うさんくさい奴が家来になりたいと言ってきたけれど、追い返すのはまだ早い
「この度の迅速な対応、誠に感服致しました。当家一同、アレン陛下に忠誠を誓います」
「大儀であった。これからも忠勤に励むように」
気乗りしないのを押し隠しながらアレンは言った。
謁見の間へと続く廊下には長蛇の列が出来ていた。いずれも伯爵以下の中級から下級貴族である。きらびやかな衣装の者もいれば、目の前の男のように鎧兜に身を包み、物々しい出で立ちで戦支度をしてきた者もいる。確か、北に小さな領地を持つ男爵だ。
口を開けば、アレンを褒め称え、忠誠を口にする。だがアレンは冷めた気持ちで聞いていた。どいつもこいつも腹の底にある欲が透けて見えていた。領地が欲しいのだ。
王都の周辺には王族や公爵侯爵が逃げ出し、空白地帯となった領地が広がっている。『結界』は王都の近くだけだが、近付くにつれて魔物の発生率も下がる。そのため、身分の高い貴族の領地は大半が王都付近に集中していた。
先日、復興資金の担保として一部を教団へと譲ったが、それ以外は今のところはアレンの直轄地ということになっている。当然一人で管理しきれるものではない。ほかの貴族に分け与えるか、代官を派遣するなりして統治しなくてはらない。
好条件の土地が手に入るのなら、平民から生まれた庶子の第七王子にだって尻尾を振るだろう。
北の塔に閉じ込められる前から貴族間の領土問題は日常茶飯事だった。隣り合った領地から爪の先程でも掠め取ってやろうと、目を光らせている。本来ならば王族たちが逃げ出したと同時に兵を派遣していてもおかしくはない。
それをしなかったのは魔物の大群と戦うリスクを避けるためだろうが、もう一つはお互いが牽制し合って動けなかったのだとアレンは見ている。それとていつまで我慢できていたかは疑問である。
アレンが新たな『結界』を用意し、事態を収束していなければ、空白地は下級貴族たちの戦場になっていたかも知れない。
魔物がいなくなり、王都が復興を始めたのを聞きつけ、我先にと服従と忠誠を申し出てきた。少しでも新王アレンの印象を良くして、おこぼれに預かろうという魂胆がわかりやすい。
口では綺麗事を並べながら目は欲望でぎらつかせている。本音と建前は貴族なら当然だが、いささかうんざりするのも事実だ。
「つきましては是非、手前にジークローブ領を任せていただけませんか? なあに、農民どもを締め上げれば麦など今の倍は取れましょうぞ」
だからと言ってありのままに要求をぶつけられても困るのだが。あと、こいつは絶対、領地経営から外そうと心のメモ帳に書き留めておく。
朝一番で始めたはずなのに、謁見が終わる頃には夕方になっていた。今も王都へと続々と詰めかけているらしいので、明日も同じような状況が続くのだろう。勘弁して欲しい。肘掛けに頬杖を付きながらため息をつく。
「佐野源左衛門が助走付けて殴ってくるレベルだな」
「誰ですか?」
アレンのつぶやきをプリシラが拾った。
「まあ、大昔にいた異国の戦士だな」
曖昧に説明する。鎌倉時代の武士と言っても首を傾げるだけだろう。
「だまされて領地を失ってしまってな。田舎で隠遁生活を送りながらも主君への忠誠を抱き、招集があればいつでも駆けつけられるよう武具の手入れだけは欠かさなかった」
「感心ですね」
「ある雪の日、源左衛門の家に旅の僧が泊まりに来た。凍えそうな僧に暖を取るため、大切にしていた植木を切って薪にしたのだ」
「生木など燃やしても煙たいだけでは?」
「まあ、非常事態だったからな」
肝心なのはそこではない。
「その後、主君から招集命令が掛かった。源左衛門はおんぼろの武具に身を包みながらも、真っ先に駆けつけた」
「近くに住んでいただけでは?」
「……多分、そうなんだろうな」
お願いだから少し黙って聞いてくれ。
「そこに現れたのが雪の日に出会った旅の僧だ。実は、その僧こそ主君である北条時頼だった。主君は源左衛門に忠誠をほめ、うばわれた旧領に加えて植木の名前が付いた領地を与えられた。そして弟子に虎の毛皮を被せた上に、黄金のヌンチャクを持たせて武術大会で優勝させたという」
昔の映画スターのようにヌンチャクを振り回す格好をする。
最後、別な話が混ざってしまった気がするが、おおよそは間違っていないはずだとアレンは開き直る。
「ゲンザエモンは立派ですね。それに引き換え、我が国の貴族どもは」
「まあ、昔の話だからな。現実はそうはいかない」
幸いな事に、駆けつけた貴族はみなアレンへの忠誠を誓ってくれた。形だけであっても有り難い。表立って反旗を翻されると、国王という手前、それなりの対応をしなくてはならない。最悪、反乱鎮圧のために派兵も必要になるのだが、今のアレンにはそれが不可能だった。
家来がいないのだ。
王宮内の役人や使用人は大半が『結界』消失とともに逃げ出した。騎士団ですら、まともに戦う事なく瓦解し、散り散りになってしまった。
今のところは、かろうじて残った忠義者だけで切り盛りしているが、すぐに限界が来るだろう。とりあえず、七日以内に戻って来れば逃亡の罪は問わないと布告しているので少しは戻って来るだろう。
兵士も復興が進めば、募集するつもりだ。騎士についても王家直属の騎士団を再編し、主君を失った公爵家侯爵家から引き抜けば数は集まるだろう。問題は騎士団長や将軍といった将官クラスである。
王家の騎士団長は三人いたが、いずれも先王とともに隣国へと逃げ出している。騎士の何人かは自分こそが騎士団長にふさわしい、と自賛しているが、話にならない。騎士団どころか自身の部隊ですら逃走を防げない程度の統率力では、意味がない。
兵士を率いて戦となればやはり経験が必要になる。アレンには知識はあっても経験不足だ。
「内政の方はもうしばらく公爵殿に頑張ってもらうとして、やはり騎士団の方は早いところ何とかしないとな」
アレンを擁立したジェイコブには勲一等ということで公爵への陞爵を決めている。同時に領地も飛び地にはなるがジークローブ領の一部を預けることにしている。本人は過分な褒美と恐縮していたが、今のアレンに信頼できる人間は限られている。
「た、大変です。陛下」
その公爵が血相を変えて飛び込んできた。
「レイヴンズクロフトが戻って来ました」
「誰だ?」
首を傾げていると、プリシラがささやくように言った。
「先王直属の近衛騎士団長です」
ハロルド・レイヴンズクロフトは一言で言えば、美丈夫だった。金髪に端整な顔立ち、白銀の鎧に白いマント。謁見の間で、片膝をつく姿は物語に出て来るような騎士そのままだ。まだ二十七歳だが、国内でも有数の騎士であり、侯爵家の三男でもある。三人の騎士団長の中でも一番優秀な男だという。
謁見の間で向かい合う。斬りかかられたら抵抗も出来ずにやられそうだ。護身用に小さな刃物も持っているが何の役にも立たないだろう。
「お初にお目に掛かります。アレン陛下」
「挨拶はいい。何の用だ」
「騎士の本分は王に仕えること。なればこそこうして馳せ参じました」
「お前の主君はあれのはずだが」
だからこそ、先王と一緒に隣国へと落ち延びたのではなかったか。
「国を捨てた王は王にあらず。せめて、隣国へとお届けしたのが最後の奉公と」
ハロルドの言葉にはためらいも後ろめたさも感じられなかった。
「それで、今度は余に仕えようと?」
「許されるのであれば」
「ふむ」
プリシラたちの話では、優秀な騎士団長で部下からも慕われ、他国との戦争でも前線で指揮を執っていたという。能力もカリスマもある。今のアレンにとってはのどから手が出るほど欲しい人材だ。
「何が望みだ? 領地か?」
「私めの願いはただ一つ」
ハロルドは顔を上げた。
「是非一度、陛下とお手合わせを願いたく」
アレンは一瞬、頭が真っ白になった。
「余と戦いたい、と?」
「無論、真剣でとは申しません。木剣で結構です。仕えるべきお方かどうか、この目と腕で確かめたく」
「ふざけるな、痴れ者!」
隣に控えていたプリシラが怒鳴りつけた。
「貴様、試合と称して陛下を亡き者にする魂胆であろう! バイロン二世の差し金か!」
殺気をみなぎらせ、今にも剣を抜きそうな気迫だったが、ハロルドは涼しい顔のままだ。その表情からは真意が読み取れない。
アレンに剣術の心得はない。八歳の頃から十年間も幽閉されていたのだ。体力も筋力も同世代に比べればはるかに劣る。ハロルドの実力ならば練習と称して撲殺するのも可能だろう。
「……いいだろう。ただし、一本勝負だ。先に一撃入れた方の勝ち。それでいいな」
「感謝いたします」
ハロルドは深々とうなずいた。
「いけません、これは罠です」
懸命に引き留めようとするプリシラを手で制する。
「もうすぐ日も暮れる。さっそく始めようではないか」
試合は、王宮にある練習場で行われることになった。三方を壁に覆われ、一方を王宮に通じている。普段は騎士が稽古をするための場所であり、地面には砂が撒いてある。
手渡された木剣はアレンの手でも持てるほど細い。前世で見た蛍光灯を思い出した。
「へえ、これが木剣か」
触るのは初めてだ。なで回して手触りを確かめ、指で弾き、曲げたり伸ばしたりするが、頑丈そのものだ。軽いけれど、当たったら痛そうだ、とアレンは首をすくめる。
左手には丸い木の盾だ。手首に帯を通すタイプなので叩かれても取り落とす心配はなさそうだ。ハロルドも同じ装備である。ただ立っているだけなのに、威圧感がある。背筋が伸びて姿勢がいい。おそらく今、不意を突いて斬りかかっても簡単に反撃されて終わりだろう。
背丈も頭半分ほど高いし、肩幅も広い。プロレスラーかラグビー選手とでも対峙している気分だった。
「準備はよろしいですか、陛下」
「ちょっと待て」
アレンはハロルドの木剣を指さす。
「そっちがいい。そっちの方が使いやすそうだ。交換してくれ」
「……承知しました」
素直に木剣を取り替える。ハロルドは自分のものになった木剣をまじまじと見つめている。
「始め!」
ジェイコブの立ち会いの下、夕暮れの中、試合が始まる。開始の合図と同時に、アレンは雄叫びを上げて詰め寄った。長引けば体力のない分、不利になる。短期決戦あるのみだ。
盾を構えながら釣り竿のような動きで大振りの一撃を放つ。ハロルドは余裕を持って盾を構え、受け止める。乾いた音が鳴った。
ハロルドの木剣がアレンの肩を打ち据える。激痛に木剣を手放して地面にうずくまった。
「陛下!」
駆け寄って来るプリシラの肩を借りながら立ち上がる。呆然と立ち尽くすハロルドに向かい、会心の笑みを浮かべた。
「勝負あり、だな」
「……やられました」
ハロルドは力なく笑うと髪をかき上げるように頭を押さえる。遠心力が付いていた分、予想以上に強く当たったようだ。
切れ目の入っていた木剣が盾との衝突で曲がり、二つに折れた先端が、先にハロルドの頭を打っていたのだ。
「交換したのはこの布石ですか」
「ああいう真似をすれば、自分の木剣が気になって、こちらの木剣の細工には気づかないと思ってな」
交換前にやたらと木剣をいじっていたのも伏線だ。木剣を交換すると、隠し持っていた刃物で傷を付けておいたのだ。夕暮れならば付けた傷も気づかれにくい。
「参りました。陛下の知恵と胆力に敬意を」
ハロルドは片膝をつくと、手にした木剣を両手に乗せ、アレンに差し出した。
「ハロルド・レイヴンズクロフトはただ今を以てアレン陛下に忠誠を誓います」
沈黙が流れる。どうしたものかと迷っていると、ジェイコブが騎士叙任の方法を教えてくれた。途中で何度も尋ねたために、何ともしまらない叙任式になってしまったが、当のハロルド本人は楽しそうだった。
「つまり、あいつを見限ったってのは本心だったわけか」
「女子供を見捨ててまで逃げ延びようとする者に、誰が従いましょうか」
ハロルドがアレンの父、バイロン二世に従い隣国へと落ち延びた。だが、その旅は必ずしも楽なものではなかったらしい。道中、何度も魔物に襲われ、何人もの部下が犠牲になった。その中にはハロルドの腹心も含まれていた。それならまだ忠義の結果と耐えられた。
決定的になったのは、国境付近での出来事だ。山賊と遭遇したバイロン二世は、逃げ延びるために自分の側室とその娘を囮にしたのだ。
泣き喚く妻と子を尻目に、バイロン二世は国境を越えた。ハロルドは残った部下を落ち延びさせると国王を見限り、側室と娘を救出に向かった。が、アジトの発見に時間が掛かってしまい、山賊らを全滅させた時にはすでに惨殺されていた。
「今更、あの男に仕える気にもなれず、どうしたものかと思った時に、陛下のウワサを耳にしたのです。民に頭を下げてまで反乱を治めたと」
ハロルドは迷った。新たな王は、生き延びるためなら妻子すら見捨てるあの男と同じ類ではないのか。だとしたら生かしておけばこの国の災いとなる。だが、王都に着いてみれば、アレンを讃える声であふれていた。
「恥を恥とも思わぬ卑劣漢か、民のために食糧を施して家を建てる慈悲深き王か。果たしてどちらが本当のアレン陛下なのか。それを見極めるために。こうして参った次第です。試すような真似をしてしまい、申し訳ございません」
「まあ、いいけどな」
どちらも間違ってはいない。何を恥と思うかが違うだけだ。
「その側室と娘の遺体は?」
「その場に埋めました」
「落ち着いたら墓でも建ててやるか。今度案内してくれ」
顔も知らない妹と、その母親の冥福を祈る。
ハロルドは頭を下げた。
今日は色々あったが、こうして優秀な家来が手に入ったのなら万々歳だ。
「それより、陛下。至急お耳に入れたいことがございます」
「何だ」
王都に来る途中で耳に挟んだのですが、と前置きしてからハロルドは言った。
「あの男が、バイロン二世が、隣国の協力を得てこの国に戻って来ると」
※次回は多分、ざまあ回になる(はず)