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故郷は魔王に焼かれて想うもの7

 イホハラの村の様子は話に聞いていた通りだった。聞いていた通り水路が迷路のようにある。簡素な橋が架かっている。その橋をいくつも渡らないと族長の屋敷へは行けない。村にある大きな建物は族長の屋敷だけで、そこは公的施設も兼ねているそうだ。そこのみ高い塀があり、深い堀に囲まれ、敵の侵入に備えている。襲撃を受けた時は族長の屋敷に立て篭もり戦うそうだ。


 行き交う村人達はユタの顔を知っているようで、気軽に会釈して通り過ぎていく。けれど数人の若者がユタの只事ならぬ顔つきに気づいて、そばに寄ってきた。ユタは足を止めず口早に説明した。


「小鬼族の襲撃を受けた。万を超す大群だった。村は焼けた」


 その言葉を聞いて若者達は即座に動いた。一人は族長の屋敷へ走り、他四人は四方へ散った。どの男の人も頰に入れ墨を入れていて強そうに見えた。


 族長の屋敷に着いた。

 深い堀があり、石垣があり、その上に高い塀が聳えている。大きな橋を渡り、上に櫓が乗った立派な門をくぐると広い庭に出た。奥に大きな建造物ある。平屋だが中二階か屋根裏があるのだろう。二重の瓦屋根の間に矢を射るための格子窓見えた。


 平時なので屋敷の玄関は大きく開け放たれ、村人達が出入りしている。しかし先ほど知らせが入った。屋敷の中は俄かに緊迫した空気漂っている。バタバタとした足音聞こえている。庭先で農具の手入れをしていた人々も、手を止めて彼女達を目で追っている。


 屋敷の入り口へ入ると、さっきの若者が数人の人と共に出迎えた。

「ユタ殿。急ぎ当主殿へお知らせを。そこにて詳細を」そう言って先に立った。


 とはいえ、大きな広い玄関、即大広間である。族長のリュウイホハラは奥で立ち上がって待っている。若者はリュウイホハラの前まで彼女達を連れて行った。隣には小さなお婆さんが座っている。族長もお爺さんだが、お婆さんはもっとお年寄りだった。サラは聞いたことがある。小さオババと呼ばれているお婆さん。きっとこの人だ、と思った。


 刻一刻、時を追うに連れ、広間に人の数増えていく。そんな中、ユタは座ることもせず、族長の前に立ったまま昨夜起きたことを話した。

「アオイセナ様が命がけでお知らせしてくれた通り、蠻族の襲撃ありました。備えていた手筈通りに私達は村を脱出しました。その後村は焼け落ちました。遠くからの視認で確かではありませんが、村は全焼。その事、リュウイホハラ様へお知らせします。どうかご差配を。人々の安否が気になります。私達は身支度を整えた後、すぐにキヴァラギ様の村へ出立します」


「うむ」族長のリュウイホハラは頷くと、矢継ぎ早に若者達に命じた。

「お前達はすぐさま戦支度をしてウタルルへ向かいなさい。カイ、」壮年の男の人を呼んだ。カイと呼ばれた人が前に来ると、

「お前が皆を率いて行きなさい。戦える者は全員引き連れ、たとえ蠻族群れていても必ずウタルルの村へ辿り着き、人々の安否確認しなさい。その後はここへは戻って来ず、キヴァラギ様の村へ向かいなさい」

「応」カイと呼ばれた人はそう答えて、広間にいた男の人全員引き連れて出て行った。


 小さなお婆さんが口を開いた。

「まあまあ、座りゃんせ」彼女達に座るよう促した。

「ほんにご苦労な事じゃった。すぐに食事の支度をさせる故、まずは腹拵えするがええ。でないと戦は始まらぬと言うでの」

 そう言われても、サラは全然食べれそうになかった。お腹はグゥグゥなっているが何も喉を通らないと思った。

 若い女の人が笑って言った。

「そうは言ってもオババ。ここで戦を始められちゃあ私達が困るわいの」

「尤もじゃ」と皆笑った。


 サラは、笑えない、どこが笑うとこ––、と思った。心ここにあらずで、ずっとボウっとしていた。早くキヴァラギ様の村へ行きたい。そこで待って。早く村の無事を聞きたい––、そればかり思っていた。けれど、逆だったら? それを考えれば不安で押し潰されそうだった。


 兄が座り、弟も座ったので、黙って兄の隣に座った。


 箱膳を運んできたのは彼女とほとんど変わらない歳、彼女より一つか二つ上のお姉さんだった。

「さあさ。サラハナウラ様。食べないと弱気の虫に食べられちゃいますよ」そう言ってご飯をよそってくれる。


「どうして私の名前を知ってるの?」しかも様付け。もっとも、この人は他人なので様を付けてもおかしくない。ただ、ボウっとしていて条件反射的に聞いただけなのだが。


 クリティカルヒットだった。あちゃあ、とおデコを叩いてマズイ顔になったお姉さん。誤魔化すようにこう言った。「そ、そりゃあ、ここで暮らしてりゃ嫌でも耳に入りますよ。ユタ様がいつも言ってますもの。サラが反抗期で困るって」


 その言葉に皆が笑い、どこが笑うトコなんだ––、と思ったサラ。いや、と思い直した。あちゃあと言っておデコを叩く人なんて見たことない。きっとそこが面白かったんだ、ボンヤリ思った。


「さ、さ」更に勧められたお茶碗を受け取ると。


 ルル姉さんがよく作ってくれた沢蟹ご飯だった。クリティカルヒットだった。郷愁あふれ雫となって瞳から零れ落ちた。


 お姉さんは「ほらね。早速弱気の虫に食べられちゃってますよ」と、優しい笑みを浮かべた。


「私は……、泣いてない。あくびを嚙み殺したら涙が出ただけだ。だって、寝てないから」涙声で強がりを言って、カツカツと甘辛いご飯を口に押し込んだ。鼻水が詰まっていてしょっぱかったことを差し引いても、ルル姉さんの沢蟹ご飯の方が美味しかった。


「お味はいかが?」と聞かれて、

「ウタルルの沢蟹ご飯の方が美味しい」と答えた。皆、面白そうに笑った。笑えない、どこに笑うトコがあった––、とサラは思った。


 広間がかりそめ和やかな雰囲気に包まれていたその時。


 一人の女の人が飛び込んできた。


「蠻族だよ。こっちに来た!」



 騒然となった大広間、浮き足立った人々。女の人は続けて言った。

「大群で山を降りて来た。千はいるよ。まっすぐこっちに来てる」


 ユタとリュウイホハラが顔を見合わせた。

「何故迷いなくここへ……ここに居ると分かっているのか」

「昨夜妖霊星カイハアが輝きました。悪龍の霊力が極限まで高まったと考えて良いでしょう。よもやするとウェナの霊気を感じ取り……」

「そこまで分かるか……」

「あるいはもっと単純な話で、後を尾けられていたのかも知れません。いずれにしても皆様にご迷惑をかけるわけには。我らは今すぐ出立します」

「なりませぬぞ」

 リュウイホハラは立ち上がり、続々逃げ込んでくる人々に聞いた。

「どこまでじゃ、どこまで侵入された」

 弓を持った少年が答えた。

「もう、村の入り口まで。落とせる橋は落として来ましたが、後十分もしないうちにここまで攻め来るかと」

 リュウイホハラはユタを振り返り言った。

「今出て行けば死にに行くようなもの。行くこと罷りなりませぬ」周りを見回し、人々に向かい言った。

「全員ここに立て篭もり籠城する。まだ外にいる者には迎えを。子供達の数を確認しなさい。ここに姿ない年寄りはいないか確認しなさい。全員ここに集まったら、門を閉じ閂をかけよ。弓を使える者は二階へ、そして屋根へ。迎え討ちなさい」


 バタバタと人々が動いた。


 サラはずっと俯いて考えていた。私が、私が、出て行ってウェナを渡せばいい。ウェナさえ奪えば奴らはきっと引き上げる。ここの人達まで巻き込んじゃイケナイ。

 ここにいるのはお年寄り、女の人、子供ばかり。男の人は皆ウタルルへ向かった。その後キヴァラギの村へ行くから、帰ってくるまで持ち堪えられない。

 弓と矢筒を手に二階へ駆け上がる少年達の姿を見て、レイカナカを思い出した。思い出すと、なぜか優しい気持ちになれ、そして勇気が出た。手首の珊瑚石を見つめた。優しい桜色。蠻族の奇怪な吶喊の声が遠く聞こえる。迫っている。

 彼女は立ち上がった。


「私、私が行って、ウェナを渡す。そうすればきっと奴らは引き上げるから」


 ご飯をついでくれたお姉さんが言った。「大きな勘違いですよ、サラハナウラ様」言った後、またまた、あちゃーとおデコを叩いた。


「何が勘違いなの?」この人、きっと何か知っていると確信したサラ。「あなた、何を知っているんですか?」


 お姉さんは答えてくれず、ばつが悪そうな顔をして俯いた。そのお姉さんを庇い立つかのように兄が立ち上がった。


「サラ。俺から話す。今こそ全てを明かそう」そして、逃げ込んでくる人々、固唾を飲んで見守っている人々、全てに向かって言った。

「ここにいる皆にも明かそう。九年前のこと、クムラギで冥界入り果たされ、二人の神子が人間界入りしたこと、誰しも知っているはず。その二人の神子こそがこのサラハナウラとユウであり、我は神子のルル(護衛)、ユタミツキである」


 人々は仰天していたが、サラは仰天したというよりも、目が点になった。彼女にとっては、聞いたこともない初耳の話。ユウが目をパチクリしてヘラっと笑った。困った時のクセ。彼女はそのユウよりも更にキョトンとしていた。兄は何を言い出したのか? 


 ユタはサラに向き直り続けた。

「ユウはまだ理解できない。これよりする話、お前がしっかりと聞け。お前の母、聖女マナハナウラ様はマアシナラギに召され冥界入りした。そして身籠って産んだのがお前とユウだ。六人の勇者が命がけで冥界への扉開き、二歳のお前と、生まれたばかりのユウを受け取ってクムラギへ連れ帰った。大魔導士シュスロー様は冥界への扉開く際、他の者は冥界にて命落とし、生還したのはアオイセナ様とキヴァラギ様だけだった。クムラギの指導者達は、お前たち二人を危険な目に遭わさぬよう、辺境のウタルルに村を築き、お前達を育てた。お前達二人には一切事情を明かさず。お前には辛い思いをさせた。が、今こそ明かそう。お前達二人は、マアシナの神子だ」


「そ、そ、そんな話」サラの理解力も想像力も超えていた。「聞いたことないし、馬鹿げてる、信じられない」超えていてリミッターが壊れた彼女は断固理解することを拒否した。

「マアシナなんて知らない。嫌いだしっ。マアシナふぁっきゅふぁっきゅ」鼻水が詰まり目からは何かがあふれ出て、グチャグチャだったが、中指たてて精一杯抗議した。


 フィオラパの教えてくれた言葉は、兄には伝わらなかった。

「もう一度言う。お前たち二人はマアシナの霊力を宿している。お前ならウェナを使える。闇を祓う呪文を使える。ユウはマアシナの剣を使える」


「ふぁっきゅ、ふぁっきゅ。私は全然っ、そんな、神さまのかの字もないっ、普通だっ、いや、普通より性格悪いし、神さまらしいトコなんて全然っっ、無い、ただの人間だっ」


 兄は彼女の混乱も返答も全く無視して話を続けた。

「俺は十歳だった。ルルに選ばれた時、嬉しかった。誇らしかった。お前達二人は俺の誇りだ。この誇りのためならば、喜んでこの命捧げよう」


 嫌な予感がフルスイングで彼女の側頭ぶち抜いた。兄は続く言葉を広間にいる人々に向かい、嫌な予感にぶち抜かれ呆然としている彼女を他所に、嫌な予感通りこう告げた。

「小鬼の千や二千、このユタミツキが退治してみせましょう。私一人で庭にて迎え討ちます。イホハラの少年達には、屋根から弓にて助力願いたい。私が出たら屋敷の扉に閂を」言い残し、斬馬刀手に雄々しく出口へ向かった。


 まるで颯爽たる風が吹き抜けて行ったようだった。彼女には「待って」と言う暇も「やめて」と言う暇もなかった。


 兄が表へ出たのとちょうど入れ違いに、最後の村人達が避難してきて、屋敷に駆け込んだ処だった。二人の少年が櫓門に閂をかけて庭を駆けて来る。その背後、塀の上に続々と蠻族が顔を覗かせた。


 斬馬刀を横に構え、庭中央にずいっと進み出た兄の後ろ姿。獅子の同服。日の光を反射して光った稲穂型の刃。彼女には滲んで歪んでちっともマトモに見えなかった。「やめて……」喉が詰まって掠れて小さな叫びにしかならなかった。続々庭に降り立つ蠻族。兄が吼えた。

「聞け! 血に飢えた小鬼共! 我が名はユタミツキ、マアシナの御子のルル。来いっ、一匹残らず我が斬馬刀の餌食としてやる」


 バタンと大きな音を立て屋敷の扉が閉じられ、閂がかけられた。


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