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愛しさ故に

作者: 菜種油

「…………死にたい」


 今の気持ちを表す言葉が、自然と声になって出てきた。

 言葉として呟いたところで、実行に移す勇気も度胸もないから、ただ、口の中で転がすだけ。

 目の前に広がる雑踏では、私の小さな声を拾う輩などいる筈もなく、いつも通りの、平常運転で回っている。


 白線を眺めるのに飽きて、首を持ち上げた。

 視線の先には、察しの悪いことに青空が広がっている。

 見事に尽きる、快晴だ。


 反吐が出る。


 周りの見ず知らずの人間は、私という人間が絶望してるのにも関わらず、幸せそうにしている。


 街中にいる如何にもお似合いなカップルが憎い。

 長年苦楽を共にしてきた中慎ましい老夫婦が憎い。

 もうすぐ家族が増える幸せ絶頂の新婚が憎い。


 幸せを謳歌している者達すべからく、私の憎悪対象だ。

 

 視線をゆっくり下ろし、目についた奴を睨み付ける。

 不幸にも私と目があった男性は、不可解そうにしながら立ち去った。

 私は男性を暫し目で追ってから、閉ざすように瞼を下ろした。


 こんな醜い想いを抱えている自分など、消し去ってしまえばいいのに。


 視線を再び地べたに戻すと、また、どこかに伸びているだろう白線を見詰めた。

 白線の上には、買ったばかりのスニーカーが、僅かに汚れを携えている。

 汚れは、擦っても落ちなさそうな、黒っぽい赤だ。

 

 私の足だ。

 暫く、動き出すことはないだろう。

 

 道の端っこで突っ立っていれば、変人扱いされかねない。

 普段の私なら兎も角、今の私は異常だ。

 気持ちが落ち着くまで、こうしていよう。


 俯いて、どうというわけでもないが、スニーカーを眺めた。

 ピクリとも動こうとしないスニーカーを、じっと、捉え続けた。


 後悔、先に立たず。

 

 あのときああしていれば。

 ここでこうすれば上手く行ったのに。

 あんなこと、しなければよかった。


 こう考えるには、先に失敗しなければならない。

 そうした失敗から、人は学んでいくのだろう。

 取り返しのつく失敗ならば。


 でも、私が犯した失敗は、許される失敗の範疇から逸脱していた。

 取り返しなど、取り繕うことなど、もう、出来やしない。

 

 何もかもが、手遅れなのだ。


「…………やり直したい」

 

 時を戻すことなど、人の身であれば不可能だ。

 そんなこと知っている。


 ましてや、死んだものを、蘇らせることなど、それこそ親切な神か、物好きな悪魔にしか叶えられまい。

 

 収まることのない後悔を胸に抱えて、私は宛もなく歩き出した。

 視線は足元に向けたまま、ただ、止まるのに飽きた故に、重たい足を動かした。

 行き先など、ありもしないのに。


 ぐるぐると巡る思考を頭に抱えたまま、憎悪を胸に、歩みを進めた。

 

 そんな私の耳に、遠くで、サイレンの音がした。

 後ろからは、何かが迫る気配がした。


 終わりが近い。


 





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