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後編

 瞬時に大声でわめき出したワイアットに驚いて一歩後ろに下がる。

訓練の時に部下を叱責する姿は見た事があったが、こんな風に狂ったようにわめく姿は初めて見た。

「そんなことは許さないっ!絶対に認めないっ!!」

エヴァンが私に近づくワイアットを阻止しようするが、エヴァンを引きずりながら目の前まで来て、執務机が割れるんじゃないかと思うほどの力で天板にこぶしをぶつける。

「ワ、ワイアット、償いはします。望みを――――」

「俺の望みは今も昔も一つだけだっ!」

あぁ……その望みを私との結婚で失ってしまったのだわ。償いようのない事をしてしまったのね。

それなのに原因となった婚姻からもあっさりと切り離されようとしているから、こんなにも怒りを感じているのだわ。

「私は離縁することが、あなたの為になると――――」

「馬鹿な事を言うなっ!絶対に離縁はしないっ!!!」

間に机をはさんでいたにもかかわらず軽々と私の体を抱き上げ、執務室を出て行こうとする。

「待てっ!ワイアット殿、落ち着け。陛下の話を聞こうじゃないか。私も一緒に踏みとどまるように説得するから」

片方だけ口角を上げたワイアットがせせら笑う。

「一か月間離縁できない方法が目の前にぶら下がっているのに話し合いなんてする必要は無いっ!」



 私を抱えたまま走るでもなく、規則正しい足音を響かせながら廊下を歩く。

見知った扉を開け、ベッドにゆっくりと私を下ろす。

こんな時まで私を気遣ってはいけないわ。また叶うことの無い夢を抱いてしまう。

「ワイアット、話をしましょう?あなたの幸せを望んでいるのよ。だから離縁してあなたを自由に――」

「もうたくさんだっ!二度と離縁の言葉を出すな!……今から抱く。そうすれば結果が判明するまでの一か月は離縁できない。それが過ぎればまた抱く。永遠に離縁させない!覚悟しろ……アリーナ」

初めて名前を呼んでくれたのが、こんなにも悲しい場面だなんて……。

「ワイアット……あなたは私と一緒にいても幸せになれないと分かっているでしょう?幸せにしてあげられなくてごめんなさい……」

ワイアットの硬い頬に手をやり、怒っていても優しい光の灯る紅茶色の目を見つめる。

泣いてはいけないと分かっているのに、勝手に涙がこぼれる。泣く資格などないのに!

「俺の幸せは俺が決めるっ」


それからの事はあまり覚えていない。

服を力任せに破かれ、今までの遠慮がちなよそよそしい性交とはと全く違う交わりをした。

なぜ謝るのか分からなかったが「すまない」と涙を流しながらも腰を止めない彼さえ愛おしかった。

怒りであっても彼の本心を見たかった。初めて彼の心に触れていると感じる。

朝まで打ち付けられ、何度か意識が飛んだ。

意識が戻るたびに行為が再開された。

まるで獣の様だった。赤い髪を持つ獣。

骨までしゃぶられるのではないかと思うほどに体中を甘噛みされた。

歯形が全身に散っていることだろう。いっそ一生消えなければいいのに……。


「もう気が済みましたか?あなたは極端すぎる」

この声はエヴァン?

「……」

「返事くらいしたらどうですか。ワイアット殿の気持ちも分からない訳では無いですが、これはあなた自身の望みとは違うでしょう?しっかりしてくださいよ」

そう、ワイアットの望みを希望を奪ったのは私だわ。それに比べればこんなことなど何ともない。

「さぁ陛下をお風呂に入れますから退いて下さい」

「アリーナに触るな!」

何かを弾いたバチっという音で夢うつつから目が覚めた。

「出て行けエヴァン!さもないと首と体が離れた姿で運び出されることになるぞ」

「まったく……仕方ないですね。でもきちんと話し合ってください。ここまで大事(おおごと)になったのはワイアット殿の口下手のせいでもあるんですよ。第二夫を迎えることは避けられないでしょうが、ご夫婦の関係は今からでも修復できます。腹を割って話をしてくださいね」

言いたいことを言い終えたエヴァンが出て行くと、寝室に静寂が落ちる。

「ワイアット……体は大丈夫?」

「くそっ!それを尋ねるのは俺だろ!?俺が……陛下を……アリーナを痛めつけたんだ」

顔を両手で覆い肩が小刻みに揺れている。またワイアットが泣いている。

なぜ泣くのかさっぱりわからないが、彼を悲しませたくないのに。

「なぜ泣くの?離縁の話を私から持ち掛けたからプライドを傷つけてしまったのかしら?でも長い目で見たら――」

「離縁の言葉を出すなとっ!出すなと言った!」

顔を上げたワイアットの頬に手をやり流れ落ちる涙を拭う。

「俺は!俺は嫌だっ!離縁などしない!!!……お願いだ、アリーナ、お願いだから俺を捨てないでくれ」

縋り付くように私のお腹にしがみつくワイアットの言葉が理解できない。

「死が分つまでと誓ったじゃないか。俺は今世の死で分つとも、また来世でアリーナを捜し出す。絶対にお前を離さない!」

「なぜ?私があなたの希望を壊したのよ。あなたの未来を縛ってしまったわ。だから遅ればせながらもあなたを解放しようとしているのに」

「俺はアリーナの傍に居たい!夫で居たい!俺の希望はあなたの夫で居続けることだ!第二夫が来ても離縁するよりはマシだ。仲良くは出来ないだろうが殺さないように我慢する。だから……だから捨てないで欲しい」

ワイアットは私と結婚していたいの?地位にこだわるタイプでは無いと知っている。王配に固執するのはワイアットらしくない。

「俺はあなたの護衛騎士に着任した時からあなたが可愛くて仕方がなかった。お嫁さんにして欲しいと言われた時は誘拐したいほど愛おしかった。君の背後にぴったりと身を寄せ、君に好意を示す男たちを睨み、寄せ付けなかった。あの頃から君を愛していた」

「う、そ……」

「本当だ。俺の想いに気が付いた当時の騎士団長に配置換えさせられた時は失意のあまり騎士を辞めようかと思った。でも騎士で居れば王城に出入りできる。遠くからでもアリーナの姿を見たかったんだ」

同じだわ。同じ気持ちだったのね。

「アリーナの王配候補になれるよう必死で武勲を立て続けた。鬼気迫る俺の姿は味方からも恐れられたがアリーナ以外の人間からどう思われようがどうでもよかった。アリーナの夫になるためならすべてを犠牲にする覚悟をしていた」

「そんな……全く知らなかったわ。私の初恋はあなただったの。大人になってもあなたが忘れられず、王配候補のリストにワイアットの名前を見つけた時、迷惑も顧みずにあなたを指名したの。でもあなたは歯を食いしばって耐えている様子だったから……後悔したわ」

ぶつかるようなキスをされ、頭がのけぞる。

「違う!違うんだ!叫び出しそうになって耐えていただけだ!喜びのあまり雄たけびを上げそうになったんだ!俺の唯一の夢がかなった瞬間だったんだよ」

今度は優しくついばむようにキスされる。

「でも結婚してから壁にぶち当たった。俺は……初めてだった。性交をしたことが無かったんだ。だからアリーナを傷つけない程度が分からなかった。初夜で君の出血を見て怖くなった。あんなに出血するのが普通かどうかも分からなかった」

月の物と比べるのは間違っているかもしれないが、それほど多い出血だとは思わなかった。緊張していたし、最後までおそるおそるだったけど、愛する人との行為だから幸せな記憶しかない。

「それで自分からは誘えなくなった。痛いのを我慢させているんじゃないかとか、求める回数が多くて嫌われるんじゃないかとか、すべてが怖くなってしまった」

「だから一度もあなたから誘ってもらえなかったのね?」

「あぁ、アリーナから誘ってもらえるなら、多すぎない証というか、間違っていない証のような気がしていたんだ。嫌われるのが怖かったんだ」

こんなに大きな体をしているのに、私の事を怖がるなんて……。

「ワイアットから誘ってもらえなかったから、嫌われているのかと思っていたわ。義務として渋々応じてくれているのかと思っていたの」

頬にもおでこにもキスをしてくれる。こんなにキスしてもらったのは初めて。

「すまなかった。そんな風に思っているとは……君に対してはどうしても臆病になってしまう」

「謝らないで。おしゃべりが苦手なのに気持ちを伝えてくれて嬉しいわ。ワイアット、私あなたを愛しているわ。子供の頃から大好きよ」

もう一度抱きしめられて、頭を撫でられる。

抱きしめたまま視線を合わせ、また零れだした涙もそのままに、力強い視線ではっきりと宣言する。

「俺の方が愛している。君を愛している。アリーナを愛している」

優しいキスから、激しいキスへと移って行くが、体に触れた手をピタリと止めてしまった。

「だめだ。アリーナを傷つけてしまった。しばらく我慢するしかない」

我慢するしかないって言い方がおもちゃを取り上げられた子供の様で可愛らしい。

本当のワイアットを見せてもらえた気がする。ワイアットの弱い心も知ることが出来た。

そんなワイアットがさらに好きになった。幻想の強いだけのワイアットより、私にさらけ出してくれたワイアットが愛らしい。

「大丈夫よ。それにあんな風に激しく求められるのも素敵だった。きっとあなたが相手だとどんな行為も気に入ると思うわ」

コツンとおでこを合わせると、上目使いで困った顔をする。可愛いわ。

「俺はひどい事をしたんだぞ。甘やかさないでくれ、付け上がってしまいそうだ」

そのまま目の前の唇にキスをする。

「私の前では付け上がってちょうだい。あなたは自分に厳し過ぎるもの」

もう一度キスをして、深いキスと変えていく。自分からキスをしたのは今日が初めてだわ。私も受け身だったのね。

「これからは不安な時は話をして、んっ、二人で、あん、かいけつぅん」

「あぁ、会話もするし、毎晩同じベッドで寝る。ん、アリーナ、舌を出してくれ」

ワイアットの手が胸に触れた時、ドンドンと扉を叩かれた。

「おーーーい、僕の事を忘れてないかい!?話はまだ終わってないんだけど!」

ワイアットの上気した顔を見て、エヴァンを無視しようかと一瞬逡巡するが……遅らせても解決しない。

大きくため息をついたワイアットも同じ結論に達したのだろう。

「解決すべきことはあるけれど、たとえどんな状況になろうとも忘れないで。私はワイアットを愛している。あなたに名前を呼ばれただけで心が熱くなるほどに」

「やっとアリーナの名前を呼べて嬉しい。気持ちを伝えてから呼びたかったんだ。アリーナ、全身全霊で君を愛しているよ」

最後にもう一度キスをして微笑み合った。

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