王都を崩壊させた張本人がやってきたので……今こそ断罪の時! 上
長くなりすぎたので、二回に分けます。
今後の展開を踏まえてR15にしました。
胸糞展開注意。
「なんだいそのしけた顔は。十年ぶりの再会なんだ。おかえりの一言くらいあってもいいんじゃないかな」
どこまで本気なのか、子供っぽく頬を膨らませてみせる。アレンとは七つ違いだから、二十五歳になったはずだ。外見も大人びてはいるが、端正な奥の中にある本性は変わらないように感じた。
「あいにく取り込み中でな。土産話なら明日にしてくれないか?」
何とか救援が来るまで時間を稼ごうと、無駄話をしながらプリシラを見る。彼女の目には炎のような殺意と憎悪が漲っていた。
「貴様ああああああっ!」
止める間もなかった。大声で叫ぶと、黒ずくめの一人から剣を奪い、一気にレナードへと斬りかかる。闇夜に銀の火花が飛び散る。
「危ないな」
頭上への一撃を軽々と受け止めている。
「久し振りの挨拶にしては過激だな。今もそんな男装をしているのかい? 勿体ない。ジェイコブは奔放に育てすぎたようだね」
「誰のせいだと……っ!」
更にプリシラが斬りかかる。早く凄まじい連続攻撃だが、剣術も何もあったものではない。感情と力任せの剣だ。
「殺してやる! 殺してやる!」
「もうこれくらいにしようか」
プリシラの憎悪も軽く受け流すと、レナードが剣を翻す。プリシラの手から剣が落ちる。剣の腹でなければ手首ごと落ちていただろう。
手首を押さえてうずくまった隙に、黒ずくめ二人によって背後からのし掛かるように取り押さえられる。
アレンは駆け寄ろうとしたが、残りの黒ずくめに妨害される。
「やれやれ。乱暴な子だな」
レナードは剣を鞘に戻すと、肩をすくめる。アレンは焦りを感じていた。華麗な剣術にではない。あれだけ大声を上げて暴れたのに、誰も助けに来る気配はない。
「ここなら多少暴れても平気なんだ。音が外に漏れにくいんだよ。父上がまあ、その、色々とご婦人方を連れ込むためにね」
あのクソジジイ、何してやがる。今すぐ遠い無人島にいるであろうあれを溺れさせてやりたかった。
「それに、兵士たちの巡回の時間は把握しているからね。特に今日は、あと一時(二時間)は誰も来ない事になっている」
内部に裏切り者がいるようだ。これは本格的にまずいな、とアレンは別の手を頭の中で巡らせる。
「失せろ、外道!」
床に押しつけられながらもプリシラは手負いの獣のように身悶えする。
「この国は、ライランズ王国はアレン陛下のものだ。貴様の出る幕などない」
「無礼者」
ナタリアは吐き捨てるように言うと、プリシラの手の甲を踏みつけた。顔を歪める。
「殿下に向かって、ケダモノみたいに……」
「まあまあ」
ナタリアはもう一度踏みつけようとしたが、レナードがそれを制した。
「口の悪い子だね。これは少し、お仕置きが必要かな」
冷ややかな言葉に、アレンは前に進み出る。
「何をするつもりだ?」
「心配しなくてもいいよ。もう傷つけるつもりはないんだ」
含みを持たせた言葉を言いながらレナードは壁に背を預ける。
「昔々、あるところにとても美しいお姫様がいました。お姫様は優しい家族に愛され、美しく健やかに育ちました」
昔話のような口調だが、この男が牧歌的な話をするはずがない。感じるのは不安ばかりだ。
「やがてお姫様に婚約者が出来ました。侯爵家の令息です。二人は周囲に祝福され、幸せな結婚をするはずでした。ところが、その二人を見て悪いオオカミは思ったのです。『なんだか幸せそうだな。そうだ、こいつらの幸せをぶち壊してやろう』と」
「止めろ!」
プリシラが叫びながら一層激しく暴れ出した。皮膚が破れて血がにじむのも構わず。ナタリアが黒ずくめに命じて、プリシラの手足を縄で縛り、猿ぐつわをかませた。
「まずオオカミは令息の方をだまし、家来に命じて町外れの屋敷に閉じ込めました。そして、令息がいなくなって心配するお姫様に向かって屋敷の場所を教えてあげたのです。『君の婚約者は悪い奴らにさらわれてしまったらしい。僕も手を貸すから助けに行こう』。お姫様はその言葉を疑わず、オオカミとともに町外れの屋敷へ向かったのです」
暗い部屋に、語り部の楽しそうな声が響く。動悸が止まらない。
「『えい、やあ』、お姫様は悪い奴らを追い払い、婚約者を助け出そうとしました。その時です。背中を向けた隙をねらい、オオカミがお姫様におそいかかったのです。不意をつかれたお姫様は倒れてしまいました」
まさか、と最悪の想像がアレンの脳裏をよぎる。
「『しめしめ、うまくいったぞ』、とオオカミは舌なめずりをしながらお姫様のおなかを引き裂き、婚約者の目の前でぺろりと食べてしまったのです」
目が眩んだ。限界以上に握った拳が軋みを上げている。今世でも前世でも、ここまで人を殺したいと思ったことはなかった。
「更にオオカミは余った肉も家来たちに分けてあげました。『むしゃむしゃ』『うまいなあ』『こんなにおいしい肉は食べたことがないよ』、みんな大満足です」
すすり泣く声が聞こえる。プリシラだ。プリシラが泣いている。悔しさや後悔や羞恥、甦った過去が彼女を苛んでいる。
「朝になり、残ったのはお姫様だった服とぬけがらだけでした。令息はそれを抱きしめて泣きました。泣いて泣いて、とうとう天国へと旅立ってしまったのです。オオカミはそれを見ながら言いました。『そんなに面白い物でもなかったな』」
本当に言ったのだろうな、このオオカミは。無邪気な顔をしながら。
「そしてオオカミはまた王宮へと戻っていったのでした。王宮ではいなくなったお姫様と令息の話で持ちきりでした。でもオオカミは、普段はマジメで優しい羊の皮を被っているので、誰も疑いませんでした。こうしてオオカミはその後も幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
話し終えると、ナタリアの乾いた拍手が鳴った。
「素晴らしいお話ですわね」
「そうかな。僕としてはもう少し盛り上がりがあっても良かったと思うんだよね。お姫様と婚約者の両親も捕まえておくとかさ」
遠い異世界のような会話を聞きながらアレンは自分の甘さを呪った。この男の狂気は、十年前の比ではない。ナタリアのことは知らないが、同じ穴の狢のようだ。
「ところで、こんな真っ暗な部屋に二人きりでいたということはもしかして、君たちはそういう仲なのかな。いいね、祝福するよ。僕たちは兄弟だからね、お下がりならちょうどいいんじゃないかな」
「それで」
忍耐と理性を総動員しながらアレンは口を開いた。落ち着け、落ち着け。怒り狂ってはこの男の思うつぼだ。
「わざわざ昔話を聞かせるために来たのか?」
殺すつもりならプリシラ共々とっくにやっているだろう。まだ生かしているということは、何かしらの利用価値があるからだ。それを確かめながら何とか反撃のチャンスを掴む。そしてこの怒りを百倍にして返す。
「用なんて決まっていますわ」
ナタリアは優雅に歩くとアレンへ紙を突きつける。
「レナード殿下に、この国を引き渡しなさい」
国王アレンの退位と、後継者をレナードと定める旨が書いてある。下の辺りにはレナードの署名だけが入っている。アレンの即位は教団も認めた正当なものだ。いくらレナードといえど、それを覆すことはできない。なので、譲位という形でレナードを国王にするつもりなのだろう。
「バカバカしい」
アレンは吐き捨てた。
「こんな紙切れ一枚で、うまく行くと思っているのか?」
「紙切れ一枚で親兄弟の縁を無残に切り捨てた男が、なんと白々しい」
「民を見捨てて逃げ出すような連中が王族を名乗るなど、それこそ思い上がりだ」
万人が認めてこその王だ。今更レナードを王などと認めるものか。
「何よりお前たちが聖女殿を追放したせいで、『結界』が消滅して王都崩壊と、王国混乱を招いたのだ。大勢の人間が死んだ。平民だけではない、貴族もだ。その原因を作ったお前ら二人だ。そんな連中を誰が王と認める? 王妃と讃える? 絵空事も大概にしろ。第一、テレンスやウォーレンが認めるはずがない」
テレンスは先王の第二王子、ウォーレンは第四王子にあたる。いずれもレナードの王太子の座を狙っている。国内の乱れた今が立場をひっくり返すチャンスなのだ。間違いなく介入してくるだろう。
「その心配はありませんわ。だって皆様全員、海の底ですもの」
ナタリアは慶事のように胸を張って言った。
「魔物から船で逃げ出したのはよかったんだけれど、途中で嵐に巻き込まれてね。四隻あった船も残ったのは、僕たちの船だけだ。おまけに舵も壊れて流れ着いたのがオールドウェイズ島近くの離れ小島だ。商船が近くを通って救助されるまで、随分苦労させられたよ」
どうせなら全部沈めてしまえば良かったのに。海の神様も中途半端な仕事をする。よりにもよって一番沈めて欲しかった奴を残すとは。
「つまり僕たちはこの世界でたった二人の兄弟というわけだ」
「半分だけだがな」
「腹違いでも兄弟のうちさ」
「どのみち、あなたに拒否権はありませんわ」
ナタリアが割って入るように、手にした紙をアレンの鼻先まで近づける。
「さあ、これに署名なさい」
ナタリアが目配せすると、黒ずくめが懐から短剣を抜き取る。銀色の刃がプリシラの顔に当てられる。
「さもないと、お姫様がまたぬけがらになってしまいますわよ」
くぐもった声がした。プリシラがもがきながら懸命に首を振っている。
「署名したとして、俺たちを助ける保証がどこにある?」
どうせ後で赤い舌を出して反故にするのだ。
「殺すがいい。それでこの国は終わりだ。お前らではその後の混乱は治められない。反乱も起きる。今度こそ、民の手でお前たちは磔にされる」
「あら、そうですの」
ナタリアが指を鳴らす。
「まずは目玉からよ、オオカミさん」
黒ずくめたちがプリシラの頭を床に押さえつけ、刃を振り上げる。
「止めろ!」
時間稼ぎもここまでか。
「よこせ」
アレンは紙を引ったくると、殴り書きで署名する。その間、低い唸り声がサイレンのように鳴る。
「これでいいか」
「結構ですわ、アレン先王陛下」
署名を確かめるとナタリアは歓喜にその場で舞い踊る。
「これでこの国は私たちのもの。ねえ殿下……いえ、レナード陛下」
「……」
レナードは返事をしなかった。むしろつまらなそうに、恋人であるはずのナタリアを見下ろすとため息をついた。
「そろそろいいかな」
「え?」
アレンは我が目を疑った。
レナードはナタリアの手から署名入りの紙を受け取ると、びりびりと細かく引きちぎった。真っ暗な部屋に紙吹雪のように舞い散る。
呆然と立ち尽くすナタリアの腹を、レナードの剣が突き刺していた。
「で、んか、な、にを……」
銀色の切っ先が背中から覗いている。
「僕はね、こんな国なんかどうでもいいんだよ」
勢いよく引き抜いた。血しぶきが上がる。ナタリアが崩れ落ちるより早く、レナードが動いていた。四人の黒ずくめたちを次々と切り捨てる。突然の裏切りにろくな抵抗も出来ないまま、黒ずくめたちは血の海に沈んだ。
「こいつらはナタリアの家来だからね。ようやく邪魔者は消えた」
黒ずくめの服で血糊を拭い取ると、鞘に戻す。呆然と固まったアレンたちの横を素通りし、机の上に腰掛ける。
「君とゆっくり話したかったんだよ、アレン」
レナードは柔和な笑みを浮かべた。
「君は、『悪魔憑き』なんだろう?」
次回こそ、ざまぁ回……のはず