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聖女様がいなくなったせいで『結界』が消えちゃったけれど、逃げ出すのはまだ早い

見切り発車ですがよろしくお願いします。

10話以内には終わる予定、多分。


※2020年11月10日 サブタイトル変更しました。


 食料が届かなくなって、はや二日。安楽椅子に座りながらそろそろ外へ訴えようかと考えていた頃、部屋の扉が開いた。


「お初にお目にかかります、アレン殿下」

 やって来たのは六十に手が届こうかという白髪の老人であった。現代日本ならまだまだ元気な年だけれど、この世界ではお迎え間近というところだ。


「わたくしは、伯爵家のジェイコブ・ヘイスティングスと申します。先だって宰相の任を預かりましたのでそのご挨拶に」


 アレンは怪訝に思った。宰相となれば爵位は侯爵か公爵だ。伯爵位で宰相など、聞いたことがない。あるとすれば、ほかに適任がいない場合だ。たとえば伯爵より上位の貴族がいなくなったとか。


「何があった?」

 実父である国王陛下の不興を買ったために北の塔に幽閉されて早十年。定期的によこすよう手配した書物のおかげで退屈はしなかったが、世情には疎くなってしまっている。


「あの声が聞こえますでしょうか」

 窓の方を見れば、煙が上がっている。怒号とも悲鳴ともつかない声に混じって剣戟の音も聞こえる。


「反乱か?」

 本に夢中で気がつかなかった。


「あとは魔物の大群が攻め入っております」

「『結界』はどうした?」


 王都の周囲には魔物を排除する『結界』が張られている。初代国王の頃から代々、聖女と呼ばれる女の一族が張り続けている。それがある限り入ってこられないはずだ。


「消滅しました」

「聖女殿はどうしたのだ」

「追放されました」


 ジェイコブの話を要約するとこうなる。


 当代の聖女クララは王都に『結界』を張るだけでなく、癒やしの力で傷ついた者を癒やし、貧しい者たちに施しをしていた。その力によって王太子とも婚約をしていた。ところが、人気の高いクララに嫉妬した侯爵家の娘が王太子に「あれは偽聖女だ」と讒言をし、娼婦のように媚びを売った。


 聖女クララは無実の罪で王都から追放された。その結果『結界』は消滅し、魔物がはびこるようになった。その事態に怒り狂った民衆も蜂起し、現在王宮の近くまで攻め入っているという。その結果が窓の外の光景である。ライランズ王国は崩壊の危機にあり、四百年続いた王朝は風前の灯火だ。


「ざまあ、されちまったか」

「は?」

「いや、こっちの話」


 二十一世紀の日本で生まれ育った前世の話など、したところで戯言と流されるだけだろう。


「普通、聖女殿を追放したら『結界』が危ないって気づくだろう?」

「その侯爵家の娘も聖女一族の血を引いていました。遠縁ですが。クララ様に成り代わり、自身が聖女になろうとしていたようですが、いかんせん魔力量が少なくて、維持出来なかったようです」

「だろうな」


 魔物の大量発生にともない、『結界』に必要な魔力量は年々増加傾向にある。大昔ならいざ知らず、今現在必要な魔力量に侯爵令嬢殿は耐えきれなかったのだろう。


「聖女殿の一族は代理を出さなかったのか?」

「おととしの流行病で代理を務められる者が軒並み倒れてしまい、クララ様以外は老人か子供ばかりです」


「聖女殿の足取りは」

「不明です。隣国の王宮でそれらしい女を見かけたとのウワサもございますが、どこまで信じてよいか」

 そこでジェイコブは疲れたのか、ため息を吐いた。


「陛下は後を頼むと言い残されて王冠を捨てて隣国へ。王太子殿下を始め、王家の方々や主立った貴族は船に乗って国外へ逃亡しました。今、王宮に残っている王族はアレン殿下お一人です」

「お留守番とは聞いていないな」

 アレンは苦笑した。


「お土産は買ってきてくれるよう頼んであるのだろうな」

「殿下にお願いがございます」

 ジェイコブはアレンの軽口を無視した。


「是非、殿下にはライランズ王国第十八代国王として即位していただきたいのです」

「ひどいな、お前」


 外では国王の首を獲らんと群衆が喚き立てている。誰かの血を見なければ収まらない勢いだ。要するに、最後の国王として処刑されろというのだ。さすがのアレンとて文句の一つも言いたくなる。


「殿下お一人で死なせるつもりはございません。この老骨もお供を」

「一人で死のうと、百人一緒に死のうと同じ事だ」

 道連れが多くても死ぬとき誰もが一人だ。殉死など無意味だとアレンは思っている。


「こちらの兵は?」

「わたくしの手の者と、義勇兵でおよそ二百人ほど」

「戦にもならぬな」


 王都の人口は約四十万。そのうち十分の一でも四万だ。いかに素人の寄せ集めといえど、数の暴力ですり潰される。


 ライランズ王国は今、四面楚歌だ。魔物に襲われ、群衆には攻められ、親兄弟はアレンを置き去りにして逃げ出した。ジェイコブが宰相に就いたのも後始末のためだろう。ヘイスティングス伯爵家は忠臣として知られている。国に殉ずる覚悟を決めてここにいるようだ。


「まあ、話はわかった」

 アレンは安楽椅子から立ち上がった。


「乗りかかった船だ。いいぞ、即位しようじゃないか」

「殿下、申し訳ございませぬ」

 ジェイコブは泣きながら深々と頭を下げた。アレンは顔を上げさせる。


「言っておくが、俺はみすみす処刑されるために国王になるわけじゃない。この国を立て直すためだ」

 しわに埋もれた目が浮かび出る。驚いているのだろう。

「まあ見ていろ。絶望するのはまだ早い」


 簡潔にではあるが戴冠式も終え、アレンはライランズ王国十八代国王に即位した。即位して最初に向かったのは、王宮の地下だ。聖女クララが『結界』を張っていた『儀式の間』に入ると、用意させていた巨大な布を広げさせた。魔法陣が書いてある。


「これは?」

「『結界』用の魔法陣だ」

 ジェイコブは目を剥いた。


「こんなものをいつの間に?」

「十年前からだ」


 アレンが幽閉された理由こそ、聖女の張る『結界』に異を唱えたからだ。たった一人の女に国防を預けるなど、愚の骨頂。おまけに魔物の増加に伴い、必要な魔力量も増大している。新たな『結界』を開発し、大勢の人間で魔力を供給させる仕組みに変えるべきだ。万が一聖女が倒れたら国そのものが滅びてしまう。


 そう主張したら翌日には前国王や前王太子の手により塔に押し込められた。前国王は従来のやり方を踏襲していればいいと頑迷になり、前王太子はアレンの才能を恐れての所業であった。


「塔の中でコツコツ開発を続けていた甲斐があった。聖女殿ほど強力ではないが、王都くらいなら充分魔物を払える」

「おお」

 ジェイコブは膝を突いて感涙にむせび泣く。


「とはいえ、魔力がいる。今すぐ王宮内から魔力の持つ者をかき集めてこい」

「でしたらワタクシが」


 階段を降りてきたのは、白銀の鎧に身を包んだ赤毛の娘である。戦時のためか、無造作に後ろで縛っているだけで飾りっ気もない。緑色の瞳がエメラルドのように輝いている。


「末の娘のプリシラです」

 ジェイコブに紹介されて淑女の礼を取る。


「魔力持ちでしたら十人は集められます」

 魔力持ちは百人に一人と言われている。この混乱の中で十人なら上等の部類だ。聞けば、プリシラは魔法使いによる魔法部隊を率いているのだという。


「いつ集められる?」

「もう上に来ています」

 話が早くて助かる。

「すぐに始めるぞ」


 集まった魔力持ちが一斉に魔法陣に魔力を注ぎ込む。魔法陣から光の柱が上がり、天井を照らす。

 アレンは地上に出た。光の柱は地下から突き抜けて空高くまで登り、薄い膜を広げていく。


「あの様子ならばあと半時(一時間)もすれば王都を包むか。これで外から魔物は入り込まない。あとは……」

「王都内に残った魔物を殲滅して参ります」

「まあ待て」

 今にも飛び出しそうなプリシラの袖をつかむ。


「下手に外に出れば殺気だった民衆に袋叩きだ」

「ですが、このまま見捨ててもおけません」


 プリシラの指摘はもっともだ。王都にはまだ魔物が大量に入り込んでいる。放置すれば、それこそ民衆の反感を買うだろう。安全地帯を求めて群衆が王宮になだれ込む。


「蜂起した理由は魔物だけじゃない。不平不満が溜まりに溜まった結果だ」

「なれば、どうなさるおつもりですか?」

 ふむ、とアレンはあごに手を当てて考える。


「とりあえず、民衆のリーダーに会おうじゃないか」

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