借金の担保にとんでもないものを要求されたけれど、断るのはまだ早い
王都を立て直す、といってもただ建物を作ればいいというものではない。魔物のせいで人も財産も失われた。復興のためには金がいる。
「とはいえ、方策自体は山ほどあるんだけど」
「本当ですか?」
アレンのつぶやきに、プリシラが目を丸くする。
伊達に二十一世紀初頭の日本から転生していない。食べ物なら和風洋風中華、塩コショウ調味料に砂糖と、風呂ならばシャンプー・リンス・ドライヤー、遊戯ならチェスにリバーシ、トランプ等々。
偉大なる先人たちが残したモデルケースがあれば、産業を興し、この国を豊かに出来ると確信している。文化侵略のようで気は進まないのだが、背に腹は代えられない。
「ただ、いずれにしても元手がかかる」
アイデアだけはあるが、制作費や開発費も足りない。さしあたって王宮内で売れる物はどんどん売り捌いていく。彫像や壁画など、残されていた美術品を全て換金するつもりだが、その重さや巨大さ故に、買い手が見つかるのも時間が掛かるだろう。
端的に言えば、服を買いに行くための服がない。それにつけても金の欲しさよ。
「では、どうすれば?」
手元にないのなら手段は限られる。稼ぐか、奪うか、盗むか。あるいは……。
「借りるしかないだろうな」
翌日、アレンはプリシラやわずかな供を引き連れ、王都の外れにある教団の大聖堂へ向かった。
この世界において一番の金持ちといえば、間違いなく教団である。大陸各地にいる信者からの寄付に加え、各地の王侯貴族から寄進された土地もある。豊富な資金を元手に王侯貴族に金を貸し、さらなる利益を得ている。
踏み倒そうというバカはまずいない。教団への反逆行為とみなされるからだ。最悪の場合、人権まで奪われるのだ。そこいらのヤミ金融の比ではない。
本当なら頼りたくはないのだが、国を立て直すための金だ。国家予算級の金額を貸せる金貸しなどそうはいない。消費者金融から生活費やギャンブル代を借りるのとは訳が違う。
金をつかませた司教のツテで大聖堂の奥へと通される。石造りの小部屋で待つ。長椅子の横にはプリシラが座り、後ろには護衛の騎士が控えている。出された白湯にも手を付けず待っていると、法衣姿のふくよかな老人が現れた。
「ようこそ、アレン陛下。私は、教団にて奉仕係をしておりますレイフと申します」
にこやかに挨拶をするが、目を動かさないままアレンを値踏みしている。ちなみに奉仕係とは、教団における金貸し担当のことである。事前の調査によると、目の前の老人がライランズ王国支部における奉仕係のトップだという。国王相手というだけあって、それなりの大物をよこしてきたようだ。
「さっそくで悪いが、融資を頼みたい。そなたも知っての通り、魔物による被害が深刻でな。金が足りないのだ」
「いかほど御入用でしょうか?」
「ロール金貨で二十万枚。銀貨が混ざっても構わん」
現代日本の感覚で言えば数十億といったところだろう。ロール金貨はライランズ王国や近隣諸国で流通している。
「大金ですな」
レイフは渋い顔をするが、芝居なのは明らかだった。
「国を立て直すのだ。それなりの金額はいる」
「バイロン金貨ではダメなのですか?」
「信用がない」
「先王陛下が発行されたお金でしょう」
「だからこそだ」
国の窮地に逃げ出すような男の顔が刻まれた金貨など、誰が使いたがるというのか。紛争地域ではしばしば、自国の通貨よりドルやユーロがものをいう。それと同じだ。
「当然、それなりの保証が必要になりますが、何を担保にされるおつもりで?」
「土地を」
アレンが持っている中で、担保になるのはそれくらいだ。幸い、逃げ出した貴族どもの土地がある。国王自ら土地を質に入れようというのだ。腹を空かせたタコが自分の足を食うようで泣けてくる。
「土地とおっしゃいましても、どの辺りを?」
「カーレル領などどうだろうか」
「これは異なことを」
レイフが冷笑する。
「王都の近くとはいえ、陸地の端っこではありませんか。海に囲まれただけの土地ではご希望の額は、お出しできませぬ」
「あそこの岬は、聖者ルーファスが海を渡って南へ向かった聖地のはずだ」
「そこは教団でも解釈の分かれるところでして。実はもっと西の土地であったという説もあります。そのため、正式な聖地として認定はされておりません」
「その割には結構な商売をしているようだが」
ルーファスの残したとされる足跡を目指して毎年多くの巡礼が集まる。巡礼相手に宿を提供し、お守りや聖遺物のコピーを売りつけているのだ。一人一人は些少でも、何万人も集まれば、結構な額になるだろう。裏では売春宿すら経営しているというウワサもある。
「個人の信仰にまで、関与はしておりません」
涼しい顔で言い逃れる。
「ジークローブ領でしたら、間違いなくお出しできるのですが」
今度はアレンが苦い顔をする番だった。王都の西にあり、その名の通り、元・ジークローブ公爵が所有していた土地である。小麦をはじめ国内随一の穀倉地帯でもあり、その大半は王都に向けて出荷される。それを担保にしてしまえば、王都の食料庫を教団に差し出すのも同然である。
「カーレル領がダメなら、シャムロック領はどうだ? あそこは鉄も採掘できる。なんなら、鉱山の採掘権を付けてもいい」
「枯れかけた鉱山に何の意味がありましょう」
「ならば」
アレンが次の案を出そうとした時、レイフが意味ありげな笑みを浮かべた。
「『緑の紅玉』も、というのなら考えてもよろしいですが」
「は?」
そんな宝石など、アレンは知らなかった。ルビーなら赤だろう。先王か誰かが手に入れた宝石だろうか。プリシラなら知っているかと隣を見てみると、俯いたまま唇をかみ、何か考え込んでいるようだ。もしかしたら国宝級の貴重な宝石なのかも知れない。どちらにせよ、既に持ち出されているだろう。手元にない以上は渡せない。
「話にならないな」
アレンは首を振った。どれだけ貴重な宝石だろうと、持っていない以上は交渉のしようがない。
「本当によろしいのですか?」
レイフはどうやらアレンが『緑の紅玉』とやらを持っていると思い込んでいるようだ。いっそハッタリでもかまそうかと思ったが、どんな宝石かも知らない以上、下手な手は打てない。
「わかった。ガスコイン領でどうだ? 無論、採掘権もそちらに渡す」
ガスコイン領は王都の北西にあり、二十年ほど前に金鉱が見つかった土地である。一年前に大規模な崩落事故があり、坑道が埋まってしまったものの、まだまだ金脈が埋まっているとウワサされている。ちなみに聖女クララに讒言をした侯爵令嬢のいた領地でもある。
「いけません、陛下!」
プリシラが立ち上がった。
「国の宝を自ら手放すなど……それならばワタクシが!」
「まあ、待て」
よほど興奮していたのだろう。握りすぎて白くなった手を引いて座らせる。
「どうせすぐには掘り出せないのだろう? だったら持っていても仕方がない」
崩落事故で多くの坑夫たちにも犠牲が出ている。今のライランズ王国では、再開発に何年かかるかわからない。将来の大金も大切だが、今は目の前の開発費用だ。
「本当によろしいのですか?」
レイフが再度問いかける。アレンはあしらうように言った。
「パンは食えるが、金は食えないからな」
「承知しました」
レイフは深々と頭を下げた。手がかすかに震えているのは、想定以上の収益が見込めると昂ぶっているのだろう。
「今すぐ契約書を作成させますので、しばしお待ちを」
「十年だ」
立ち上がりかけたレイフに向かって宣言する。
「十年で借りた金は利子付けて返す。それまでに、金でも銀でも好きなだけ採掘しておくことだ」
「それだけあれば充分ですよ」
レイフは言った。
「教団には採掘の専門家もおりますゆえ。お返しする時は、枯れ果てているやも知れませんな」
その後、正式に書類にサインをした。大金のため、数回に分けて届けられるという。教団は金勘定にアコギではあるが、約束は必ず守る。虚偽は罪だからだ。
大聖堂を出た馬車の中でもプリシラはまだ未練がましそうにつぶやいていた。
「もったいない。金山をみすみす渡すなど……」
「今更もう遅い」
契約を交わしてしまったのだ。
「やはり、今からでもワタシを差し出していただけたら……」
時代劇じゃあるまいし。
「バカを言うな。出来るわけがないだろう」
「ですが、向こうも要求してたのですから……」
「ん?」
そこでアレンはプリシラの顔をのぞき込んだ。緑色の瞳に深紅の髪が掛かっている。
「『緑の紅玉』……」
「わ、忘れて下さい!」
プリシラは顔を真っ赤にして手を振る。
「別にワタクシが名乗ったわけではなくてですね。その、舞踏会で踊っていたら何故かそのようなあだ名を……」
そこでようやくアレンは自らの勘違いに気づいた。あの生臭坊主、今度会ったら殴ってやろう。
「まあ、いいか」
どちらにせよ、他人に譲り渡すつもりは更々ない。今のところは。
数日後、王都の復興は急速に進んでいた。
王宮のベランダから町を見渡せば、工事が進んでいるのがよくわかる。壊れた家屋を修復する一方で、アレン主導によるシャンプー、リンスなどの新製品も開発が進んでいる。まだまだ時間は掛かるが、ようやく一歩を踏み出せたとほっとしている。
「ん?」
アレンは目を凝らす。たくさんの馬が、街道に土煙を上げて王都へと向かってきている。遠すぎて判別は付かないが、いずれも貴族の先触れのようだ。
「ようやく来たか、コバンザメども」
もうすぐ飛び込んで来るであろう知らせを予想して、アレンはうんと背伸びをした。