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世界の何処かの診療所  作者: 青嵐
1章・薬師の弟子
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1.出逢い

良かったら読んでやって下さい。


それはある日の午後…

「ロイカ、いないのか…?」

ちょっと用事を頼もうとロイカを呼んだが来ない。

蘭娥(ランガ)は仕方なく作業の手を休めてロイカを探す。書庫を開けたときスヤスヤといい寝息が聞こえてきた。

「疲れが溜まってたのか…ここんとこ忙しかったしなぁ〜。」

調べ物をしていたのだろうか。本の山の中で眠るロイカに、はて…覚えがあるぞ?と記憶を探る。


ああ、そうだ。覚えがあるのは当たり前だ。この子に初めて会った時まさにこんな体勢だったか。


100年以上前を回顧、した。


*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*


炉淹香(ロイカ)を初めて見たのは小さな身体が書物に埋もれた姿だった。埋もれつつ、本を読んでいた。

「なんでしゅか。」

不躾な視線に文句を言う。

「病人…というのは君の事かなぁ〜?村の人から君の病気を見てほしいと言われてね。」


青白い顔に細い身体、紛れもなく病人のそれだったがその少女には寝床に入って安静にする気もないらしい。


「別に私は医者を必要とはしてませんでしゅ。どうぞ帰って下さい。」


「そういう訳にはいかないさ。…村の人から薬師として報酬の前払いして貰ったし、な?」


「…勝手にしてくだしゃい。」


それから蘭娥(ランガ)炉淹香(ロイカ)の攻防が始まった。

蘭娥(ランガ)は毎日炉淹香(ロイカ)の家を訪れる。最初のうちは鍵をかけられて締め出されていた蘭娥(ランガ)は余り人様には言えないお得意の鍵開け技でやすやすと室内に入ってく。使い方次第では物騒な特技だがまぁ病人の為、治療の為。仕方ないと開き直る。

鍵なんぞは容易に開くのだと理解して…諦めたのか炉淹香(ロイカ)は鍵をかけなくなった。無駄な事はしたくないらしい。

しかし蘭娥(ランガ)が何をやっても話しても無視を通すのはいっそお見事。


偶に咳き込んで、その度に幼げに二つに高く結い上げた淡い水色の髪が揺れる。ロクな食事さえ食べないくせに部屋を動き回る彼女を横目に溜息をつく。

「このままじゃ、本当に死ぬぞ。」


なにやらフラスコをもって作業する彼女はおもむろに此方を見た。…ずっと無視していた彼女がジッと此方を見たのだ。蒼い瞳はゾッとする程美しい。


「わかってましゅ。どの道死ぬ事は分かってましゅた。…母も同じ病気で早くに死にましゅたから。」


「…分かってんなら、治療すべきだと思うが。」


「治療した所で同じでしゅ。時間を治療なんかの為に使いたくはない。…それなら私はここで書に埋もれて実験するだけで死んで逝く。それが私の幸せ。」


「…」


「邪魔しないで、いだだけましゅか?」

…私の残り僅かな人生を。

「君、頑固っていわれるだろう〜?…いいよ、邪魔はしないさ。」


蘭娥(ランガ)は彼女を見ていた。

神というのは何故こうも情けないのだろう。意志を固めたヒトの前ではなにも勝るものを持たない。


…酷く無力さに嫌気がした。だから、


「せめて面倒は見させてくれ、なに、時間を取る訳じゃないちょっと改善すればいい事もあるだろう。…例えば食事、全然栄養が取れてない。そしてその服だと体が冷える、何か羽織れ。」


「病気はそんな事しても治らないでしゅよ。」

冷ややかな彼女を前に蘭娥(ランガ)は、はははと笑う。

「もう君が死に逝くのは邪魔しないさ。…ただ死ぬ前の時間に風邪でも引いて寝込むのは嫌だろう?」

「そうでしゅね…。」

彼女は少し考え込んで、実験の時間が減るのは嫌でしゅ。と言った。

「何か羽織るものはないのか?…この部屋、実験用具と書物(しょもつ)しかないじゃないか。」


「生活のために売り払ったんでしゅ。

服も羽織るものは無いでしゅし。」


「おいおい…。ちょっとまってろ。」


「…?」


蘭娥(ランガ)はいったん天界(我が家)に帰ると幼い頃着ていた軍服にも似た襟のしっかりしたコートを手に持つ。

分厚く青磁色に染め上げたコレは彼女を寒さから守るだろう。


「…お帰り、どうしたでしゅか?」

「ん、コレ…羽織れ。古着で悪いがね。」

「…あったかい。」

彼女の着る黄色いフワリとした服によく似合っていた。


それから二人は何ヶ月一緒にいただろうか。蘭娥(ランガ)炉淹香(ロイカ)からそれなりの信頼を得た。

「何やってんだ…薬の調合?」

「そうでしゅよ。」

蘭娥(ランガ)は唸った。

慣れた手つき、止まることの無い手。

…もしや、

「お母さん…薬師だったか?」

「…でしゅ。私もその跡を継いで。」

(よわい)12にも満たない子だ。

相当に頭も賢いのだろう、でなくては調合なんて出来ない。

「そんな薬なんか作ってどうするんだ…?」

「どうもしませんでしゅね。病人の作った薬なんて皆欲しくは無いでしゅし。…皆の役に立つ人になるって約束したんでしゅけど、叶わなかった。…その夢を追いかけてるだけでしゅよ。」


突然、炉淹香は咳き込んだ赤く赤く血が広がる。それとは反対に顔は…今にも死にそうな程真っ白だった。

「…っ。」

瞼を閉じてーぱたん。床に崩れ落ちた。

「…!炉淹香(ロイカ)‼︎」


駆け寄って呼吸を確認する。

…よかったまだ、生きてる。

ホッとして気付く。あぁ…これは情が移ったと言うのだったな、とぼんやり思った。

この子と長く一緒に居過ぎたと、それと同時にこの子に残された時間はもう長く無いと感じる。

「…。」

彼女の約束…それが誰との約束かは言われなくとも分かった、薬を作ることを教えた母親との約束だろう。

(惜しい、な)

…そう思った。

才能があり人の役に立とうとする薬師、その命の灯火(ともしび)はもうすぐ消える。


*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*


「なぁ、炉淹香(ロイカ)は神さまとかあの世って…信じてるか?」


炉淹香(ロイカ)が目覚めて一番にそう聞いた。


弱々しい声と荒々しい呼吸。

「あったら、どんな嬉しい事。でしゅかね。…コホッ。」

「…あるんだ。神々はいて死した人々は浄化してまた転生する…魂が消えるまでのひとときを。」

「…冗談じゃ、無い、んでしゅね。きっと。」


一つ、信じてもらえるか。

「私は神だ…無力なもんでこの世界では、君を助ける事も出来ない。」


「神だと、しても、別に…助けなんか、必要としてないでしゅから。」

コホッ…ゴホ


「そう…だな。」


「ただ…ありがと、って。

ゴホ…一緒にいてくれて、実は、嬉しくて…でしゅ。」

こんなときでもニャリと笑う。…そうは見えてなかったでしゅよね、と。身体を病に(むしば)まれて苦しいだろうに。


「…ぁあ。そ、だな。でも、なぁ…私は君の事気に入ったんだ。来世は私の助手になって診療所を一緒にしないか?」


「い、でしゅよ。もし来世、とやら、があるな、ら、」


そこで炉淹香(ロイカ)の命の灯火は消えた。

死に顔はやっぱり幼い。


…村人達に死んだ事を伝えると葬儀が行われた。後から聞くに村の人は彼女と仲が良く大切な我が村の子供の一人だったらしい。それは彼女とて同じで…病気とわかった時、村人に会うことをパタリとやめたらしい。

移る病気かはわからないが念のため…見舞う事も出来ない村人達も辛かった事だろなと気の毒に思う。


*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*


「本当に死後なんてあったんでしゅね…。」

白い空の下、溜息がでる。


「疑ってたのか…。」

「…あ、」

名前を呼ぼうとして、困った。

蘭娥の名前を呼んだ事が無くなんと呼べばいいのかわからなかった。

…神様だと言うから呼び捨てというわけにはいかないでしゅし。


「おいで…私の診療所があるんだ。」


「私、来世で助手になる約束はしましたが、死後はこれっぽっちも考えてませんでしゅよ?…仕方ないでしゅ、とりあえず弟子ぐらいにはなっときましゅね。



…よろしくお願いしましゅ、蘭娥様。」

迷った末、そう呼んだ。


「ああ、よろしくな、ロイカ。」




読んで頂きありがとうございました。


※2020/2/17・ロイカの髪の説明を変更

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