序章1
物語はアオイセナがウタルルを旅立った九年後。竜使いの故郷コロナエから始まる。
「本当に、本当に、今日までありがとう。お父さん、お母さん。きっと無事に帰ってくるね」
旅立つニニ。見送る竜使いの一族。
ニニは推定十六・七歳。保護されたとき七歳か八歳くらいだった。それから九年が経った。
ニニが引き取られたとき若者だった者達はすっかり壮年の兵士へとなっている。同年代で一緒に成長した子達はニニ同様、竜使いの若武者や、死霊術も使う女術師になっている。見送る一族の先頭には、五十をむかえすっかり涙もろくなった頭首リコチャキ。その妻で、もともと涙もろいニコチャキ。
「絶対、みんなが吃驚するような素敵な竜を捕まえてくるから」笑顔のニニ。
竜使い頭首の慣わしとして、十六歳になれば旅立つ。そして皆が、この者こそはと納得するような強い竜を手懐けて来なければならない。
「狙いは劍竜。超イカすもの。絶対に手懐けてやるんだから」
「また無茶を言う。劍竜を手懐けるのは難しい上、その生息地は辿り着くのも困難という。そんなことより、くれぐれも無理をするな。無事に帰ってこい」愛娘を諭しながら、目頭を熱くするリコチャキ。一族の者達に気取られまいとするが無駄だった。皆、気付いている。
「無理だったら、帰ってきて良いんだからね」こちらも大甘のニコチャキ。しきたりを違えても、愛娘の無事が大事。
しかしそれでは仲間にしめしがつかないことを、ニニ自身が十分承知している。そして彼女はこの試練を、試練ではなく心ときめく大冒険と心待ちにしていた。やっとその日が来た。それでも今日まで育ててくれた両親との別れは、やはり辛い。涙浮かんだ。
「本当に、本当に、今日までありがとう」記憶ない自分を草原で拾ってくれて、今日まで我が子同然に育ててくれた二人。
ニニの目に浮かんだ涙を見て、こらえきれなくなったのか、ニコ母さんはポロポロ泣きながら言った。「本当に、無理だけはしないでね……」
ニニは思わずニコ母さんを抱きしめた。「お母さん。ありがとう。元気で。きっと元気でいてね」
頭首リコチャキも涙さし含んだ。若者達も。彼女が幼い頃から見守ってきた兵らも。
「お嬢。ここのことは心配するな。思う存分、冒険してこい」彼女を幼い頃から知るおじさんが泣き笑いの変な顔で言った。
「そんな顔するな、トキ。笑い涙が出ちゃう」目尻をこすって、ニニは「笑えて足が萎えちゃうじゃないか」強がりを言う。
老いたとは言え頭首リコチャキ。涙こらえ毅然と言った。ならいに従い。
「行くがよい。この旅は、お前にとって生涯忘れ得ぬものとなるだろう。さあ、旅立て」
「はい、お父さん」ここで答えるは『はい。親方殿』が慣例であり、血縁の親子であってもそれが慣わし。しかしそんな慣例をまったく無視して、慣れ親しんだ呼称で愛情こめて答えたニニ。
「馬鹿者。ちゃんと答えぬか」泣き笑いのリコチャキ。
「私馬鹿ってお父さん知ってるでしょ」こちらも泣き笑いのニニ。
かくして彼女は旅立った。自分だけの竜を求め。竜使いの頭首として認められるべく。