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ざまぁした聖女様が戻ってきたけれど、受け入れるのはまだ早い

 その広場は王宮の外れにある。四方を壁に囲われ、地面に白い砂を撒いてある。処刑場である。


 公開処刑なら大門前の広場に処刑台を組むのだが、今回は見物人はアレンただ一人だ。

 兵士に引きずられるように連れて来られたのは、三人。いずれも元は貴族であり、レナードの共犯者だ。


 レナードはまじない(・・・・)の解除をちらつかせると面白いように喋ってくれた。アレンが聞いた以外にも胸糞の悪くなる昔話を創作(・・)していたようだ。大半は、魔物に食われるか船とともに海に沈んだが、まだ生き残りもいて、王都に隠れ住んでいた。


 アレンは兵を派遣し、速やかに捕縛させた。自ら尋問すると、三人とも斬首刑にすることにした。拷問をするほど悪趣味ではないし、生かしておく理由もない。砂の上に用意した断頭台に首を固定させると、処刑人が斧を振り下ろした。


 アレンの命令で三人が死んだ。殺したことに後悔も罪悪感もない。だが、国王という立場にはそれだけの力がある。仮に証拠がなくても、無実であろうと、命令一つで処刑する権力を持っている。


 だからこそ、権力には常に自覚的でなくてはならない。片付けられる死体を見送りながらアレンは新たに決意を固めた。


 新しい執務室に戻る。前の執務室は改装中のため、空き部屋に机や棚を運び込んだ仮のものだ。たまった書類を片付けていると宰相のジェイコブがやってきた。アレンは一瞬、期待に腰を浮かせたが、彼の表情を見て座り直した。


「まだ、見つからないのか?」

 ジェイコブはうなずいた。


「心当たりを探しておりますが、いまだに。領地の方にも早馬を出しましたが、まだ返事は届いておりません」

 アレンは頭を抱えて机に突っ伏した。


「一体どこに行ったんだ……」


 プリシラがいなくなって三日になる。レナードを牢に放り込んだ後、血まみれの服を着替えてくると言ってそのまま姿を消した。誘拐かと思ったが、衣服は整えられ、着替えた痕跡もある。彼女の愛馬も厩舎から姿を消していた。衛兵の証言では、夜明け前に馬を駆るプリシラの姿を目撃している。自らの意思でどこかへ消えたのだ。


「いないものは仕方がありません。執務も立て込んでおりますゆえ。子供ではないのです。そのうち戻って来るでしょう」

「戻って来なかったら?」

「墓は故郷に作ってやりましょうか」

「お前の娘だろう!」


 机を叩く音が部屋に響いた。ジェイコブは気に留めた風もなく、アレンが叩いた机の上を手で払った。


「……陛下がご所望であれば娘の一人や二人、喜んで差し出しましょう。ですが、本当によろしいのですか」

「ああ」

「もし、あの子を哀れんでいるのなら、お止めになった方がよろしいかと」

「違う」


 いつの間にかと聞かれたら、アレンにもよくわからない。一目惚れだった気もするし、執務室で倒れ込んだ時か、あのおぞましい事実を知った時に思い知らされたのか。ただ、彼女失いたくないと思ったし、今も満足に夜も眠れない。


「塔の外に出て以来、ずっと一緒だったからな。お前もだけど」

「まだ半年と経っておりませんが」

「俺にとっては長いよ」

 少なくとも塔に閉じ込められた十年間よりずっと忙しくて楽しい日だった。


「陛下! 見つかりました!」

 そこへハロルドが飛び込んできた。アレンは机を乗り越えてハロルドに駆け寄る。


「本当か?」

「はい」

 ハロルドは深々とうなずいた。


「お喜びください、見つかりました! 聖女様が!」




「だって、聖女になってからずーっと王宮の中に籠もりっきりで。息が詰まりそうだったし。婚約破棄されたのもちょうどいいかなーって」

 気楽な言葉使いは、聖女に許された特権である。


 聖女クララは追放された後、近隣諸国を旅して回っていたらしい。本人はむしろ追放されたことを楽しんでいたという。その途中でライランズ王国の惨状も耳にした。そうなれば、いずれ戻るようにと追っ手が掛かると予想し、金を掴ませて姿形の似た娘に同じような格好もさせていた。


 年齢は二十一歳、胡桃のような形をした黒い瞳に、背中まで届く黒髪を編んで肩に垂らしている。


 やや太目で、顔にはそばかすがついている。白い半袖のシャツに茶色いベスト、赤いスカートは聖女というよりは、田舎の農婦だ。この格好なら目撃情報があちこちで出てもおかしくない。


 旅の間は、『結界』を張れるほどの魔力で獣を狩り、集めた薬草を売ったりして暮らしていたという。実際、捜索の騎士が見つけた時も狩りの最中だったという。


 王宮には入りたくないというので、王都にある貴族の屋敷にお越しいただいている。客間でアレンと二人きりでの対談だ。


「この度は聖女殿に大変ご迷惑をおかけいたしました。誠に申し訳ございません。国民一同に成り代わり、謝罪いたします」

 膝を突き、頭を下げる。転生してから二度目の土下座である。


「あー、別にいいって。もう終わった話だし、王太子(レナード)も捕まって、侯爵令嬢(ナタリア)も死んだんでしょ。おまけにイーデン(クサレジジイ)まで牢屋にぶち込んでくれたじゃない。それに王様、ずーっと北の塔に閉じ込められていたんでしょ。やってもない人に謝られても、ねえ」


「責任はあります」

 今はアレンが国王なのだ。前任者の不始末はアレンが尻拭いをしなくてはならない。


「聖女殿への償いとして、可能な限りのことをさせていただきます。今後につきましても不自由のなきように取り計らいますので」

「だから、そういうのやめてってばあ」

 うんざり、という顔でアレンの肩をつかむ。


「とりあえず、頭上げてよ。時代劇じゃないんだからさ」

「は?」アレンは反射的に顔を上げる。

「あ?」しまったという声が出る。


 二人の視線が重なる。


「あの、つかぬことをおうかがいいたしますが、もしや聖女殿も『悪魔憑き』……ではなく、日本から転生してきたとか?」

「もしかして、王様も?」

 沈黙が流れる。


「うわ、それもう早く言ってよ!」

 けたけたと笑い出した。


 クララはやはり日本からの転生者だった。元々は関東のとある商社で経理として働いていたらしいが、事故で死んでこちらの世界に転生してきたという。


 レナードにしてみれば、弟に続いて元婚約者まで『悪魔憑き』だったわけだ。この事実を聞いたら悶死するかも知れない。今度教えてやろう。


「本当はさ、聖女様じゃなくって冒険者になりたかったのよねえ。でもこの世界に冒険者ギルドってないってどういうことよ。もう信じられない!」

「需要がないんですよね」


 アレンも昔調べたから知っている。この世界の魔物は魔法か魔力の入った武器、あるいは教団のように神の力を借りた法力や武具でないとろくにダメージを与えられない。再生力が高いため、普通の武器ではすぐに回復していく。素人に毛の生えたような連中に対処できる存在ではないのだ。


 何より倒してもすぐに骨まで腐っていくので、死体はほとんど残らない。素材を持ち込んで売り飛ばすという商売が成り立たないのだ。そのためなり手もおらず、魔物退治は正規兵である騎士の出番になる。


 その後もひとしきり日本の話題で盛り上がったところで、アレンはおずおずと切り出した。


「できますれば、同郷のよしみという事で、今後もこの国に残っていただけると有り難いのですが」

「ヤダ」

 クララはつまらなそうにそっぽを向いた。


「だってさ、もう魔法陣があるじゃない。あれ使えば聖女じゃなくても『結界』が張れるんでしょ。だったら必要ないじゃない」

 アレンは首を振った。


「何も『結界』だけが聖女の仕事ではありませんよ。むしろ今後はもっと外に出て欲しいのです」


 さすが聖女だけあって、魔力のキャパシティはすさまじい。その上、回復魔法をはじめ余人には使えないような魔法も使いこなす。その力があればもっと困っている民を救えるはずだ。


「それって体のいいドサ回りだよね」

「もちろん、ご希望とあれば王都に留まっていただいても結構です」


 神殿でも作って、訪れる民に祝福を与えるのもいい。施療院でケガ人や病人を治すのもいいだろう。孤児院を経営して、身寄りのない子を育てるのも大切な仕事だ。


「……ボランティアじゃないよね」

「もちろん、国から給料というかお手当も払いますよ」

 多分、プロ野球選手並みには支払えるはずだ。


「あと休みが欲しい」

「週休二日でどうですか」

「有給も欲しい」

「取り計らいます」

「年末年始は?」

「……代休になります」

「結婚って大丈夫?」

「もちろん、好きな方としていただければ」

「よし、決まりだ」

 聖女クララは椅子から立ち上がると、腕を天井へと突き上げる。


「今から私は聖女にカムバックします! あいしゃるりたーん!」

「よろしくお願いします」

 アレンは恭しく頭を下げる。


「それでですね」

 これでようやく本題に入れる。


「折り入って、是非お願いしたい事がありまして」

また長くなったので二回に分けました。

明日、完結します(予約投稿済み)

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