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逃げ出した国王が戻って来たけれど「おめーの席ねぇから!」

「いつかはそうなる気がしていたんだよな」


 魔物が怖くて隣国までとんずらこいたのだ。いなくなったのならいずれは戻って来るだろう。

 ただのウワサでは終わらない。アレンはそう確信していた。


「そんなに、操り人形になりたいのかね」

 王族としての身分を剥奪したことはすでに伝わっているはずだ。当然、あの男は認めようとはしないだろう。


 ハロルドの話では、ともに落ち延びた兵は少数。帰国には隣国の協力を得るしかない。隣国にしても、ライランズ王国へ攻め入る口実になる。


 当然、かなりの見返りを要求しているだろう。仮にアレンを倒したとしても、出来るのは隣国の傀儡政権だ。以前のような暮らしは到底望めまい。おとなしく客分として隣国に寄生していればいいものを。


「まあいいか、いずれはやらなくちゃいけないんだ」

 アレンは予定を前倒しして、騎士団を立て直す。


 さしあたってハロルドを将軍に任命し、軍事再編に当たらせることにした。


 近衛騎士団の団長をしていただけあって顔が広く、主を失った騎士たちの中から腕利きを選りすぐって、呼び集めている。方々から集めた騎士たちをまとめ上げ、訓練を始めている。


 傍目にもその統率力は群を抜いていた。

 ハロルドによればあと一ヶ月もすれば、それなりに戦える騎士団が完成するとの話だった。


 だが、現実は甘くなかった。

 バイロン二世の率いる軍が、国境を越えたとの知らせがアレンに元に届いた。



「そりゃまあ、都合良く待ってはくれないよな」


 謁見の間で知らせを受けたアレンはため息をつく。隣国からすれば、戦いの準備が整わない今がチャンスなのだ。敵の嫌がることをするのが戦の基本である。


 急報を受けてハロルドを始め、ジェイコブやプリシラなど信頼する家臣が集まっている。


「如何いたしましょう。敵の軍勢は約一万。おそらくジークローブ領を通って王都まで攻め入ってくるはず。こちらは騎士が約五百。傭兵や民から兵を募ってもせいぜい千がいいところでしょう」


 ハロルドが理路整然と状況を説明する。


「敵の編成は?」

「物見の話では騎馬二千に歩兵や弓兵などで八千」

「圧倒的じゃないか、敵軍は」

 乾いた笑いが漏れる。


 長机に置かれた地図には、隣国から攻め入る敵軍が駒となって置いてある。


「当然、あの男も来ているよな」

「間違いなく」

「それじゃあ、戦場はここにしよう」


 アレンが指さしたのは、平原である。幅の広い川が流れている。


「おそらく、この橋を使うはずだから事前に壊しておく。で、敵が川を渡りきったところを叩く」

「しかし、それは敵も想定済みのはず。伏兵などすぐに見破られましょう」

 何より隠れるような場所も限られている。近くに岩場はあるが、目立ちすぎて伏兵の意味がない。


「伏兵なんかしないさ。真正面からぶつかるだろうからな」

「正気ですか?」

 ハロルドの声が上ずる。


「秘策がある。鍵になるのは、お前だ。プリシラ」

「承知しました」

 プリシラは決然と言った。

「陛下のご命令とあらば、いかようにも」


「お前にはこの秘密兵器を使ってもらう」

 アレンが持って来たそれを渡すと、プリシラはきょとんとした顔をする。


「絨毯?」

「そう。魔法の絨毯だ」



 三日後、ジークローブ領にて川を挟んで両軍が向かい合っていた。


 川に沿うようにして、隣国の軍が布陣している。獅子の紋章が入った、巨大な旗が翻っている。川の水位もせいぜい膝までだ。すぐに渡ってくるだろう。こちらは騎兵歩兵あわせて三百の兵がひとかたまりになっている。


 敵軍の中から馬に乗った老人が進み出てきた。髪も白く痩せてはいるが、肌は脂ぎっていて、日焼けした様子がない。頭にはアレンのものとよく似た王冠を被っている。遠目ではあるがアレンにはそれがバイロン二世であるとすぐにわかった。あの王冠はレプリカだろう。


「窮地にかこつけて国を掠め取った盗人め! ここに真の王が戻った! 今こそ我が国を返して貰おうか」

 なるほど、戦いの前に正当性を訴えるのか。アレンも馬を進めて軍の前に出る。


「何を言うか! 余の王位は教団も認めたものだ。魔物に恐れをなして戦いもせず逃げた腰抜けが、真の王とは笑わせる。その上、山賊に恐れをなして己の妻と子を見殺しにするなど、まさに鬼畜の所業。恥知らずの老いぼれは、あてがわれた扶持でも食い潰すのがお似合いだぞ。そのような無能の平民を担ぎ上げて、我が国を攻め入ろうとする貴様らこそ盗人猛々しい。今すぐ戻らねば、死より恐ろしい目に遭わせてやるぞ!」


「黙れ黙れ! デタラメを申すな! 偽者め! どこの馬の骨か知らぬが、とくと後悔させてやるわ!」


 そこでアレンは首を傾げた。もしかしてあの男、自分の息子だと気づいていないのではないか。


「隣国の王から借りた兵で大いばりか。はっ、小心者の貴様にはふさわしい姿だな」

「やれ! 今すぐやつを殺せ!」


 散々に言い負かされて、とうとう顔を真っ赤にして激高し始めた。隣で派手な鎧を着た男がなだめている。あれが隣国側の将軍だろう。


「進め!」

 将軍の号令で敵軍が渡河を始める。


「全軍、後退!」

 ハロルドの合図で少しずつ後退する。

 岩場まで来ると歩兵が前に出て盾を構える。

 笛の音が鳴った。敵軍の合図だ。


 二手に分かれる。騎馬隊が王都への道を進み、残りの兵がライランズ王国軍へと向かってくる。

 金属のこすれ合う音が大きくなってきた。目の前には黒い波のような軍勢が押し寄せてくる。

 アレンは耳を澄ませた。


「騎兵隊の到着だ」

 遠吠えが平原を駆け抜けた。たくさんの足音が平原の向こう側から向かってくる。

 魔物の大群だ。


「魔物だ! 魔物が出たぞ!」

 黒い狼のような魔物が群れをなして隣国軍へと襲いかかった。


 あちこちで絶叫が上がる。一万の軍勢も怒濤のような魔物の群れに飲み込まれ、潰される。

 魔物の群れは岩場にも迫っていた。だが、直前で向きを変え、岩場を避けて進んでいく。


「成功ですな」

 ハロルドがほっとした顔で言った。『結界』が無事に発動したことに安堵したようだ。


 これがアレンの策だった。

 プリシラに渡したのは、『結界』用の魔法陣である。聖女クララの追放により『結界』は消失し、各地から魔物が引き寄せられるように集まってきた。そこへアレンが新たな『結界』を張り、追い払った。行き場を失った魔物たちをプリシラが作った『結界』でこの戦場まで誘導したのだ。


 アレンの目の前で地獄絵図が広がっていた。生きている人間がかみつかれ、引き裂かれ、食われ、踏みつぶされて死んでいった。中には嘔吐する者もいたが、アレンは黙ってその光景を見続けた。何の恨みもなくても自分の選択の結果で人が死んだ。その意味を忘れてはいけないと思っていた。


 魔物たちはこのまま向きを変え、海へと誘導する手筈になっている。海には海の魔物がいて、陸の魔物とは本能的に仲が悪い。殺し合ってくれれば、その分手間も減る。


 魔物の大群が過ぎ去り、『結界』を解除する。隣国軍は壊滅していた。馬は骨まで食い尽くされ血まみれの鞍が転がっている。折れた旗が川に沈み、流れていった。


 死体の山から生存者がいないか確認する。死人返り(ゾンビ)になられると面倒なので、まとめて燃やすのが戦場の作法だ。


 奇跡的に生き残った者たちを回収し、手当をする。


「陛下」

 岩場で報告を待っていると、ハロルドが呼びに来た。


「バイロン二世を捕まえました」

「生きていたのか」

 将軍らしき男と一緒に黒い狼に食われたかと思っていた。

「悪運が強いな、いや、悪いのか」




 アレンの前に引きずり出されたバイロン二世は血まみれで服もずたぼろだったが、軽傷のようだった。どうやら馬から投げ出された時に気絶し、その上に兵士たちの死体が折り重なったことで食われずに済んだらしい。がたがたと震えているのは、魔物への恐怖のためか、敵に捕まったためか。


 アレンは見下ろすように立つと、つとめて柔らかい口調で言った。


「お久しぶりです、父上」

「な、何者だ? 余は貴様など……」

「お忘れですか? 十年も塔の中に押し込められましたからね。顔を忘れてもムリはない」

 バイロン二世は途方に暮れたような顔をした。


「まさか、本当にあのアレンなのか? 偽者ではないのか?」

「真実あなたの息子ですよ。不本意ではありますがね」

 どうやら息子(アレン)を名乗る偽者だと誰かに吹き込まれていたようだ。


「お、おお。会いたかったぞ。こんなに大きくなって……。立派になったな」

「浪花節は結構です」


 三文芝居をぴしゃりと遮る。塔に幽閉した十年間、一度も会いに来なかった男が、親の愛を振りまいたところで今更もう遅い。


「あなた方が逃げ出したおかげで、残った私が王になって、ライランズ王国を復興しなくてはなりませんでした。それはもういい。ですが、あなたには元・国王としての責任を果たしていただかなくてはなりません」

 とん、とアレンは自らの首を打つ。バイロン二世は顔色を変えた。


「まさか、余を処刑するつもりか?」

「聖女殿追放を追認し、王国崩壊の危機を招いたのです。その上あなたは魔物恐ろしさに、民を見捨てて逃げ出した」


「クララを追放したのは、王太子(レナード)だ! 余ではない! そ、それに、あのような魔物……余にどうしろと……」

 恐怖が甦ったのか、目を血走らせながら熱病のように震え出す。


「あなたは国王でありながらレナード(兄上)を止めなかった。聖女殿の保護は国法で定められています。それを国王自ら破った。処罰は当然です」


 バイロン二世はがっくりと肩を落とし、嗚咽を始めた。所詮は小者なのだ。農民に生まれていれば、平穏無事に生涯を終えたかも知れない。王の器ではなかったために、国は乱れ、大勢の民が命を落とした。


「しかし、父殺しの汚名は私も負いたくはない。そこであなたを追放したことにして、別の場所に隠れ住んでいただきます」

「ほ、本当か?」

 涙と鼻水でくしゃくしゃの顔を上げる。


「これ以上、国外で余計な真似をされても困りますからね。多少の不自由は覚悟していただきますが、命だけは助けましょう。屋敷も用意します」

「わ、わかった。そうしよう」

 何度もうなずいた。


「ハロルド」アレンは振り返った。

「この方を、オールドウェイズ島へとお連れしろ。丁重にな」

「ふ、ふざけるな!」


 バイロン二世は怒鳴った。オールドウェイズ島はカーレル領のはるか南にある無人島である。海流も荒い上に海抜が低く、満潮になると島の三分の二が海面に浸かる。古くは罪人の流刑地として使われてきた。


 島のてっぺんには漁師小屋もあるというが、何十年も使われていないため、現在どうなっているかは不明である。それを屋敷と呼ぶかどうかは、個人の見解による。


「それでは死刑のようなものではないか!」

「井戸もあるそうですし、魚も捕れます。生き残る(サバイバル)なら問題はありません」

 その生活が、王様暮らしのこの男に可能かどうかは甚だ疑問であるが。


「ま、待ってくれ。余はイヤだ。行きとうない! 助けてくれ、アレン。余が悪かった」

「私も心苦しいのですよ、父上」

 胸に手を当て、大仰に嘆いてみせる。


「しかし、これも王家に生まれた運命。甘んじて受け止めましょう。さ、父上をお連れしろ」

「待て、待ってくれ! せめて、せめてもう一度だけでも王宮に……」


「王都に入れば民が騒ぎましょう。先日の騒動であなたの首を刎ねたい者がわんさとおります故」

 戻って来たところでお前の居場所なんてどこにもねえよ。アレンは心の中で罵る。


「心配せずともお着替えくらいは用意させましょう。……連れて行け」

「よせ、止めろ! 離せ、離せ! いやだ、行きたくない!」

 幼児のようにただをこね、号泣しながら連行されていった。


「どのくらい保つと思う?」

「せいぜい一ヶ月というところでしょうか」

 ハロルドが哀れむように首を振る。


「水さえ飲めばそれくらいは生き残れるでしょうが、その前に自分から海に飛び込むのでは?」

「そんな度胸もねえよ」


 死ぬことも出来ず、生き残る術も持たず、誰かのせいにして、泣き喚いて、助けを求めて、アレンを呪いながら死んでいくだろう。

 手に取るようにわかる。


「余は疲れた。少し休むから、何かあれば報告しろ」

「かしこまりました」

 ハロルドが戦場の後始末に向かう。


「ざまぁ」

 小さくつぶやいてアレンは岩場にもたれかかり、一眠りすることにした。長年のつかえが下りた気分だった。久し振りにスッキリとした気分で眠れそうだ。 

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