合鍵
ノック音のあと、少し間があってから、カチャリと鍵が開く音がした。
部屋に入ると、執事は言った。
「エリサ、何かね?」
以前より、ずっと口調が優しい。別人のようだ。
「セドリック様、お忙しい中すみません。ヴィデル様が購入してくださった、このあたりの物資を仕分けしたく、そのための棚や箱を用意いただけないでしょうか?」
「ああ、分かった。本宅で使えそうな物を、すぐこちらに運ばせる。足りなそうであれば、手配して明日には届くようにしよう」
「ありがとうございます!」
「それでな、ちょうど私からも話があるんだ。昨日言った契約書についてだが、その……エリサとの契約はちと特殊になるため、いつもの使用人契約書から修正が必要でな。少し、待ってくれ。給料は今日分から計算するよう手配しているからな」
「あ、はい。契約開始については、私はいつでも大丈夫です」
「すまんな。ヴィデル様の文案をルヴァ様が却下されてな……。まだ決着がついておらんのだ」
「なる、ほどです」
あれかな? 私を施錠管理するところでモメてるのかな?
まあでも、何でも離れに運んでもらえるし、呼んだらすぐ来てくれるようになったし、特に問題はないんだよなぁ。
あ、そういうやり取りがあったから、今日の執事は十秒で飛んできたのかも。
「では、また何かあれば呼んでくれ」
そう言って執事が出て行くと、入れ替わりでジルがお昼を持ってきてくれた。
「エリサさ〜ん、お昼です。今日のお昼は、シチューとお魚のフライです。温かいうちに召し上がれ〜」
「ありがとうございます、ジルさん。忙しいのに、離れまで運ばせてごめんなさいね」
「ぜーんぜん、気にしなくていいですよ〜。普段お庭に出る機会が無いので、今日みたいに天気の良い日は特に、気持ちがいいですし。あと、私のことはジルって呼んでくださいね〜」
「じゃあ、お言葉に甘えて、ジルと呼ばせていただくわね。ジルも、私のことはエリサと呼んでちょうだい」
「はい、ではでは今後はエリサと呼ばせていただきます〜。ふふ、嬉しいです。じゃあ、食事が終わる頃にまた来ますね〜」
ジルはツインテールを揺らしながら出て行った。
やはり、お昼にもおかずが付いている。思わず顔が緩む。
ニコニコとお昼を食べていると、私にとっては神出鬼没な上司が現れた。相変わらずノックしてくれないため毎度心臓に悪い。
「構わず食え、質問がある」
「はぁ」
『構わず食え』と、『質問がある』を一文にまとめるのはこの人くらいではないだろうか。
「開発にあたり、人手は不要か? まあ、おまえほど魔道具に精通している人手を探すのは難しいが、多少扱える者を補佐として付けることはできよう」
「うーん。不要です」
私は、一人作業好きの、チームワークが苦手なタイプである。合わないタイプの人と作業するくらいなら、自分のペースで仕事ができるほうがずっといい。
「そうか。他に欲しい物はあるか? もちろん、開発のためにだが」
「それでしたらあります。遠通魔道具の開発やテストにおいて、防火、防風などの機能や防音機能の付いた研究室が欲しいです。全面を耐魔素材で覆った建物のイメージで、二階の個室ほどの広さがあれば十分です」
「ふむ。父上が、研究所への出資が不要になった分、予算をおまえの開発に回してくださると言っている。おそらく、それくらいは賄えよう」
「ありがとうございます」
「他には?」
「あとは、そうですね。足りない素材や魔石の買い出しをどなたかがやってくだされば、特には。……あ! 遠通魔道具のテストは、一人では出来ませんので、誰かに手伝ってもらう必要があります」
「それぐらいは私がやる」
なに?ヴィデル様と、「もしもーし? きこえますかー?」ってやるのか……。受話機越しのイケボか……。いいね。
「では、他には何もありません」
「そうか。そこの本は片付けておけ」
「二階のお部屋にですかね? あの部屋は鍵が掛かっているのでは?」
私がそう言うと、ヴィデル様はポケットから鍵の束を取り出し、二つのうち一本を外すと無言で放ってきた。
ナイスキャッチしたそれは、つまり、合鍵である。
そのまま、ヴィデル様は出て行ってしまったので、ニヤけた顔を見られずに済んだ。
食事中に行儀が悪いのは分かっているが、食事中に合鍵を渡すヴィデル様が悪いのだ。
ダッシュで二階へ行き、ドキドキしながら鍵を開ける。何となく、『失礼しまーす』と言いながらドアを開けた。
部屋の中には、なんと! ベッドが! あります! しかも! なんか! 良い匂いがします!
私の部屋と同じ作りだが、窓の位置が逆のため、家具の配置も逆になっている。また、ヴィデル様の部屋には本棚があり、本がびっしり詰まっていた。
そのせいで、二つのベッドが壁越しに隣り合わせに並んでいるではないか……。
フラフラと一階に戻り、ヴィデル様が読んでいた本を持ち上げると、表紙には『魔道科学の発展と領地経営』と書かれていた。他は、『魔道具による通信の未来』と、あとは外国語で書かれていてよく分からない本だった。
ヴィデル様の部屋の本棚の空いているところに本を差し込み、なんとなく深呼吸をする。うん、やっぱり良い匂いだ。
部屋を出て鍵をかけると、自分の部屋のチェストに鍵をしまっておくことにした。離れから出ることはないが、ポケットに入れたまま無くしたら大変だからだ。
一階に戻ると、急いで残りのお昼ごはんを食べるのだった。
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