「エリサ、どこに置くか指示してくれ。これと同じ棚があと二つ来るが、それで足りそうか?」
運ばれてきたのは、本棚として使われそうな、背の高い棚だ。だが、本棚より奥行きがあり使いやすそうである。
「はい、セドリック様。棚は、こちらに置いていただけますか?」
離れの一階の間取りは、離れの入口の目の前に大テーブルが置かれた広いスペースがあり、その左手にバスルームとトイレ、右手奥に簡易キッチンとなっている。二階へ続く階段はキッチンの横だ。
棚は、入口のドアを開けて右側の壁沿いに三つ並べてもらうことにした。
棚を運び終えた使用人は、その後、棚に収納できるサイズの様々な箱も運んできてくれた。
「皆様、お忙しい中お手数をお掛けしました。本当にありがとうございます」
皆にお礼を言うと、使用人たちはニコニコと会釈を返してくれた。
使用人たちが部屋を出ると、執事が話しかけてきた。
「ルヴァ様が、エリサに一度会って話をしたいとおっしゃっているんだ。洗濯用魔道具の件もぜひお礼が言いたいと。明日、その時間を設けようと思うが、いいかな?」
うげっ。緊張するやつだ。ヴィデル様のお父様の顔は見てみたいけど、皆がいる部屋で隅からこっそり見るくらいでよかったのに。
まさかの面談形式になってしまった。
「はい。ぜひご挨拶させていただきたいです。よろしくお願いします」
断るわけにもいくまい。承諾一択である。
期待する返事を聞いた執事は、本宅に戻って行った。
気が重いが、決まったことをくよくよしても仕方ない。さ、片付けをやってしまおう。
三つの棚のどこに何を置くか考えながら、箱に工具や魔石を入れていく。
素材の量が圧倒的に多いため、二つの棚に素材を並べ、残り一つの棚の上半分に魔石、下段半分に工具をしまうことにした。
キレイに片付いた。
あれ? そういえば、床がずいぶんピカピカだ。埃とかあってもよさそうなのに、一つもない。
後でジルに聞いてみることにして、次はヴィデル様から指示されている、遠通魔道具に必要な素材と魔石のメモを書いていく。
メモが出来たら、棚に並んだ素材と魔石と突き合わせ、不足分を買い物メモとして別な紙に書いていく。
最後に、記録用魔道具に必要なのに前回の買い物メモに書き漏れた素材と魔石も、買い物メモに付け足しておく。
これでよし!
今日も朝からよく働いた。百点満点である。夕食まで少し休もう。……こういうときに、ちょっと休めるスペースが欲しいな。ソファとか。
休もうと思ったのに、ベッドに行くのは気が引けて、結局テーブルの上の片付けを始めてしまう。
分解された魔道具は棚の上に置きたいが届かないので後回し。書類は余っている箱に入れておけばいいだろう。
カチャリ。
お、ちょうど良いところに!
鍵の開く音とともに、ヴィデル様が入ってきた。
「ヴィデル様、二つお願いがあります。……やっぱり三つです」
「二つだ。言え」
内心ニヤリとする。こないだは、二つ質問があると言ったら一つに削られたから、三つと言ってみたらちょうど二つに削られたのだ。
鬼上司の「必殺! 数減らし」の対処法をマスターしたのである。
「はい。では一つ目ですが、こちら、必要な素材と魔石のリストです。スケジュール上急ぐ物はありませんので、ご都合の良い時に揃えていただけると助かります」
「ふむ。これだけか」
「二つ目は、この分解された魔道具を、この棚の上に置きたいのですがよろしいですか?」
ヴィデル様は棚をちらりと見ると、少し驚いた顔をした。
沈黙。
「ヴィデル様?」
「ああ。構わない」
「それで、お手数なのですが、私では棚の上に手が届かず、置いていただけないでしょうか?」
「ああ」
あっさりと了承すると、ヴィデル様は私がまとめておいた魔道具類を持ち、棚に向かう。
ヴィデル様の動きにつれて、サラサラの金髪が揺れる。
このお方は、何気ない動作も絵になる。棚と同じくらいの背丈だから、180センチくらいありそうだ。
棚に置き終えたヴィデル様は、何だかぼんやりとした様子で、赤みを帯びた黒い瞳は、どこか遠くを見つめていた。
声をかけるのが憚られたため、そのままじっとしていると、ジルが夕食を持ってきてくれた。
コン、コン。ノック音に続き鍵を開けようとして、すでに開いているため戸惑う雰囲気が音で伝わってきた。
こちらからドアを開けて出迎える。
「エリサ、さん、夕食です。料理長が腕を奮ったスペシャルディナーですよ。ごゆっくり召し上がってくださいね」
ジルはヴィデル様を見て気を遣い、会釈をして出て行こうとした。
それなのに。
「今日は私もここで食べる。運んでくれ」
だと? テーブルは一つしかないんですが?
驚きながら、ジルは返事をして出て行った。
せっかくのスペシャルディナーが……。ステーキが、フルーツが。ちっちゃいケーキまであるのに……。
さっきから、いったいどうしたんだろう?ヴィデル様らしくない。
本来、使用人とこの方が同じテーブルで食事をするなどあり得ないことだが、ご本人直々の指示なら致し方あるまい。
さらに、使用人から先に食べるなどあり得ないと思うが、どうしても、今日のスペシャルディナーは温かいうちに食べたいのだ。
「ご無礼を承知の上でお願いです。洗濯用魔道具を改造したご褒美に、料理長が特別に作って下さったディナーでして、久しぶりのお肉を温かいうちに食べてもよろしいでしょうか?」
言った! 言ったぞ!
「ああ。構わず食え」
やったー!
「ありがとうございます!ではお先にいただきます」
お肉が柔らかくて美味しい! ソースもとっても好きな味。スープにサラダもどれも美味しい〜!
と存分に味わっていると、ジルがヴィデル様の食事を運んできた。
私と同じメニューである。私のスペシャルがスペシャルじゃなくなった気がして少し悔しいが、たまには誰かと一緒の食事もいいかもしれない。
「たまには誰かと一緒の食事もいいかもしれないと思ったんだ」
え〜! 以心伝心すぎる〜! 今! 私も! 全く同じこと考えてたよ〜!
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