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意中の相手に振られたけれど、諦めるのはまだ早い(でも、しつこいのもほどほどにね)

「いつかは言われると思っていたけどなあ」


 アレンとていつかは年老いる。後継者を選ぶ日が来る。そのために結婚して子供を作る義務がある。だがアレンはまだ十八歳で、結婚どころか婚約者もいない。ライランズ王家では、本来ならば十歳くらいまでには婚約者が用意されるのだが、八歳で北の塔に幽閉されたアレンにいるはずがない。


 一時は崩壊の危機にあった国内を安定させ、より発展させつつある。隣国との戦にも勝ち、フラムスティード王国との通商も始めた。娘を持つ貴族からすれば、優良物件に違いない。


 その結果が山と積まれた『身上書』と、壁面一敗に飾られた肖像画である。どれもこれも美人もしくは美少女だ。多かれ少なかれ実物より美化されているであろうことは容易に想像が付いた。


 写真なら、と思ったがそちらも修正や加工されていたりするので油断ならない。こんな若い娘たちが、自分と結婚するというのか。前世含めればアラフィフの男に。下手をしなくても親子くらいの差が開いている。


「当然です。陛下には一刻も早く王妃を娶り、国内をより安定させていただかねばなりません」

「結婚したら落ち着くものでもないだろう」

「陛下にもしものことがあれば、ライランズ王国は終わりです」


 この国に王族はアレンただ一人だ。逃げ出した連中が戻って来て余計なマネをしないように、全員と絶縁したのが裏目に出たようだ。アレンとしては王族の血が絶えようと、国家体制さえ維持出来れば問題ないのだが。


 身上書をめくっていけば、公爵と侯爵は不在なので、伯爵家を中心に子爵や男爵、騎士爵の娘と年頃の娘を手当たり次第、集めてきたようだ。おそらく正妃だけでなく、側室や愛妾候補も入っているのだろう。


 勘弁してくれ、とアレンはうめく。前世でも何人かの女性と付き合った経験はあるが、結婚はしなかった。元々結婚願望は薄かったし、したい相手もいなかった。出会う前に命を落とした。


 国内だけではなく外国の姫の名前もある。中には先日、戦をした隣国の姫までいる。


「あちらは今、政情が不安定ですから。これを機会に和解したいのでしょう」

 和解は結構なのだが、八歳の女の子を妻にするつもりは更々ない。


「養子じゃダメか?」

 後継者さえいれば問題はないだろう、と思ったがジェイコブは首を振った。


「それは最後の手段です。仮に王子が産まれなくても王妃は必要です。陛下お一人では今後の政務に支障が出ます」

 アレンはうなだれる。最後の言い訳を断たれてしまった。


「王妃にふさわしいご令嬢を選んでいただきますが、側室や愛妾についてはさして問題はございませんのでご自由にしていただければ」


 結婚に愛情を求めなくても構わない。王妃としての公務を果たせる女性であればいいのだ。この国で一番偉いのに、結婚相手もままならないとは。アレンは初めて、国王になったことを後悔した。


「今更、もう遅いんだけどさあ」

 のろのろと立ち上がると、肖像画を見て回る。


「これ、後でちゃんと外しておいてくれ」

 部屋中、肖像画ばかりで、落ち着かない。物欲しそうな視線すら感じてしまう。


「あれ?」

 肖像画を見渡して、アレンは違和感に気づいた。念のため身上書も確認したが間違いなかった。


「どうしてここにプリシラがいないんだ?」


 年齢はアレンと同い年で、伯爵家の娘に産まれ、父は今や公爵兼宰相である。それなりの教養もある。せっかちなところもあるが人格的にも悪くない。健康も問題なさそうだ。何より『緑の紅玉』とあだ名されるほどの美人だ。


 家柄も能力も王妃としての資格を満たしている。本来ならば真っ先に候補として挙がるはずだ。ジェイコブには正妻と側室あわせて五人の子供がいる。うち長男は旧伯爵領を守り、次男はその補佐。長女と次女は近隣の貴族に嫁いでいる。未婚の娘は、プリシラだけだ。


「やはり末娘を嫁に出すのは淋しいか?」

 半ば冗談のつもりで問うたのだが、ジェイコブの顔に一瞬、苦いものを飲み込んだような苦痛がよぎった。


「本人の意志です。私も確認しましたが、陛下に嫁ぐつもりはございません、と」




「まあ、そうだろうなあ」

 その夜、元通り片付いた執務室で、頬杖を付きながらジェイコブの言葉を思い返していた。


 嫌われているとは思っていない。常にアレンへの好意や尊敬をオーラのようにまとっている。仕事ぶりもマジメで忠実だ。むしろアレンの指示されるのを喜んでいる様子すら感じる。


 そういう時、赤毛の隙間から犬の耳を幻視することもある。ビーグルやゴールデン・レトリバーのような垂れ耳の。


 ただ、妻になりたいかは別問題というだけの話だ。あるいは王妃という重責が負担なのかも知れない。プリシラは自己評価の低いところがあるから、自分など王妃の器ではないと思い込んでいる可能性もあるだろう。あるいは今の仕事が気に入っていて、結婚するつもりがないのか。


 貴族である以上、政略結婚もある程度は覚悟しているはずだ。けれど、身上書を出すのは断った。


 そもそも、国王に嫁ぐ資格のある令嬢だ。ならば、プリシラを欲する男たちがいてもおかしくはない。ジェイコブが尋ねるくらいだから、正式に婚約したわけでもないだろうが、言い交わした男がいても全く不思議ではない。


 むしろあれだけの美人にいない方がどうかしている。前世の時だって、いいなと思った女の子にはたいてい彼氏がいたではないか。前世の記憶がフラッシュバックして頭を抱えてうなり声を上げる。


「失礼します、陛下」

「あ、おう」


 そこへ当のプリシラが入ってきた。そういえばノックの音がしたので、返事をしたような気がする。


 鎧こそ身につけていないが、初めて出会ったときのように近世の軍服のような男の格好だ。あの時は非常事態だからと思っていたが、それが彼女の普段着らしい。男性は勿論、女性からも熱っぽい視線を向けられているようだ。


 持っていた書類を恭しく差し出す。


「宰相より改正した刑法文を預かって参りました。ご確認ください」

「うむ」

 せき払いをして文面に目を通す。ちらりと横目で見ると、背筋を伸ばして机の前に控えている。


 実のところ、プリシラの立場は曖昧かつ微妙である。仕事内容はアレンの補佐全般になる。先の戦いでは別働隊を率いて勝利に貢献したし、平時には文官のような役割もする。時には護衛の役も果たす。有能なので幅広い仕事をしてもらっている。


 アレンとしては秘書のつもりなのだが、周囲にはうまく伝わっていないようだ。中には愛人だの父親の立場を利用してアレンに言い寄っている、などと陰口を叩く者もいる。口さがない連中のせいで、嫌気が差したのかも知れない。


「それと、先日保護した聖女候補の子供たちですが」

 アレンは顔を上げた。


「王宮の女官たちが世話をしています。報告では少しずつ心を開いてくれているようだと。もう少しすれば陛下にもお目にかかれるようになるかと」

「いや、余の方から行く」

 放置したせいで、問題を見過ごしたのだ。可能な限り自分の目で確かめたい。


「本を読まれていたのですか?」

 プリシラが目を留めたのは、机の上に置いてある革張りの本である。


「聖女一族の記録と伝承だそうだ」

 子供たちと一緒にいくつかの資料を回収した。さすがに何百年も『結界』を維持し続けた一族だけのことはある。アレンの知見では得られなかった発見もあって面白い。


「これなら『結界』の小型化ももっと……」

 ばさり、とアレンの手が当たり、机の資料が床に落ちる。


「ワタシが拾います」

「あ」


 机の上からのぞき込んでアレンは声を上げた。落ちたのは、貴族令嬢たちの身上書だ。まずい、と思ったアレンは自分で拾おうと立ち上がった。


 机に膝が当たり、体勢を崩す。伸ばした手が思わずプリシラをつかみ、もつれるように倒れ込んだ。鈍い音がした。飛び散った紙が舞い落ちる。


 気がつけば、四つん這いになった体の下にプリシラがいた。


 目と目が合う。ロウソクのわずかな明かりがプリシラの顔を照らす。そこでアレンは気づいてしまった。


 床に投げ出された艶やかで柔らかそうな赤い髪に、甘く潤んだ翡翠色の瞳に、赤く紅潮した頬に。蠱惑的な音となってアレンの耳に入り込む、濡れた唇から漏れる切なげな吐息に。アレンの手首を掴んでいる手の熱さに。


 ああ、プリシラはアレン()に惚れている。


 誰かが聞けば傲慢で独りよがりと笑われそうだが、奇妙な確信があった。アレンもまた同じだと気づいたからだ。そうでなければ、破裂しそうな心臓の高鳴りは何だというのだろう。


 何か言おうとしたが、言葉が出て来ない。思春期の子供じゃあるまいし。違う。そこでアレンははたと気づいた。精神はともかくこの体は十八歳の青年なのだ。体が若いのだから気持ちだって今は十八歳でいたって構わないはずだ。


「……陛下」

 プリシラがうわごとのように赤い唇を開いた。

「お怪我はございませんか?」

「ああ、いや、大丈夫だ」


 そこではっと目が醒めたようにあわてて立ち上がる。せき払いをして、居住まいを正す。


「プリシラこそ怪我はないか?」

「ワタシは平気です。お気遣い、ありがとうございます」

 ホコリを手で払い、手櫛で髪を整える。


「では、ワタシはこれで失礼致します。御用がございましたらお呼びください」

 赤くなった顔をごまかすように背を向けた。アレンはあわててその手をつかんだ。


「待ってくれ」

 ゆっくりと、プリシラが振り返る。


「頼む。余の妃になってくれ」


 言った瞬間、後悔が込み上げた。いきなりプロポーズなどいくら何でもまだ早い。せめて婚約、いやお友達から。


 もう一度やり直したいと、後悔が込み上げるが今更もう遅い。一度放った言葉は取り消せないのだ。

 プリシラの呼吸が止まった気がした。一瞬、はっと目を輝かせるがすぐに悲しそうに首を振る。


「ワタシでは、陛下の妃にはなれません……」

「何故だ。余を嫌ってなどいないのだろう?」

「……」


 プリシラは俯いて唇を噛みしめる。じっと何かに耐えているようだった。

 アレンは手を離した。

「……すまなかった。困らせるつもりなかった」


 やはり性急過ぎたのだとアレンは全身から力が抜けていく気がした。勢いに任せて突っ走った結果がこれだ。戻って来い、アラフィフ。


「書類は拾っておく。お前はもう休め」

 今必要なのは、頭を冷やす時間だ。

「陛下、その、ワタシは……」

 プリシラが意を決したように口を開いた時、物音がした。


 振り返ると、机の横にある壁の一部が動いているのが見えた。やがて壁は内側に開いた。隠し通路、と気づいた時には中から剣を持った黒ずくめが飛び出して来た。四つの影が、あっという間にアレンとプリシラを取り囲み、切っ先を突きつけていた。


「誰の手の者だ?」

 抵抗しようとしたプリシラを手で制しながら言った。


 アレンも知らない隠し通路から忍び込んだ時点で、黒幕は限られている。予想が正しければ、最悪の男だ。


 隠し通路からまた二つの影が現れた。月明かりに照らされたその顔を見て、アレンは予想が的中したと知った。


「こんな夜更けまで仕事とは、ご苦労様ね」

 優雅に現れたのは、アレンより少し上くらいだろう。黒いドレスを着た女だ。おそらくこれが、ナタリア・ガスコイン侯爵令嬢だろうとアレンは当たりを付ける。


 もう一人は執務室を懐かしそうに見回す。金髪碧眼の、絵本に出て来るような美青年だ。さわやかな風貌だが、腹の底はヘドロのような男だ。それを十年前に思い知らされた。そいつはアレンを見てにやりと笑った。


「もしかして、お前アレンか? 随分大きくなったじゃないか」

 元・ライランズ王国王太子・レナードは親しげに両手を広げた。


次回、ざまぁ回(の予定)

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