洗濯係を一生続ける覚悟はないんだが?
「ヴィデル様、こいつを見てはなりません。新しい洗濯係の奴隷ですので」
「そうか。おまえ、一生洗濯し続ける覚悟はあるんだろうな?」
「ありません」
「気安く返事をするんじゃない! この奴隷め」
ヴィデル様とやらに返事をしたら、執事に棒で小突かれた。やれやれ。
「おまえには、今後一生、洗濯室で洗濯し続けてもらう。洗濯室で寝て、洗濯室で飯を食うのだ。分かったらもう下がれ」
こうして、私の洗濯係としての生活が始まった。
*
三日前までは、私は伯爵令嬢として生活をし、魔道研究所でバリバリ働き、侯爵家次男の優しい婚約者がいるという、側から見れば順風満帆な人生を送っていた。
それが、突然、家からは勘当され、仕事はクビになり、婚約は破談になった。
そして、一文なしで着の身着のまま街を彷徨っているときに、倒れていた女を助けて家まで送り届けたところ、女とグルだった奴隷商に捕まったというわけだ。
檻に入れられた翌日、たまたま魔道具を扱える奴隷を買いに来た辺境伯の執事に買われ、ガタゴトと馬車に揺られて気づくと辺境伯の屋敷に来ていた。檻での滞在時間は一日ほどだったから、ラッキーだった気がする。あそこは寒いし臭いし最悪だったから。
それに比べれば、屋敷の中の洗濯室で寝泊まりできて、食事も出るなんて最高でしかない。
それに、前世でブラック企業でSEをしていたときも、働いているかご飯を食べているか寝ているかみたいな生活をしていたから、通勤がなく食事も出てくる今後の生活の方が好待遇かもしれない。洗濯室に外から鍵をかけられることを考慮しても、だ。
そんなわけで、洗濯係を死守すべきだと考えた私に立ちはだかったのが、洗濯用魔道具である。
屋敷中の洗濯物が運ばれてくることを考えると、手洗いで洗い切れる量ではないだろう。四角いこいつを味方にしないと、洗濯係の地位が危ない。
前世でいうところの洗濯機ではあるが、電力ではなく魔力で動く。蓋無しの四角い箱が横に二つ繋がって並んでいて、左側の箱には青と黄色の蛇口のようなもの、右側の箱には青と黄色に加えて赤と緑の蛇口のようなものが付いていた。
洗濯用魔道具は使ったことはないが、こちとら魔道具のプロである。
各色の蛇口部分に少しずつ魔力を流し、それぞれの動作を確認する。問題なく使えそうだ。
あとは、洗濯機の要領で大量の洗濯物を処理していくだけだ。
ところが、洗いまでは良かったが、乾燥が一向に終わらない。温風が出ず、生ぬるい風しか出ないのだ。先ほど赤い蛇口部に魔力を流した際、確かに熱を感じたため、これが風を温める役割をしているはずだ。組み込まれた火の魔石が寿命なのかもしれない。
仕方なく、なるべく鳴らすなと言われた緊急用のベルを鳴らして執事を呼ぶことにした。
十五分後、面倒臭そうに執事がやってきた。死にそうな時にベルを鳴らしても死ぬということだ。今後は早めに鳴らすようにしよう。
「なんだ」
「洗濯用魔道具の火の魔石が寿命のようで、交換しないと服の乾燥が出来ません。明日乾いた服を着たければ、新品の火の魔石を持ってきてください」
「なに? 適当なことを言っているんじゃないのか? …‥と言いたいところだが、おまえの前の洗濯係も乾燥が終わらないと言ってきた。本当なのかもしれん」
「信じるも信じないも自由ですけど、魔石を持ってくるなら早くしてください」
「くそ生意気な奴隷め」
棒で小突かれた。執事が棒を持っていないので遠慮なく喋っていたら、こいつお尻のポケットにちっさい棒を入れてやがった。卑怯だ。
執事は洗濯室を出て鍵をかけると、使用人に魔石を持ってくるよう言いつけているのが聞こえた。
程なくして魔石が到着したので、慎重に部品を外して魔石を入れ替えた。そして、部品を戻し再度魔力を流すと、熱いくらいの熱風が吹き出した。直った。
私は気づいていなかった。魔石交換の一部始終を、誰かが小窓から覗いていたことに。
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