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序章5


 そこにいたのはミチモリ家の少女コハル。アオイの姿を見つけて駆けて来る。後ろにはイホハラの若者数人。イホハラの男性は頬に入れ墨あり、すぐにそれと分かる。


 息を切らして駆けて来たコハルは満面の笑みで言った。


「よかった。追いつけました」

「驚いた……、どうして君がここにいるんだ?」

「リケミチモリ様からウタルルに御用を言いつかったのです。イホハラに着いたら今朝アオイ様が出立されたと聞いて。慌てて追いかけてきたのです」

「なるほど。そういうわけか……」


 コハルは背中の背嚢を降ろした。それはクムラギ製で、所謂スタンダードタイプ。アオイの背嚢と色も形も似ている。

「イホハラのお母さん達がおにぎりを作ってくれました。ちょうど良いのでここでお昼にしませんか」


「そうだな」万事好都合だった。


 アオイを囲んで車座になって座った。アオイはコハルの隣に座り、コハルの背嚢の横に自分の背嚢を置いた。

 コハルがかいがいしく皆におにぎりを配り終わるのを待って、並んだ人々の顔を見廻した。屈強そうなイホハラの若者数人。見慣れたミチモリ家の使用人が一人。コハルの同行者だろう。いや、逆にリケミチモリから用事を託されたのは彼の方で、コハルが無理を言ってついて来たのかもしれない。リケミチモリの信任厚い、古参の使用人だ。

 この人がいるのも好都合。思慮深く知恵がある初老の男性。

 アオイは皆の顔見廻して、笑みを崩さず言った。


「どうか驚かず、この雰囲気のまま、聞いてくれ」


 一様に怪訝な顔をした一同。アオイは笑って咎めた。


「ほら。だからそれがイケナイ。普通に笑って。談笑しておにぎり食べながら俺の話を聞いてくれ」


 しかし……。話を聞いて驚かない者はいなかった。皆、かろうじて平静を装った。


「ううむ」強張った顔で無理やり笑顔をつくり、イホハラの若者は言った。「どおりで……、森の様子がいつもと違うと感じました」


「うん」こちらも笑顔崩さず頷いたアオイ。

 一呼吸置いて本題に入った。「今から俺が言う通りすれば、必ずウタルルに呪文材料を届けることができる。それをお願いしたい。やってくれるか」


 イホハラの青年達は顔を見合わせ頷きあった。一番年かさの若者が代表して答えた。

「是も非もありましょうか。なんなりとお申しつけ下さい」

「うん。ありがとう。と言っても、一番の大立役者はコハルちゃんなんだけど」

 名指しされてコハルは吃驚した。「えっ!?」


 アオイに目で咎められて。


 笑顔を引き攣らせて「わ、私が! ですか!?」問い返した。

「うん。そう。でもきっとできる。説明するよ。いいかな? ここで昼食を済ませて、僕は君たちと別れて偽の草原に向かう。蠻族はきっと僕の後を追ってくる。君たちは何も気付いていないふりをしてイホハラに引き返してくれ。ただ。出立する時、コハルのリュックと僕のリュックをすり替える」

「りゅ……く……とは?」怪訝な顔した一同。再び耳慣れない言葉。

「背嚢のことだよ」


 合点がいった様子だった。皆頷いた。


「僕は立ち上がると同時にさりげなくコハルの背嚢を背負う。コハルは僕の背嚢を背負ってイホハラに返ってくれ。イホハラに帰り着いたら、背嚢の中の呪文材料を族長のリュウイホハラに預けるんだ」

 笑み引き攣らせて頷いたコハル。目にはうっすらと涙にじんでいる。

「大丈夫。心配するな。お前ならきっと上手くやれる」

 コハルは首をふった。少女が涙ぐみ心配しているのは自分のことではなかった。


「アオイ様は……」

「俺のことなら心配するな。きっと逃げのびる」

「イホハラに着いて呪文材料預けたらすぐにクムラギへ応援を呼びに」

 少女の言葉を終わりまで待たずアオイは言った。

「いや。無駄だ。間に合わない。俺が偽の草原へ引き連れていっても、良くて数日時間稼ぎできるだけだ。クムラギの応援を待つ余裕は無い。大丈夫だ。ウタルルにはオニマルサザキベがいる。きっと小鬼族を却ける。君はイホハラで待っていてくれ。まずは呪文材料を取りに使いが来るだろう。その後数日してウタルルから何らかの報せが届くはずだ。その報せの結果を聞いてから、クムラギへ知らせに走るか、ウタルルに加勢に行くか、自分で考えて決めれば良い」


 なおも不安げな表情ながら、こくんと頷いたコハル。アオイはこう言って励ました。

「頼んだぜ。女の子版のユタミツキ君」

 コハルは笑いながら目尻の涙を指でぬぐった。

「私がユタミツキ様に似ているのですか」

「ああ。しっかり者のトコとか口うるさいトコとか、子供の頃のあいつそっくり」

 皆、笑った。コハルも口を尖らせて笑った。


 アオイはイホハラの若者達に向き直った。

「皆さんはどうかイホハラまでコハルを護衛して欲しい。おそらく襲われることはないと思うが」

 全員、頷いた。さっきの若者が口を開いた。作り笑顔を崩さないが、重い口調だった。

「もしも小鬼族どもに見抜かれた場合は……?」


「その時は」他に方法はない。アオイは一緒に戻るしかないと告げた。「呪文材料死守して俺も一緒にイホハラに戻る。全員で力を合わせて蠻族を却け、この森を抜けよう」

「はい」

「見抜かれずに上手くいった場合。その時は俺の歩みにあわせて奴らの気配も移動するからすぐに分かるはず。で、……」アオイはミチモリ家の使用人の男性に向き直った。

「ええっと、リケミチモリ様の屋敷で何度もお会いしたことがありますよね。確かお名前は……」

「はい。サブロウマルです」初老の男性は微笑んだ。

「そうそう。サブロウマルさんでした。サブロウマルさんはお手数ですが、と言うより、大変危険なことをお願いして恐縮ですが、もしもこの計画が上手く行って小鬼族が私を追って来たら……」

「はい」

「サブロウマルさんはいったん皆と一緒に引き返してもらいますが、途中で頃合いを見計らって、ええっと……、俺が奴らを偽の草原に引きつけている間に、その隙を突いてウタルルに知らせに走ってもらいたいのです。蠻族の侵攻が迫っていること。呪文材料はイホハラにあること。サブロウマルさんならウタルルへの道をご存知でしょう」


 サブロウマルは静かに頷き、落ち着いた声で答えた。

「承知しました。必ずや。命に替えても」

 やはり聡い人だった。悲しげに伏せた目から、アオイは自分の腹づもりを見抜かれていると知った。


 もしもアオイに小鬼族をしりぞけ逃げおおせる自信あるならば、その役目は自分自身でやればいい。人に頼む必要はない。けれどサブロウマルは何も言わなかった。コハルは気付いていない。心配させる必要はない。


「さあて」ことさら大きな声でアオイは言った。必要な事はすべて伝えた。切り上げる。長引けば不自然。「喰った、喰った。腹一杯だよ」戯けて笑った。


 皆も心得てあわせて笑った。にぎやかに、口々に、「うまかったですな」とか、「では、そろそろ出発しますか」と。


 アオイが立ち上がると同時に、イホハラの若者達も立ち上がった。察しが良かった。人の輪に囲まれて、奴らからは背嚢が見えない。アオイはさりげなくコハルの背嚢を手に取り、ごく自然に背負った。次いでコハル。


 彼女もまた、完璧と言っていいくらい自然にふるまった。立ち上がり呪文材料入った背嚢を手に取り背負うと、ニッコリ笑った。

「では、私達はイホハラに戻りますね」アオイに向かって微笑んだ。

「うん。それじゃあ。ここでお別れだ。族長や小さオババによろしく」

「はい。アオイ様もお気をつけて」

 皆、別れの言葉を口にして、会釈した。極平素な別れの言葉。「また会いましょう」「ウタルルの人達によろしくお伝えください」「うん」

 極自然に、笑顔で言葉を交わしながら、口にできぬ思い目に託した。


「では」


「じゃあ」


 それ以上の言葉は続かなかった。人々は踵を返して来た道を引き返した。コハルが何度も振り返って手をふった。表情はにこやかながら、泣きそうな目をしていた。



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