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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

スーパーネットセンス(SNS)

作者: 夢倉夢子
掲載日:2019/04/19

 からっと晴れた雲ひとつない夏の午後、遊園地にあるクレープ屋台にはたくさんの客が並んでいた。

 そこでアルバイトをしている20代半ばの猪原ももはクレープを作っては、ドリンクをサーバーからなみなみと紙コップに注ぎ、忙しく注文をさばいていた。

「もう、忙しい日に限ってなんで休むかなあ」

 ももは、アルバイト仲間の鴨介が無断欠勤をしたことにイライラしていた。

 四方木鴨介(よもぎかもすけ)、ももと同じクレープ屋台でアルバイトをしている20代後半の少し不器用な青年だ。

 ――無地の白いTシャツにジーパン、やけに真っ白なスニーカーを履いた鴨介は、人通りの少ない路地裏にしゃがみ込み、震えながら耳をふさいでいた。

「なんなんだ、なんなんだよ一体。俺、どうしちまったんだよ」

 事の発端は約6時間前――


 鴨介はアルバイト先である遊園地のある駅で下車し、いつものように改札を出て、仕事前の日課になっている缶コーヒーを買おうと駅前の自販機へ行くと、一人の僧侶が地面にへばりつくように自販機の下を覗き込み必死に何かを探していた。

 鴨介はいつもギリギリの時間に出勤するので、僧侶が自販機から立ち去るのを待っていると遅れてしまう。今日は缶コーヒーをあきらめる事にして遊園地へ向かおうとした。

「ん? 待てよ」と名案でも閃いたかのように立ち止まり、SNSのネタにでもしてやろうと僧侶にスマホカメラを向けて写真を撮り、気付かれないようにとすぐに背を向け歩き出した。

 少し歩いたところで鴨介は、仕事が始まれば次にスマホをいじれるのは何時間も後になる。SNSに今、例の僧侶の画像を投稿しておけばその反響を楽しみに仕事を頑張れるじゃないかと考えた。

 鴨介はそのSNSでは毎度かなり人気のある投稿者だった。

 早速スマホを手慣れた感じでタップし、「ち、近寄れん(笑)」とコメントを添え、僧侶の画像を投稿した。

 その瞬間、記事にコメントがついた。

「大切なものを探しておるんじゃて」というコメントに鴨介は何も考えずイイネを付けた瞬間、「そうか、わかってくれるのじゃな?」と突然、背後から耳元で誰かにささやかれ、驚いて振り向くが誰もいなかった。

 涼しげに道を行く通行人を見渡してもそれらしき人物は見当たらない。

 すると、スマホからSNSのコメント通知音が鳴った。

「おかしいな、サイレントにしていたはずなんだけど……」

 そうブツブツ言いながらSNSについたコメントを見ようとさっき投稿した僧侶の記事を開いた瞬間、鴨介は目を丸くして凍り付いた。

「ウソだろ……」

 投稿したのは確かに何かを乞うように地面にへばりつき、自販機の下を覗き込んでジッとしている僧侶の画像だった……が、そこに写っているのは自販機の下を覗き込んでいる鴨介、自分自身である。

 そして鴨介の目にコメントが飛び込んできた。

「そうか、わかってくれるのじゃな? よかったよかった……」

 そのコメントを読んだ瞬間、今度は女性の声が耳元で聞こえてきた。

「ああ、しまった!」

 鴨介は振り向くがやはり誰もいない。しかし声は続く。、

「どうして気づいてあげられなかったんだろう、あんなに睡眠薬を飲むほど追い詰められていたなんて……」

 誰かが強烈に後悔するような声が聞こえて来た。

 鴨介は辺りを見渡すが、やはりその声の人物はどこにもいない。

 なんとなくスマホを見るとSNSに誰かの記事がアップされている。

 記事には『母です。この度、娘が天国へ旅立ちました。この娘のアカウントは明日、閉鎖しようと思います。娘と仲良くしてくださった皆様、ありがとうございました』と綴られていた。

 鴨介にはさっき耳元で聴こえた声の持ち主と、今この記事を読んだ時の自分の心の声が同じだったことに気が付いた。

「もしかして……」

 すると今度はいかにも弱々しそうな青年の声が耳元で「なんでこんなことしちゃったんだろう……やり直せるならなんだってするのに……」とひどく後悔している。

 スマホの画面には『ラオス旅行に来てまーす。まったりと、現実を忘れてまったりとした時間の流れを楽しんでいます。もちろん一人旅。そう、シングルになっちゃいました』と、また新しく誰かの記事が更新されていた。自分がそれを読んだ時の心の声は、やはりさっき聞こえて来たいかにも弱々しそうな青年の声だった。

「やっぱりそうだ。SNSに記事を投稿した人の心の声が聞こえるんだ! 俺は夢でも見てるのか?」

 鴨介は頬をつねってみたが、痛いだけでは到底現実とは思えない心情だった。

 そうしているうちにも、次々とSNSの記事は更新され、その度にいろんな声が耳元で重なり合って聞こえてくる。

 鴨介はスマホを握ったまま、「声」から逃げるように走り出した――


 夕方の更衣室――アルバイトを終え、クレープ屋の制服から普段着に着替えたももは、鴨介の無断欠勤のおかげで仕事に追われ、疲れ果てたことに腹を立てていた。

「うーん、やっぱりひとこと言ってやる」

 ももはスマホを鞄から取り出した。

 ――路地裏で耳をふさぎしゃがみ込んでいる鴨介は、足元にあるスマホの画面が光り出したのに気付いた。

 画面にはももからの着信が表示されている。

「もしもし……」

 鴨介はすっかり弱りはてた声で電話に出た。

「四方木君? あのね、休むなら前もって言ってよね! 代わりの人も頼めなくて人数が足りなかったんだから! おかげでヘロヘロよお!」

 ももがそうまくしたてるが、鴨介は黙っている。

「なんとか言いなさいよ! もういい、切る……ん? ねえ、もしかして泣いてるの?」

 鴨介はももの声を聞き、ホッとしたのか涙が止まらなかった。


 遊園地を出たところで待っているももの前に、トボトボと鴨介が現れた。

「……さい……るさい……うるさい」

 鴨介はブツブツと呟きながら近づいてきた。

「どうしちゃったのよ、なんか、変質者みたいよ……」

 と言い、ももは顔をしかめた。

「聞こえるんだ。これ、これが更新されるたびにこいつらうるさいんだよ、なあ、なんとかしてくれ、止めてくれよ!」

 と鴨介はスマホの画面をももに見せながら荒々しく懇願している。

 ももは鴨介の手からスマホを取り上げ、SNSの画面を閉じた。

「そんなに更新されるのを見たくないなら見なきゃいいじゃん。あっ、そういえば、私の高校時代の同級生が四方木君の投稿によくコメントしてるよ」

 ももはそう言って不思議そうに鴨介の顔を覗き込んだ。

 鴨介はうつむいたまま言った。

「見るんじゃないんだ、聞こえるんだよ耳元で」

「耳元で?」

「うん、SNSで誰かが記事をアップするたびに、その記事を書いたらしき人の声が聞こえてくるんだ」


 ももと鴨介は、駅近くの昔ながらの純喫茶という感じのコーヒーショップ『田園』で話すことにした。

「俺、夢でも見てるのかな? やっぱり信じられないよ」

 そう言って鴨介は苦虫を噛み潰したような顔をしながら例のSNSの画面を開け「あー、うるさい……」と言いながら「この記事見て」とスマホをももに渡した。

『ニヤニヤしてしまう件……それ見てたら頑張れるわ』

 と文字だけで投稿されている。

「これ、お昼休憩のとき私が投稿した記事じゃん」

 ももは、それがどうしたの? という顔でスマホを返すと、鴨介は言った。

「この記事の『それ見てたら』って、ももちゃんの妹とその彼氏のことでしょ? 今日、二人が遊園地に遊びに来てクレープ買いに来たんだよね。これを投稿した時のももちゃんの心の声がそう言ってる」

 そう言って鴨介は、SNSの画面を急いで閉じた。

「開けてるとうるさい声がいっぱい頭に流れ込んでくるんだよ」

「……誰にも言ってないのになんでわかるの? ねえ、もう一度お願い出来る? 私が今、投稿するから」

 ももはそう言ってスマホを鞄から取り出し、SNSに『あの曲、テンションあがるんだよね』と記事を投稿した。

 鴨介は再び苦虫を噛み潰したような顔でSNSを開き、たった今、ももが投稿した記事を見た。

「マイケル・ジャクソンのスムーズクリミナルだよね、その曲」

鴨介は、SNSの画面を急いで閉じた。

「当たり……」とももはつぶやいた。


 外はすっかり暗くなっていた。

 ももと鴨介は、例の自販機の前にやって来た。

「四方木君と写ってた自販機?」

「お坊さんだよ! 俺じゃないよ」

「でも、さっきの画像は紛れもなく四方木君が自販機の下を覗き込んでたよね?」

「だから俺はそんなことしてないよ、お坊さんの写真を撮って投稿しただけで……」

「……でも、特殊な能力に目覚めたのは確かよね」

とももが言うと鴨介は「はあ?」と顔をしかめた。

「会って欲しい人がいるの」

 ももはいつになく真剣な顔でそう言った。


 翌日、二人は県内の東の町へと電車に揺られていた。

東の町に着き、駅から数十分歩いたところで、ももは古びた昭和な団地を指をさして言った。

「見えてきた、あの団地よ」

そのとき、鴨介は思い出したように言った。

「そう言えば、俺は今日も無断欠勤だけど、ももちゃんはちゃんと連絡したよね?」

「してないよ。この時期すっごく忙しいんだし、休ませてくれるわけないじゃん」とあっけらかんと言い「それよりこういう不思議な事、好きなんだよね私。高校生の時、オカルト研究会にも入ってたの」と楽しそうに笑うももを見て鴨介は言う。

「俺はこのスマホでSNSを開けばパニックになるってのに、なんだよ」

 そう言いながらも微笑んでいる鴨介は、ももの底抜けに明るい性格に心強さを感じていた。


 目的の団地についたももと鴨介は、一階の『細田』という部屋のインターホンを鳴らし、ドアの前に立っていた。

 どうやら留守のようだが三度目の正直と、もう一度鳴らしてみようとしたとき背後から声をかけられた。

「ももちゃん、どうしたの?」

 二人が振り向くとその部屋の住人、細田かずえが立っていた。

 細田はももと鴨介を見るなり言った。

「ドンピシャだわ。今朝方、夢で見たのよ、ももちゃんが訪ねてくるのを。なにか悩みがあるんでしょ? 相談にのるわよ……もちろん無料で。さ、あがって」


 部屋で食卓に着いているももと鴨介にオレンジジュースを出し、細田も食卓に着いた。

「いただきます」とももはオレンジジュースをがぶ飲みする。

 一気にオレンジジュースを飲みほしたももを見つめて細田は言った。

「あなたじゃないわね、彼のほうかしら?」

 不思議そうな顔をしている鴨介にももが説明した。

「かずえさんはすごくよく当たる占い師なの。この団地に住む住人にゴミ袋を覗いてるんじゃないかって疑われたくらい、何を食べてるのかまで当てちゃうのよ」

「特殊な力ってこと?」

 鴨介が興味津々な感じでかずえの顔を覗き込んだ。

「勘違いしないでね、それはあの奥さんが引っ越して来た頃、料理をしない人でいつもカップ麺ばっかり旦那さんに食べさせてたのがたまたま視えちゃって、料理したほうがいいわよってアドバイスしちゃったのよ。別に誰が何を食べてるのかなんて興味ないからね」

 そう言ってかずえは鴨介のほうを見つめ、しばらくして言った。

「お坊さん……あなた、お坊さんとなにかあった?」

 鴨介は目を丸くして、事のいきさつを話した。

「でも、悪霊かなにかだったら取り憑いてるはずなのよねえ……」

 細田は首をかしげながらそう言った。

 そのとき突然、かずえは目の焦点が合わなくなり、おじいさんのような声で話し出した。

「おぬしを待っとったんじゃよ、正確にはおぬしのような人をな。それだけの才能があれば充分安心じゃ。これからはおぬしが聞くべき投稿の心の声のみが聞こえてくるようになるじゃろう」

「あの……」

 と鴨介が質問をしようとすると、かずえは睡眠状態になった。

「なんなの、今の声……」

 ももが不思議そうに言うと、鴨介は興奮気味に言った。

「あのお坊さんだよ。今この人の体を使ってしゃべっていたのは自販機の下をのぞいていたお坊さんに違いない」

 そしてまもなくかずえが目を覚ました。

「……今のお坊さん、あなたの才能を見込んで、力を与えたんだって、そういう感情だったわ」

「ためしにSNS開いてみたら?」

 そうももが言うと、鴨介はスマホをポケットから取り出し、SNSを開いた。

「……聞こえない!」

 鴨介は嬉しそうにももの顔を見た。


 東の町から地元の駅へ戻ってくるともう日が暮れかけていた。

「すっかりお邪魔しちゃったね。かずえさん、いい人でしょ? もう何年になるかな、私が地下アイドルをしてた頃、ある事件に巻き込まれちゃったの。それでね、今日話に登場したカップ麺ばっかりって言われてた奥さんが結果的に解決してくれたんだけど、かずえさんの助言にかなり助けられたって言ってたの」

「でも、あの人も色々大変そうだね」

「かずえさんなら大丈夫よ、結構楽しんでるみたいだし」

「そか」と笑う鴨介にももは、「じゃあ、また明日ね」と手を振って歩き出した。

 帰っていくももの後ろ姿を見ながら、鴨介は『聞くべき投稿の心の声のみが聞こえてくるようになるじゃろう』と細田が口寄せのように言ったのを思い出し、急に不安になった。


 帰宅してすぐ、ベッドに仰向けになると、天井を見つめながら昼間の事を思い出していた。

 ももはどうしてこんなにも親身になってくれるのだろうと不意によぎり、もしかすると自分に気があるのではないかと思った。その瞬間、自分のことなんて恋愛対象として眼中にない感じのももが甘えてきて……と危うくもものあらぬ姿を想像してしまいそうになった瞬間、それを打ち消すかのように天井のシミがSNSのロゴに見え、それが思考を支配し始め、胸の奥で芽吹きかけていた何かが急速に萎えてしまった。

 鴨介は妙な不安に襲われ、起き上がってスマホを握りしめた。

 今日はあれからSNSを開いていない。もしもまた、「声」が聞こえてきたらどうしようと心のどこかで怯えていたのだった。

「よし……」

 意を決して鴨介はSNSを開くことにした。

「その前にトイレだ」

 かなり緊張している鴨介はトイレを済ませ、再びベッドの上に座りスマホと睨めっこを始めた。

「よし……水を一杯だけ飲もう」

 コップの水を飲みほした鴨介はいよいよSNSをタップした。

 ――いろんな記事が投稿されている。しかし、もう「声」は聞こえてこない。

 鴨介は、なんだやっぱり昨日ひっきりなしに聞こえて来た「声」は、気のせいか何かだったんだと、さっそく平和ボケしてきたそのとき、ある記事が目に入ってきた。

『あの頃に戻りたいな』

 という文章が、公園の写真とともに投稿されていた。

 そのとき、鴨介に例の「声」が若い女性の声で、「もう耐えられない。何も考えずこの公園で遊んでいた子供の頃が一番幸せだったな……お父さん、お母さん、先に旅立つ私をお許しください。でも……私が死ねば、会社の不正が完全に表沙汰にならないのが悔しいな。もしかすると、それが狙いだったのかな? でも、もうどうでもいいや」と聞こえて来た。

 その写真の公園に見覚えがあった。

 鴨介はマンションを飛び出し、公園へと走った。

 街灯の灯りが頼りなく薄暗い公園に着いた鴨介は、息を切らせながら辺りを見渡すと、大きな木の陰に何やら動くものが目に入った。

 鴨介はそれがさっきの投稿者だと確信した。

 スーツ姿でOL風の女性は大きな木の枝にロープを巻き付け、そのロープをクビにかけ、みかん箱のようなものに乗って、今にも首を吊るといった瞬間だった。

「待って!」

 と鴨介は、その女性に駆け寄った。


 ――鴨介はその女性と公園のベンチに座り事情を聞いていた。

 女性は相当なブラック企業に勤務していたらしく、追い詰められて自殺するつもりだったという。

「じゃあ、辞めちゃえばいいじゃないですか、そんな職場」

 と鴨介が言うとその女性は虚ろな目をしたまま地面を見つめながら言った。

「辞めさせてもらえないんです……」

「何条か忘れちゃったけど、憲法にたしかあるから、労働者が辞めるといえば、会社の承諾は関係ないはずです」

「でも、どうして生きて行けば……今の仕事も頑張れなければ、きっとどこへ行っても同じ……」

「そんな事ないと思いますよ。俺の知り合いに何十社も転々として、やっと自分にあった職場を探した人もいます。今じゃそこの社長ですよ。たしかこの……」

 と鴨介はスマホでその知り合いの写真を探し始めた。

 すると、うつむいたままの女性は突然笑い出した。

「……見ず知らずのあなたがそんなに一生懸命になって励ましてくれて、なんだか私も捨てたもんじゃないなって思えてきちゃった。今日、一度死んだと思えばなんだってできる気がしてきました」

「そうですよ! どうせいつか死ぬなら、生きられるだけ生きるんですよ」

 説得できたことに達成感を感じてそう言った鴨介に、あるアイデアが閃いた。

「あの、俺の悩みも聞いてもらえますか?」


 ――翌日、遊園地のクレープ屋台でアルバイト中のももは、鴨介がまた無断欠勤していると思い、わざとSNSに、『忙しい、アルバイトが一人さぼっててみんながイライラしてるなう』と投稿してみると、すぐに鴨介から、『そのアルバイトさんは無断欠勤ではなく、一身上の都合でお辞めになられましたよー』とコメントがついた。

「そうなの!?」

 思わずももは大きな声を出してしまい、「仕事中にスマホは見ない!」と店長に注意されてしまった。

 ――夕方、アルバイトを終えたももは鴨介に電話をしてみた。

「もしもし? 四方木君ほんとに辞めたの? 他に仕事でも見つけた?」

「ああ、そんなとこだよ。今忙しいからまた今度ね」

 とやけに浮かれた感じの鴨介に電話を切られてしまった。

「なに今の……なんかムカつく」


 ――一ヵ月後、ももがいつものようにクレープを作っていると、クレープを買わない人たちまで店の前に集まり、店の写真を物珍しそうに撮っていく。

 まさか、元地下アイドルである私のファンじゃないよねと淡い期待を心のどこかに持っているような手さばきで仕事がはかどり始めたももに、少女たちが話しかけてきた。

「ここって、四方木鴨介が少し前までアルバイトしてたところですよね?」

「え? ええ、そうですけど……」

 そうももが答えると、少女たちはキャーキャー騒ぎ始めた。

「四方木君のお知り合い?」

 キョトンとした目でももが少女たちに尋ねると、少女の一人が高圧的に言った。

「えー、ひどーい。元同僚なのに知らないんですかあ? お姉さん、ニュースとか見てないんでしょ? あ、もしかしてテレビを買うお金がないとか?」

 その言葉にイラっとしたももは言い返した。

「四方木君ならいつでも連絡を取れるわ。別に興味がなかっただけよ」

 ――お昼過ぎの休憩時間にももは、スマホで『四方木鴨介』とニュース検索してみた。

「あったあった……えーっ!」

 ニュースの見出しは『スーパーヒーロー現る』とされ、鴨介の写真が大々的に貼り付けられていた。

「SNSを使い、危機的状況から救われた人々の声?」

 ももはさっそく鴨介に電話をしてみた。

「もしもし四方木君? ニュース見たよ。いいことしてるじゃん」

 すると鴨介は、「電話ありがとう。完全に絶交されちゃったのかと思ってたよ」と嬉しそうに言った。

 ももは、前に鴨介に電話を切られたのを根に持っていて、今日まで鴨介からの着信を拒否していたのだった。

「別に絶交する気はなかったけど……」

 と、ももが言ったそのとき鴨介の後ろから甘えた声で、「ねえ、誰からの電話?」と女性の声が聞こえて来た。

 鴨介は、「ごめん、またかけなおすわ」と言い電話を切った。

 ももは、鴨介が何かを隠しているような気がしてならなかった。


 ――ピンク色の照明が効いたラブホテルの一室、大きなベッドで横になる男女。

 煙草を吸っている鴨介と、最初に公園で首つり自殺を思いとどまった女性だ。

「今の誰? 女?」

 と女性が鴨介の胸に顔を寄せながら甘えた声で言った。

「前に働いてたところの同僚だよ、俺のニュースを見たんだってさ」

 鴨介はそう言いながら煙草を灰皿に押し付け、女性を抱きしめディープなキスを始めた。

 そのとき、またもや鴨介のスマホに着信があり、画面には『松島』と表示されていた。

 しばらくして電話を切ると鴨介は言った。

「すぐにここを出よう、また奴らが嗅ぎつけて来たらしい」

 女性は不安げな表情で言った。

「あの会社はどんな手を使ってでも私たちを消そうとしてくるわ。前にも、私と同じように追い詰められていた社員がお寺に駆け込んだんだけど、相談にのってくれていた僧侶が急に亡くなっちゃって、どうやら不審な死に方だったらしいの。ねえ、海外に逃げましょうよ」

 と女性が言うと鴨介は、「……僧侶? どうやら俺には使命があるらしい。金を持って君が一人で海外に逃げるんだ」と女性を抱きしめた。


 ももは、アルバイトが終わり遊園地から最寄りの駅へと歩いていると、ニット帽を深くかぶり、サングラス、マスクをした男に突然呼び止められた。

「四方木君?」

 ――ももと鴨介は、駅近くの例のコーヒーショップ『田園』に入った。

「あのニュースすごいじゃん。例のSNSから心の声を聞く特殊能力よね?」

 ももが久しぶりで楽しそうに話し始めた。

「うん。スーパーネットセンスって呼んでる。例の声を聞いて自殺寸前の人がいれば、場所が分かり次第すぐに駆け付けたりしてるんだ。もちろんマスコミには『声』が聞こえるなんて言わないで、文章から勘で読み取ってることにしてるけど」

「忙しそうだけど、お金はどうしてるの? その、収入とか……」

「実はそこなんだ……」

「でもニット帽にサングラス、マスクって大変そう。ファンに追われながらクレープなんて作ってられないもんね! 四方木君がいなくても、前に働いてたってだけで店の写真撮るためだけにたくさん人が押し寄せてくるんだから」

「……それが、追われてるのはファンにだけじゃないんだ」

「どういうこと?」

「自殺希望者の中に、ある会社から大きな秘密を背負わされ、消されようとしていた女性がいた。それを助けて、俺はその秘密を武器にその会社を脅し、金を巻き上げてしまった」

 鴨介はテーブルに肘をつき両手で頭をかかえて今にも泣き出しそうな表情をしていた。

「つまりどういうこと?」

「厄介な会社だったんだ。母体がマフィア。そして奴らは俺を殺そうといろいろ嗅ぎまわっている」

 とそのとき、喫茶店の入り口が開き、黒服の男たちが数人入って来て鴨介に銃を向けた。

「観念しろ、四方木鴨介」

「わかったわかった、おとなしく言う事を聞くよ。だから俺以外は開放してやって欲しい」

 そして鴨介は小声でももに言った。

「こんなこともあろうかと、最後に会っておきたかったんだ。ももちゃん、君のことが好きだった。でも、気が付くのが遅すぎたみたいだ」

 鴨介は両手を上げ、「そっちへ行く、店の中では撃つなよ、絶対撃つなよ」とゆっくり立ち上がり黒服の男たちに連れられ、店を出て行った。

「四方木君……」

 ももは鴨介が出て行ったドアを呆然と見つめていた。

 そのとき、外から銃声が何発か聞こえて来た。

 ももは、思わずテーブルの下にしゃがみ込んだ。

「何が起こってるの? やだ、もしかして四方木君が何発も撃たれてるとか……」

 ――銃声が鳴り止み、しばらくして誰かが店の中に入ってきた。

 足音はももが隠れているテーブルのほうへと近づいてくる。

 見つかった途端、銃口を向けられるのではないだろうか? そんな恐怖で頭がいっぱいになり、他に何も考えられなくなっていた。

 足音がどうやら真横で止まったらしい。もう終わりかと覚悟も忘れて震えていると、ももの肩に温かい手が乗せられた。

「ももちゃん、大丈夫?」

 鴨介である。

「え? どうなってるの?」

 ももがテーブルの下から出て来ると、鴨介の後ろに体格のいいスーツ姿の男が立っていた。

「少し前にも、あのマフィアたちに捕まりそうになった時、この人が現れて助けてくれたんだ。それから俺のボディーガードをしてくれている。なんと、同じく特殊能力を持っているんだ」

 と鴨介が言うと、体格のいいスーツ姿の男が言った。

「はじめまして、松島です。僕は念力で、例えばピストルから放たれた弾丸を静止させ、相手をひねりつぶすことが出来ます。鴨介君に話を聞かせてもらって、彼の特殊能力と手を組めば犯罪を未然に防ぐことが出来ると思いました。君の恋人は素晴らしい存在ですよ」

「恋人じゃないです」

 ももは間髪入れず勢いよく否定した。

松島は、「それじゃ、これから頼むよ」と鴨介に握手し、店を出て行った。

「やっぱりカッコいいなあ、俺なんかと大違いだよ」

 鴨介はそう言って笑いながら頭を掻いた。

ももは視線を鴨介から逸らせたまま、「四方木君、『店の中では撃つなよ』って言った時、ヒーローのオーラがバンバン出てたよ」と言って微笑んだ。

「あとは彼に任せて帰ろう」

 と鴨介も照れくさそうに微笑んだ。


 翌日、鴨介が自宅マンションで目を覚ましたのは昼過ぎだった。

「あーよく寝た。しかし昨日はちびっちゃうくらい怖かったなあ」

 鴨介は大きなあくびを一つして、もう一度ベッドに寝転がった。

「僕を信用してなかったのか?」

 天井をボーっと眺めていた鴨介の視界に突然、ジャージ姿の松島が現れた。

 鴨介は、部屋には自分以外誰もいなかったはずだと相当驚いて飛び起きた。

「驚かせてすまない。昨日は相当疲れて帰宅したようだな。鍵が掛かってなかったぞ。まだ昨日退治したやつらの一味に狙われる可能性がある、完全に叩き潰すまで四六時中一緒に行動する」

 松島は当然のように涼しげな顔でそう言った。

「えっと、こ、こういうこと? つまり、一つ屋根の下で衣食を共にする」

 鴨介が焦ったような表情でそう言うと、即答する松島。

「そうだ。それに、昨日はなぜ奴らが襲ってくるとわかっていたのにあの女の子を喫茶店に誘ったんだ?」

 松島にそう言われ、鴨介は気まずそうに言い訳を考えるが、とっさに出て来なかった。

「君はあの女の子のことが好きなんだろ? しかし、振り向いてもらえない。そして思いついたのが、不安や恐怖を強く感じる場所で出会った人に対し、恋愛感情を抱きやすくなる現象、つり橋効果だ」

「ちょっと待ってよ、じゃあ、そのために俺がももちゃんを命の危険にさらしたって言うの?」

「僕がスタンバってて、必ず君たちを助けるってわかってての確信犯だ」

「……」


 いつものように遊園地のクレープ屋台でアルバイト中のももは、珍しくクレープを焼くのに失敗ばかりし、おまけにドリンクを渡すのに手が滑り、客の白いワンピースをグレープジュース色に染めてしまう始末だった。

 休憩の時間になり、レーズンパンをかじりながらボーっと遠くを眺め、ため息をつくもも。

「四方木君、大丈夫かな……」

 そしてアルバイト中はサイレントモードにしているスマホを見ると、妹から20件も不在着信があった。

「なんだろ?」

 ももは妹に折り返し電話をかけた。

「もしもしお姉ちゃん、大変なの。早く帰っ……キャー」

「どうしたの!? ねえ、返事して」

 すると、妹の電話に見知らぬ声の男が出た。

「今すぐ帰宅しろ。さもなければ妹がどうなっても知らないぞ」

「なんなの!? あなた誰?」

 そして再び妹が電話に出た。

「お姉ちゃん、助けて!」

 そして、電話はぷつりと切られた。

 ももは何もかもほったらかしたまま自宅へと向かった。


 その夜、鴨介は自宅マンションの台所に立ち、小さな鍋でインスタントラーメンを作っていた。

 松島はリビングで腕立て伏せをし続けていた。

 リビングと台所と言っても1LDK、ラーメンを作っている鴨介の足元で松島が腕立て伏せをしているといった感じだった。

 鴨介は出来上がったインスタントラーメンをその場で鍋のまま食べだした。

 鴨介がラーメンをすする音を聞き、松島は腕立て伏せをしながら、「火傷しないか? 気を付けるんだ」と心配そうに言った。

「大丈夫。松島さんも食べたくなったら勝手に作っていいよ」

 そういって鴨介は再びラーメンをすすり始めた。


 ――夜も更け、寝床に着いた鴨介は今日一日ずっと家にいたせいか、なかなか寝付けなかった。

 しかし、さっきから何か違和感がある。鴨介は同じ布団に入り横で寝ている松島に抱きしめられていたのだった。

 鴨介は「うおわっ!」と飛び起きた。

――「なんだ、夢かよ」

 そっとリビングを覗いてみるとソファーで松島が眠っている。

 すっかり目が覚めてしまった鴨介は、スマホを手に取りSNSを開いた。

 そして目に飛び込んできたのは、ももの投稿だった。

 鴨介は急いで松島を起こし、『たすけて』と書かれたももの投稿を見せた。

「ももちゃんの声が聞こえる……助けて……怖いよ……私死んじゃうのかなって」

 鴨介はももに電話をかけたが、呼び出し音が延々と続くだけでいっこうに出る気配がなかった。

「彼女がどこにいるかわかるか?」

 と松島が聞いた。

「自宅……心の声がそう言ってる。援護射撃を頼む!」

 そう言うと鴨介はももの家へと向かおうと玄関で靴を履いたが、「そういえば住所、知らなかった」と言い、もう一度、ももに電話をかけてみたが、やはり呼び出し音が延々と続くだけでいっこうに出る気配がなかった。

「どうすればいいんだ……」

 と鴨介が頭をかかえると、松島は言った。

「SNSで、ももちゃんと共通の友達はいないのか?」

「共通の友達? そうだ! よくコメントをくれる樹美ちゃんだ、高校の同級生だとか」

 鴨介はさっそく、その樹美にSNSの無料通話サービスで電話をかけてみた。

「はい……」

 相手が応答してくれた。鴨介はとっさにウソをついた。

「あの、突然すみません。いつも投稿は拝見させていただいております……ええ、こちらこそ、いつもコメントありがとうございます。実はSNSで共通の友達の猪原もものことなんですが、僕の恋人でして、昼に大喧嘩をして連絡が取れなくて困ってるんです。たしか、樹美さんはももの高校時代の同級生って聞いてるんですが、もも、実は僕と同棲してまして、その、実家に帰るって出ていったもので。しかし僕は彼女の実家の住所を知らなくて……ええ……はい……ありがとうございます」

 鴨介はあっさりと住所を聞き出すことに成功した。

 もしも俺がDV彼氏だったらどうすんだよと軽く心の中でツッコミを入れつつ感謝の意を述べ、電話を切った。


 ももの自宅は、鴨介が住んでいるマンションから商店街を抜け、駅を隔てて逆側の閑静な住宅街にあった。

とにかく急いで走ってきた鴨介は息を切らせて、ももの自宅のインターホンを連打した。

 すると玄関のドアが開き、ももの父親らしき男性が出て来て鴨介を睨みつけた。

「うるさいぞ! なんなんだ君は? いい加減にしろ!」

 そう怒鳴り、家の中に入ろうとする男性に向かって鴨介は言った。

「あの、ももさんは御在宅でしょうか?」

「ああ? ももなら自分の部屋にいるよ。おまえはもものなんなんだ?」

「いや、その、アルバイト仲間でして」

「帰れ帰れ、今それどころじゃないんだよ」

 男性は家の中に入ると玄関のドアをピシャリと勢いよく閉めた。

 鴨介の後ろで松島は、「そりゃ、いきなりインターホンを連打されたんじゃ怒るよなあ」とつぶやいた。

 そのとき、二階の窓がそっと開いた。

「四方木君?」

 ももが窓から小さな声で言った。

「ももちゃん!」

「しーっ」

 ももは、鴨介に大きな声を出しちゃダメというふうに、唇に人差し指をあてる仕草をした。

 そしてももは、窓から離れたかと思うと再び顔を出し、クシャクシャに丸めた紙を鴨介に投げつけた。

 丸められた紙を拾い、広げた瞬間、鴨介は顔を青ざめさせた。

 紙には、『家の中に昨日のマフィアたちと同じバッヂを付けた男たちがいるの。今玄関から出て来た男もその仲間。助けて』と書かれていた。

「ヤバい……」

 鴨介がそう言うと松島は、「帰るぞ」と言い、鴨介に背を向けて歩き出した。

「ちょっと待ってよ」

 鴨介が呼び止めると松島は振り向き、「非常に都合のいい事が起きた。君はももちゃんのことが好きだ。だからももちゃんは邪魔なんだよ」と言い、ニヤリと笑った。

「何を言い出すんだ」

 鴨介があっけにとられた顔でそう言うと、松島は真剣なまなざしでこう言った。

「僕は君を愛してしまった。一目見た時から恋に落ちていたんだ。あんな小娘なんて忘れて、僕を愛しておくれよ」

「松島さん、こんな時にふざけないで下さいよ」

しかし松島は目を潤ませながら鴨介の手を取り、「さあ、行こう」とももの家から離れようとした。

 鴨介は松島の手を振り払って言った。

「こんな時に、あなたは最低な男だ! 気持ち悪い!」

「そんなこと言わないでくれよ、これは愛だ、君への愛なんだ」

 鴨介はジッとなにかを考えた後、哀願するような目で松島の腕にしがみつき、こう言った。

「お願いです、ももちゃんを助けてください、お願いです」

「……イヤだ」

「お願いします。ももちゃんを助けてくれたらあなたを愛せるように努力します。誓います」

「……本当かい?」

 松島はそう言ってニヤリとし、こう続けた。

「君がマフィアたちにももちゃんの情報を流したんだろう。無敵の僕だって100パーセント助けられるとは限らない。好きな人を命の危険にさらしてどうなる? つり橋効果なんてものに頼らないで、正々堂々とアタックしたらどうなんだ」

 鴨介はうつむいて黙ってしまった。

「早く助けないと手遅れになるぞ。奴らは現場で腹を開き、臓器だけを運ぶ手口で有名だからな」

 鴨介はまたもや涙目で哀願するように言った。

「なんでもしますから、お願いです。助けてください」

 と鴨介が泣きつくと、松島はニヤリと笑い、腕や首を鳴らし、「スピード勝負だ」と言って念力で玄関の鍵を開け、ももの家に突入していった。

 家の前に立ち尽くしている鴨介は、聞こえてくる銃撃戦の音に震えながらも、ももの無事を祈っていた。

――やがて銃声はおさまり、玄関からももと妹が出て来た。

「四方木君、怖かったよ」

 そう言ってももは鴨介に抱きつこうとしたが、鴨介はそれを拒んだ。

「僕にその資格は無いんだ……」

 鴨介はそう呟いて、ももたちに背を向け去って行った。


 自宅に戻った鴨介はベッドに仰向けになり、天井を見つめながら、自分はいつからこんな風になったのだろうかと考えていた。ももを手に入れたいばかりにいろんな感覚が麻痺していたんだと思ったその瞬間、そもそもSNSで人の本心を聞くことが出来る変な能力がいけないんだと考え始めた。

「相当疲れているみたいだな」

 天井をボーっと眺めていた鴨介の視界に、松島が現れた。

 鴨介は、「好きにしていいよ」と言い、目を閉じた。

 松島は笑い出した。

「本気なのか? 確かに僕は君も恋愛対象だ。しかし、さっきの愛の告白は君をからかってみただけなんだ。今は忙しくて恋愛なんてしてられないさ」

 それを聞いた鴨介は起き上がり、腹を立てながら言った。

「最低だな!」

「ももちゃんの住所を知らないふりしたのはなぜだ?」

「実は前からももちゃんの後を着けて住所を知ってた。万が一、ストーキングしてたって疑われたときに、共通の友達に住所を聞いた事実を残しておいた方が何かと便利かもって思ったんだ」

 松島は、「君のほうが最低じゃないか」と微笑んだ。


 ――数ヵ月後、タキシード姿の鴨介と松島は数人の参列者に見守られ、湖のほとりにあるホテルの教会で指輪を交換し、キスを交わした。

 式が終わり、鴨介と松島は控室で話していた。

「そっちの参列者に見たことあるような顔が何人かいたんだけど、有名な人? 俺、あんまりテレビ見ないから」

「気のせいだろ、有名人なんて一人もいないよ。ちょっとトイレに行ってくる」

 そう言って松島は、控室を出た。

 ホテルのロビーでその参列者たちが待っていた。

 彼らは喫茶店で最初に鴨介を襲ったマフィアたちだった。

「危うく気づかれるところだったけど、あの日、恐怖のほうが勝っていておまえたちの顔をよく覚えていないようだ。結局、つり橋効果の威力は絶大だったな」

 松島がそう言って笑った瞬間、後ろから、「どういうこと?」とテンションの下がりきった声がした。

 振り向くと後ろにしかめ面をした鴨介が立っていた。

 気まずい空気が流れる中、松島は開き直った様に言った。

「僕の父親は君を襲ったマフィアのボスだ。父の命令で君を消そうと向かったが、一目見た時、僕は恋に落ちてしまった」

「じゃあ、俺をだましてたんだ?」

「すまない、君が欲しかったんだよ。僕に念力なんて特殊能力は無い。あの銃撃戦も音だけの銃だったし、部下たちには僕の念力にやられるという演技をさせていたんだ。それに、田園のマスターも一万円渡すだけで喜んで協力してくれた」

「うそでしょ? あのジジイ……」

「まあ、結果オーライじゃないの?」

 松島が涼しげにそう言うと、表情を曇らせていた鴨介は微笑んで言った。

「……そうだよね。こうしてあなたと出会えたんだから」

 松島は、「ああ」と微笑み、「ひとつ聞きたいんだが」と人差し指を立てて言った。

「君は本当にSNSから投稿者の心の声が聞こえるのか?」

「……ウソだよ、そんなわけないよ。ははは」

 鴨介はそう言って笑い、「あなたもSNSやってみたら? わりと面白いよ」と松島に勧めた。

「君が言うならやってみようかな」

 鴨介にぞっこんの松島は、嬉しそうにスマホを手に取り早速、登録を始めた。

 鴨介はニヤニヤしながら心の中でこう呟いた。

「これであなたの心の声を知ることが出来る。悪いことはさせないからね」


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