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故郷は魔王に焼かれて想うもの4

「ウポコポウリは闇であり闇として万物を支配する神である。人も無論例外ではなく、その神に支配されている。この神は全ての命が霊的な高みへ昇る事を妨げている。この神が在る限り人は闇の中に閉ざされたままとなる。遠国でサタンと呼ばれる神のこと。


 ウポコポウリと宇宙的に対立する神が、破滅の解放神ノアである。古い言葉でツクツクとも呼ばれる。これは遠国でルシフェルと呼ばれる光の悪魔。遠い昔に堕天して宇宙を彷徨う獰猛な悪魔となった。


 ノアの意志はウポコポウリから人を解放することであるが、その燦めきは獰猛すぎ、人の魂を焼き滅ぼしてしまう。破滅の解放神と呼ばれるゆえんである。創造を能くする芸術家は、不用意にこの神に遭遇せぬよう気を付けねばならぬ。


 光の悪魔ノアと闇の悪魔ウポコポウリは、常に我々の無意識下の精神に働きかけている。人は解放と闇の両原理の狭間に自己を見――」

 サラは本を放り出した。内容がつまらな過ぎる。クムラギの大巫術師ニシヌタという人が書いた本。もう亡くなった人らしいが、生きていた頃はきっと偏屈なお婆さんだったに違いないと思った。


 大剣士アオイセナのお葬式から二日。タパ老人はウェナに呪文宿す調合にかかりきりで、授業がない。お廟にあった本を借りてきて読んでみたが、この通り。

 彼女は寝っ転がり大皿にポテチ山盛りにして、読書三昧決め込もうとしたが、のっけからつまづいた。

 本を放り出し、ポテチに手を伸ばす。パリパリと食べる。ユタの作ってくれたポテチは美味しくて手が止まらない。

 お葬式での一幕以来、村の人たちは皆んな腫れ物に触るように接してくる。彼女にとってはむしろ好都合。一人きりを満喫していた。


 とはいえ時間を持て余す。もう一度本を手に取った。

「マアシナは月天子とも呼ばれ、月を司る神とも考えられているが違う。それはラアテアを映す光の神。ラアテアの月なのである。その神の身はラアテアの光眩く映し、見ることができない。

我が夢枕に立ち聖女誕生を告げし時」


 なんだ、頁が破れてるじゃないか––。


 本はそこで破れていて数頁欠損していた。彼女はもう一度本を放り出した。


 そもそも……、と思った。本の選択を誤った。ニツなら素敵な物語を持っているのに––。クムラギへ行ってしまった友人のことを思った。「ふん」と小さく鼻を鳴らした。


 ニツとはもう遊ばないから……、本も借りない……。物語が読めないくらい全然平気だ––。


 そう思い、続けてフィオラパが言った言葉を思い出した。


 邪険にするなと言っていた。でないと後悔するって。あれはどういう意味なんだろう––。暫し難しい顔して考え込んでいると、控えめなノックの音。


 木戸を開くと果たしてそのニツカヒネだった。

 ニツは緊張してオドオドしていた。サラはサラでまた、久しぶりに会う大好きだった(過去形)友達の顔を見てドキドキした。急に心臓が早鐘のように鳴り出した。


「あら、帰ってきたのね」

「うん。サラ……、ごめんね」

「なにが?」

「私だけクムラギへ行って……。約束してたのに」

「全然。気にしてないから」

「ココオリベおじさんが強引で……、サラもたまには一人を満喫してぇだろって」

「ああね。あの男か……」

 彼女の天敵。無遠慮で口軽くお喋りで、人の気持ちを考えないおじさん。

「それで、お父さんお母さんもその気になって……行ってきたんだけど……。でも全然楽しくなかったよ」

「そう」

 イントネーションというのは大事である。字面だけ追えば、謝る友人にサラが全然気にしてないよと答えているように見えるが、これにイントネーション加えると全く逆の意味になる。


 居たたまれなくなったニツカヒネは「これ」とお土産を差し出した。

 その手の上に乗っていた物を見て目を丸くしたサラハナウラ。

「綺麗……」この部分は素の言葉が素直に出た。


 それはクムラギ産のコップだった。足つきで、器部分の口辺は赤いボカし細工で、器は雪色の格子模様入っていた。

「どうやってガラスにこんな模様をつけるのかしら」

 目を輝かせてコップを手に取ったサラ。ニツはようやくホッとした表情で笑った。

「気に入ってくれた?」

「うん。とても」


 サラは何かお礼をすべきだと考えた。ポテチが沢山あるんだけど食べてく? 簡単な言葉。そう誘えばニツはうんと答えて、また元どおりの仲良しに戻れる筈。しかし、彼女はふと気づいた。アレもジャガイモ。うんこの中で育った物を友達に食べさせるなんて、陰湿な嫌がらせじゃないか? 今まで何度も一緒に食べたことあるのに、しょうもない事が気にかかった。黙り込んで考えていると。


 居たたまれなくなったのか、ニツは「じゃあ、もう行くね」と言った。


 それを聞いて。


 なんだ……、帰りたいのか、やっぱり仲良しに戻りたいなんて思っていたのは私の方だけか、誘えば恥をかくところだったな––。と思った捻くれ少女。


「わかった。それじゃあ」と言って木戸を閉じた。


 木戸の向こうでニツは言った。

「染め屋のレイカナカ。彼もクムラギに来てたよ。お遣いで来たんだって。レイ、サラにお土産買ってたから、もうすぐ来るかも」


 はぁ––⁉︎


 突如心臓に爆撃を喰らったツンドラ女王、樺太の羆、極北の冷凍少女。

 慌てて木戸を開くと、ニツはもうだいぶ先を背中を向けて歩いていた。

 呼び止めれば良いだけなのだが、呼び止めれば、そんなにレイカナカの事が気にかかっているの、とか思われてしまう、そんなしょうもない事が引っかかり呼び止める事が出来なかった。


 木戸を閉じ、背中を向けて、額に冷たい汗浮かべ考え込んだ。


 ニツがお土産をくれるのは分かる。友達だから。けれどレイカナカがお土産をくれる理由はない。


 まさかレイカナカは私に好意を持っているのか––。


 心臓が俄然バクバクした。自分の心臓を煩わしく感じながら彼女は『好意も何も無い相手に唐突にお土産を買う理由』の有無を考えた。いくら考えてもそんな理由は無いように思えた。「ふん」いつものように鼻を鳴らし、しかしながら額にタレ線浮かべ、唇の端を引きつらせて不敵な笑み浮かべ、


 レイカナカが私に好意持っていたとしても、私はレイカナカのことを好きでもなんでも無いんだから慌てる必要は何も無い––。そう結論づけた。


 と、まさにその時躊躇いがちなノックの音。木戸を開くと果たしてそのレイカナカ。


 この少年は絵が上手く、染め屋キコナカハの養子となったクムラギ武人の子。三男坊で家督を継ぐ必要もなく、また弓上手く他の武芸の筋も良いのでウタルルに住まうにちょうど良いと、とんとん拍子に話が決まった。少年からしてみれば、十二歳で親とも慣れ親しんだ友人とも離れるのは寂しい限りだったが、彼はずっと憧れていた。ウタルルに住まうサラハナウラに。ウタルルに来てサラハナウラと話す機会は一度も無かったが、見ただけで分かった。サラハナウラ様は事情も知らされずずっとこの村に幽閉されお寂しいのだ、と。


 そんな優しい少年の内情も事情も知る由もないサラハナウラ。慌てる必要は何も無いと結論付けたばかりなのに、まともに顔を見ることもできず、目を落とし「何か用?」そう言ってレイカナカの着物の柄を睨みつけるように見た。染め屋の跡取りだけあって品の良い着物を着ている、と思った。

「クムラギへお遣いに行ってきたんだ。君にお土産を買って来たよ」


「そう。ありがとう」


「選ぶの」皆まで言う前に、サラはレイカナカの差し出した紙袋をひったくるようにして取り、「ありがとう。大切にする」と口早に言い、木戸をピシャんと閉めた。限界だった、ので。


 閉めた後、しまった今のはあんまりだった、と後悔した。とはいえもう一度開くのは更に変だ。『石銀』と店名の入った綺麗な柄の小さな紙袋を開くと、中から透かし入りの半紙に包まれた珊瑚石の数珠が出てきた。



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