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ざまぁされた王国の再建計画 ~聖女を追放したせいで崩壊寸前だけれど、今更もう遅い? いやいや、絶望するのはまだ早い!  作者: 戸部家 尊


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6/12

大国から無理難題を押しつけられたけれど、素直に従うのはまだ早い

 先日の戦いからはや十日。隣国兵の被害は甚大だった。正確な死者数は不明だが、残った武具から数えると約八千の兵が死んだようだ。


 すぐに第二陣が来るかと思ったが、今のところ攻めてくる気配はない。調べたところによると、あまりの被害に隣国上層部で責任問題に発展しているらしい。当面の間は大丈夫のようだ。


 と思ったのもつかの間。今度は北にあるフラムスティード王国から使いの者がやって来た。


 使者は若いが落ち着いた雰囲気の男だった。フラムスティード王国ではそれなりの地位にいるらしい。

 恭しく差し出された親書を読む。


「フラムスティード王国は余を新王と認め、今後も友好的な関係を築きたい、と」

「然様です」


 もっとも歴史をひもとけば、両国が友好的であった時代は短い。フラムスティート王国は山に囲われているためか、常に海を欲している。そのため過去、何度も侵略を受けてきた。二百年ほど前には、ライランズ王国の領土はもっと北まで広がっていた。


 どの国よりも早くアレンへの挨拶を送ってきたところを見ると、今のところ侵略の意図はないようだ。けれど油断は出来ない。戦争をしていなくても敵国は敵国だ。


「ハドリー三世より両国友好の証として、是非ともアレン陛下にお願いしたき儀がございます」

 ほら来た。


「そちらの国の聖女殿を是非、我が国へとお迎えしたく……」

 ちょっと何言っているかわからない。


 とりあえず返事はまた後ほど、と引き延ばした。


「ハドリー三世より聖女殿をお迎えするまで戻って来るなと、仰せつかっております」

 使者は去り際にそう言い残した。今は王宮内の客間に留まり、返事を待っている。

 執務室で宰相のジェイコブに相談する。


「聖女殿ってまだ見つかってないよな」

「仰せの通りです」


 ジェイコブが嘆息する。クララの行き先は不明である。西の隣国で見かけたという情報もあれば、はるか北の帝国にある修道院で働いているというウワサもある。不確実な情報ばかりだ。


「なのに、何故聖女を要求してくるんだ?」

 いくら何でもいないものは渡せない。それとも、あえて無理難題をぶつけるイヤガラセだろうか。


「フラムスティード王国でも魔物の被害は深刻ですからな。『結界』の張れる聖女は欲しいでしょう」

「あちらにはいないのか?」

「過去にはいましたが、数年前に病で他界して、それ以降は聖女となれる人間がいないと聞いております」


 『結界』を張るには特別な資質が必要だ。だからこそ、特別な資質を持つ人間……つまり聖女をどの国でも囲い込んでいる。中でもライランズ王国は特に力を入れ、一族まるごと保護してきた。もっとも、その重要性を理解しない王太子(バカ)もいるのだが。


「聖女殿が追放されたと知らないのか? あの王太子(バカ)が大々的にやってくれたせいで、てっきり知っていると……あ、そうか」


 そこでアレンは気づいた。フラムスティード王国が動いたのは、『結界』が張り直されたからだ。民衆は新たな聖女が誕生したと思い込んでいる。魔法陣の存在について伏せておきたいので、あえて放置していたのだが、裏目に出たようだ。


 もしかしたら、隣国との戦争でも『結界』が使われたと調べ上げているかも知れない。


「聖女殿の一族はどうだ?」

「やはりまだムリかと。いずれもまだ子供で、一人前になるには最低でもあと四年はかかるそうです」

 それまで待ってくれそうにない。


「一族の誰かを聖女と偽って押しつけるのはいかがでしょうか」

「却下」

 すぐにばれる。何より子供に大人の不始末を押しつけるのはアレンの倫理が許さない。


「断るって選択肢は、ないよな」

 ジェイコブは残念そうに首を振る。


 経済力も軍事力も領土も人口も何もかも向こうの方が上だ。戦えば無事では済まない。


「仮に戦争になったとしても、先日のように魔物の群れをぶつける作戦は使えない、と聞いておりますが」

「あれは一回こっきりの作戦だからなあ」


 魔物の大群が王都付近に集中していたからこその戦法だ。同じ事を北の辺境でやっても効果は薄い。何度もやればそれだけ、対策も打たれる。


「こちらにとっても有利な条件を呑ませるのが一番ですが……」

 一方的に差し出せ、が通るとはフラムスティード王国も思ってないだろう。交換条件を持ち出すか、あるいは……。


「ちょっと待ってくれ」

 アレンは部屋を出る。


「どちらに向かわれるのですか?」

「北の塔だ」

 一時(二時間)後、戻って来たアレンは大量の紙や本を抱えていた。


「結論から言うぞ。フラムスティード王国には聖女を渡さない。もちろん、聖女一族の連中もだ」

「では、どうされるのですか?」

「魔法陣を差し出す」


「これが『結界』を張る魔法陣ですか……」


 使者は目を白黒させていた。最初はふざけるな、と怒っていたが実演してみせるとたちまち物欲しそうな顔に変わった。今にも魔法陣の布を抱えて、走り出しそうな気配だった。


「聖女殿の代わりだ。我が国はこの魔法陣を二つ(・・)、そちらに差し出そう」

「二つも!」

「その代わりこちらも条件がある。条約を結びたい」


 まともに戦うのは避けたい相手だ。少しでも開戦の可能性は減らしたい。和平条約でも不可侵条約でもいい。加えてアレンが結びたいのは通商条約だ。フラムスティード王国は領土が広い分、資源も豊富だ。中にはアレンが生み出す商品に欠かせない物質もある。国王同士だけでなく、庶民レベルでも交流が深まれば、戦争を食い止める抑止力になる。


「……条約となると私の領分を超えております。一度、国に戻って陛下に相談させて下さい」

「早急に頼む」

 アレンは胸を反らして言った。


「魔法陣を欲しがる国は多いのでな。戻って来た時には一つになっているやも知れぬ」

 使者は矢のような速さで王都を飛び出して行った。


 人払いをして、謁見の間にはアレンとジェイコブだけが残った。目の前にはデモンストレーションとして『結界』を張らせた魔法陣が光を放っている。


「よろしかったのですか? 『結界』の魔法陣は極秘のはずでは」

「いずればれる話だ」


 人の口に戸は立てられない。特に『結界』の発動には、今のところ十人は必要になる。そのうち誰かが漏らすだろう。


「もしや、偽物を渡すおつもりですか? あるいは欠陥品とか」

「ちゃんと本物を用意するよ。品質も保証済みだ」

 これで国が豊かになるのなら安いものだ。


「見ろ、ジェイコブ」

 アレンは執務室の隅に置いていた布を床に広げる。


「これは、『結界』の魔法陣ですか? しかし、紋様が少し違うような……」

「目ざといな。これはな、新型(・・)だ」


 旧型と違い、『結界』の範囲も広がる。発動に必要な魔力も今までの二分の一に抑えられた。実際に『結界』が完成するまでの時間も短くなった。


「そんなことが可能なのですか?」

 スペックを説明すると、ジェイコブは首をひねる。


「効率化だよ。少ない魔力で魔法が発動するよう改良に改良を重ねた」

 家電製品と同じだ。新型ほど高性能で電力も少なくて済む。


「今王都に張っているのも折りを見て取り替える。そいつもどこかの国と取り引きに使うさ」

「しかし、陛下が苦労して用意された魔法陣なのに……」

「気にするな。どうせ子供の工作(・・)だ」

「は?」

 ジェイコブが忙しなく瞬きをする。


「おかしいと思わなかったのか? 俺は十年間、塔に閉じ込められていたんだぞ。なのに、すぐに『結界』用の魔法陣が用意できた?」


 魔法陣に使われる布もインクも特別製である。布を織るだけでも何日、下手をすれば何ヶ月もかかる。布に魔法陣を刻むのも大仕事だ。昨日の今日で用意できるものではない。


「今、王都で使っているのは俺が八歳の時に作らせた見本だ。父上に見せるためのな」

 だが、魔法陣の有用性は理解されず、反対に聖女をおとしめる不埒者と塔に幽閉された。


「資料やら魔法陣も全て破棄するように言ってきたので、とっさに偽物とすり替えて塔の中に持ち込んだ。それから、こいつをベースに改良と研究を続けてきたってわけだ」


 ちなみに、先の戦でプリシラに渡したのが予備で、岩場で魔物の大群から身を守ったのが試作品である。


「向こうでも研究を始めるだろうが、俺にはあそこから十年間、研究してきたアドバンテージがここにある」

 つん、と自分の頭を指さす。


「つい先日、新型量産(・・)のメドが立った。かなり値段も張るが、国防費と考えればまあ、安上がりだな」


「しかし、古いものとはいえ魔法陣が広まれば結局ライランズ王国に不利になるのでは? おそらく、あちらでも魔法陣を複製して大量生産にこぎ着けるでしょう」

「結構だ。むしろ是非コピーして欲しい。粗悪品では困る」

「どういう、意味でしょうか?」


 アレンは指を鳴らした。発動中の魔法陣が急に光を失い、『結界』が消失した。

「魔法陣にはな、俺の意志で『結界』が操れるように命令(コマンド)が仕込んである」

 もう一度指を鳴らすと、魔法陣が再び光り出した。


「魔法陣に魔力さえ残っていれば、発動もできる。まあ、消すのと違って時間かかるんだけどな」

 アレンの感覚としては、スマホのバッテリーを付け外しするのに近い。


「これで世の中は変わる。聖女殿の必要とされない時代が来るだろう。もちろん急にってわけじゃない。でも時間が経てば、『結界』を張ることに特化した人間や一族を抱える費用も手間も惜しむようになる。賭けてもいい」


 一度、便利な道具を知れば、なかなか前の生活には戻れない。


「いずれは『聖女』の資質を持つ者たちにも職業選択の自由が訪れる。何にでも、とは言わないがたいていの職業になれる。治癒魔法を生かして施療院を開くのも好きな相手の妻になるのも畑を耕すのも商売をするのも傭兵になるのも何もかも、だ」

「……」


「さて、その時になって『結界』がいきなり消えてしまえば、どうなるだろうな」

 また聖女に頼ろうにも技術は失われ、育成には何年も時間が掛かる。そして魔物は世界中どこにでもいる。


「あくまでこれは保険だ。連発すれば、かえって諸国の恨みを買う。けどまあ、いざという時にはこういう手段もあるって話だ」


 ジェイコブは呆然と立ち尽くしていた。アレンの言葉に魂を持って行かれたかのように。


「どうした? もしかして、俺を北の塔から連れ出したのを後悔しているのか?」

「その通りです」

 ジェイコブは深々とうなずいた。


「もっと早く、せめてあと二年早くあの塔からお連れするべきでした。さすれば今日のような混乱は起こらなかったでしょう」

「その代わり、お家騒動で王宮に血の雨が降っていただろうな」


 王太子(レナード)がすんなり明け渡すわけがない。あれの消息は侯爵令嬢ともども今も不明だが、いずれまた戻って来るとアレンは確信している。


「ま、今はフラムスティード王国の返事を待とうか。そうそう、条約案を今の間に考えておいてくれ。細かい打ち合わせは任せる」

 魔法陣を小脇に抱え、あくびをしながらアレンは外へ出た。


 数日後、フラムスティード王国との和平及び関税などに関する通商条約が結ばれた。これによって両国の交流は盛んになり、ますます栄えていくのであった。


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