表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

秋の桜子の物語集

君のあしあと

作者: 秋の桜子

遥彼方さま主催「冬のあしあと」企画 参加作品。

 足元を見ないで前だけ見てね、振り返らないでね。声を上げてはいけない、それが決まりなの。


「私をここから連れ出して、ここはあなたの住む世界とは違うの、()の国、雪起しに乗り私達はときなに、人間の世界に遊びに行くの」


 彼女はそういった。僕が初めて愛した(ひと)


 うん、行こう、君をここから連れ出すよ、一緒に生きよう、いっぱい見ようと、その柔らかな手を握った。そして僕達は駆け出した、雪原を。ポスポスと雪を踏み込み走る。君のきらきらとした笑顔が側にある。


 繭子、繭子、本当に君は『雪女』だったんだ。最初に言ったことは本当だったんだ。白く冷たい別の世界の人間。僕の愛しい君。


 出逢った時を思い出す。


 キラキラとしたイルミネーションを、寒風吹きゆく中で首を傾げて見上げていた。綺麗、写真が趣味な僕はその瞬間を撮りたいと思った。声をかけた、一枚とらせて貰えませんかと。


「残念だけど、写らないかも、私人間じゃないのよ、ふふふ、雪起しに乗り遊びに来た『雪女』なのよ」


 イタズラっぽく笑って断ってきた。最初はそれで終わった。翌日冬の風物詩のイルミネーションを撮りに行くと、また彼女の姿があった。翌日も、翌日も、冬将軍が居座る間、彼女はそこに来ていた。


 声をかけずに、ただ君を見惚れてその冬は終わった。凍るような夜が似合う君の姿、僕の記憶にあしあとををつけた。



 繭子、繭子、白い冬にであった君。冷たく凍る空気を吸い込む。鼻腔にツンと、胸にジンと痛みが走る。白く濃く吐く息は霧氷となる。


 抜けるような蒼い空を見上げる。サッと風が地を音立て吹き上げる、太陽の光を宿し、ミクロなプリズムが宙に舞う。


 握る手は柔らかい。横を見れば君の笑顔。




 季節は過ぎて行った。忘れられずにいた。再びイルミネーションが灯された日、首をすくめる様な風が走る夜、僕はあの場所へと向かう。すると……、


 見上げる君の姿があった。惹きつけられる。ドキドキと胸を打つ弾む、会えた嬉しさが僕を満たす。カメラは手にして無かったが、声をかけた。


「あの、僕の事……、覚えてますか」


「ええ、もちろん!嬉しい、あなたに会いたくて、風に乗りここに来た」


 ふわりと不思議な事を言って笑顔を向けてきた。ゴクリと息を飲む、人間ではないのと、雪女と、最初の言葉が過る。しかし会いに来たという、はにかむ笑顔がそれを打ち消す。


「あ、僕に、あの、ほ、僕もその、あ、き、君に……、ああ、会いたくてあ、な、君の名前は」


 白い息を吐きながらしどろもどろに言葉をつないだ。


「繭子」


 それから僕達は時間が許す限り出会い話をした。彼女はどこからきたのか、それは言わなかった。


 冬の電飾の花咲く歩道を二人で歩いた。ある日、時折置いてあるベンチに座り、僕の撮った写真を見せると、手を叩いて喜んだ。満開の桜の花、新緑輝く並木道、雨の紫陽花、紅葉の樹木、他愛のないそれらを、お気に入りの絵本を見る子供のように喜んだ。


「綺麗!綺麗!初めて見たわ」


 初めて……、その言葉に出逢った時のそれを思い出した。風に乗り来たことも。


「君は……、人間ではないのって笑っていたけど……?」


「うふふふ、そう、そうだとしたらどうする?三度、三度出会う事が出来れば……、あなたの心が変わらなければ、あなたを国へと運べる、そしてあなたは、私を連れ出すことができるの」


 三度……、ならば来年のイルミネーションの時が、とくん、関係無かった、連れ出す、それが僕の心に踏み込んだ。閉じ込めれたお姫様を救う王子の様な気持ちが、熱く高まる。


 三度の冬が来た。その年の夏の時に、同僚の女の子から花火を見に行きませんかと、声をかけてもらったのだが、心の奥深くに君がいる僕は、それを断った。悲しい笑顔を向けてペコリと頭を下げた彼女。


 ごめんと僕も頭を下げた夏の夕、アスファルトに蝉時雨がまだ明るい陽射しの下で、シャンシャンと降りそそいでいた。


 秋が過ぎ風が色を無くす頃、木枯らしが吹き抜けた。枯れ葉がくるくると舞っていた。冬の訪れ。だけど君が来るのは先のこと、その日を子供のように、心の中で指折り数え、心待ちにしていた。


「明日は西高東低の冬型となるでしょう、シベリアからの寒気が……」


 ある夜、テレビからのアナウンサーの声、吐く息が濃くなりかけた頃。ようやく会えると、その夜を僕は、僕は、ずっと!待ち焦がれていた。


 会える。君に。仕事が終わり通りへと駆けていった、脇目も振らず、なにも考えず、思わず心を君の事でいっぱいにし、あふれるものを抱えて、あの場所へと行った。


 柔らかな身体を抱きしめ、唇を重ねる、目を閉じる…………ヒュルルルと風の音が身体を満たした。




 僕に冬の魔法がかけられた。





 ――、瞼を開ければ、見渡す限りの銀世界。木々は黒檀の様、枝に水晶の珠の様な花をつけている。目が痛いほどの眩い白、白、白。


 空はどこまでも青く高く果てなく広がる。聞こえる音はサラサラと、雪が足元を走る、それだけ。小鳥も、動物も、昆虫も、眠りについているかの様な静かなる場所。


「私をここから連れ出して、ここはあなたの住む世界とは違うの、氷ひの国、雪起しに乗り私達はときなに、人間の世界に遊びに行くの」


「雪女、本当だったのか、繭子」


 訪れた『()の国』異世界。白い君が生まれ育った世界。お願い、恐れないで、と僕に抱きついてくる。


「貴方と見たいの、写真じゃないのを、満開に咲く桜花を、貴方と聞いてみたいの、教えてくれた蝉時雨というのを、傘をささずに歩いてみたい、キラキライルミネーションの木が、赤とか黄色とかに色付く街並みも、あなたの写真じゃなくて、ホントが見てみたいの」


 ふわりとした暖かな装いをしているにも関わらず、身体に手を回すとひやりと冷たい、だけど、とくん、とくん……、脈打つ鼓動を感じる。


「私に『身体』を与えて、熱い血潮を、人の世で春夏秋冬過ごせる、あなたと同じ熱を持つ身体を」


「どうやって?僕は何をすればいいの?」


「恐れないで、私のことを、怖がらないで、信じて、裏切らないで、それだけでいいの」


 ヒュオォオ……、風が空を渡る。頬に刺すような痛みが走る。何もないただ白い先を君は指差し『掟』を話した。


「足元を見ないで前だけ見てね、振り返らないでね。それが決まりなの。手を取り合って真っ直ぐに駆けて行くの、それだけなの、出来ないと言うなら、あなたは独りで進んで、帰れるから……、私はここに残る」


 身体を離し僕の手を包む、残ると言う時に寂しくほほえみながら手を離し、するべき事を教えてくれた。



「行こう!」


 僕は繭子の手を握る。そして言われた通りに駆け出した。一歩いっぽ、白く硬い雪を踏み込みながら、手を引き走る。ヒュオォオ、と空が鳴く。


 直ぐに息が弾む、白く濃いそれは外気に触れると霧となる。グッグッ!と前を見て進む。何もない大地を走る様にはいかない、ひどく遅いスピードだ。


 踏み込んだ足を上に上げてから前に押し込む。ズッ!ズッ!と一つひとつが沈む。何もない雪の原にあしあとが残る。


 ヒュオォオ……、風の向きが変わる。上から下に降り舞い上がる。立ち止まる、粉雪が目に入る。後ろから圧される様な風、首筋がゾクリとする。繭子の手を握る手に力が入る。


 ……恐れないで、怖がらないで、信じて、耳に残るその声。前に、前にとそれだけを思い進む。考えてはいけない、何も、気付いてはいけない、ここは()の国という実感を。


 はぁ、はぁと息があがる。髪の毛を通し頭が、耳鳴りが頬が足先が凍るよう、見開く瞳孔が、呼吸のために開いている唇が、冷気を吸い込む鼻腔が、通る喉が、行き着く胸が肺が痛い。寒すぎるのか、キィンと耳鳴りがする。


 それに対して身体は暑い、じっとりと背中に、額には汗がにじむ、ヒュオォオ……、風が背後から強く吹き抜け、熱を奪う。


 握る手、繭子の柔らかなその手、気がついてはいけない。気がついては……、どうして冷たいと言う事に。耳に届くのは風の音だけ、側近くいる筈の君の息遣いは聞こえないということに。


 ヒュオォオ……、何も考えず、白に染まれ、白にましろに、君の息遣いを探すために横を見る、何事無いように、にこりと笑う繭子。吹き上がった雪が首筋から背中に入ったのか、冷たい、冷たい、冷たい、視線を前に戻した。


 ゾクリとした寒さが襲う、背後から冷たい怪物に絡みつかれた、そんな怖さが全身に走った。ゴクリと息を飲む。そして僕は、僕は…………、怖さに負けた。




 ああ、どうして僕は、どうしてと、立ち尽くしている白銀の原。禁を破り、後を見た。雪原には僕のあしあとが、僕だけのあしあとが残っていた。共に駆けたのに繭子のあしあとはそこには無い。


「雪女……」


 立ち止まる繭子、悲しげに僕を見る。呟く様に声を上げてしまった。彼女の見開いた目から、涙は出ない。代わりに触れればとけそうな、はかない笑顔があった。


 そして……、立ち尽くす僕に淡雪の様に唇を当てた。離れた時に、空から音立て降りてきた風に囚われる彼女、呆気なく姿を消した。それを追いかけ、見上げるしか出来なかった僕。


「繭子、繭子、繭子、ああ、ごめん、ごめん……」


 ざくりと膝をつき雪に埋め、両手を埋めた。パタパタと熱い涙が落ちる。ぽとぽとと落ち、点々と窪みを作る。取り返しのつかない事をしてしまった。


 横を見る、後には無かったものが、微かに窪む繭子のあしあとが残ってた。そろりとそれに触れる。平なそこに、軽い、軽い重さをのこしたあしあと。



「もう少し、あともう少しだったんだ。ごめん、ごめん繭子、ごめん……僕が弱いから、弱いから……」


 ヒュルルル、ヒュオォオ、泣くような空の音。二度と会えない事はわかっていた。白い白い銀の原で僕は……ただ泣く事しか出来なかった。


 立ち上がり、先に進まなければ、元いた世界に帰れない事はわかっていた。だけど、だけど僕は……、


 消えてしまった彼女の名前を呼びながら、信じる事が出来なかった自分を呪いながら、白く透明な()の国で熱い涙を流しながら、


 会えない(ひと)を、自分の不甲斐なさに打ちひしがれながら、独りうち伏せ泣く事しか出来なかった。



 終ー。


お読み頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ほんのり苦い後味ですね 見るなの禁を、ひとはどうして破らざるを得ないのか。古今東西、古くからひとは何に怯えているのでしょう。 無邪気にも見える約束は、おっしゃる通り小さな子どもなら守ること…
[一言] なんだか切ないですね。。。
[一言] もう、秋の桜子さんたら雪女という情報だけで身構えちゃったのですよー こういっちゃなんだけど傷が浅くて良かったのですよー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ