第2話 卓人とおいしい朝御飯
……それは、清三郎とっては苦い思い出。それを今、瀧川優に詫びたのだ。
「ふふっ、よろしい♪」
瀧川優は、顎に手をやり、にこりと笑うと、清三郎を許した。(もう、何とも思っていないのだが)
「あ、そうだ、保存庫にいくついでに、何か持ってきてあげようか?」
瀧川優は、気を利かせて尋ねると、清三郎の家の炊事場の窓が開き、恵ちゃんが顔を出し、
「へ……平気です……」と、答える。
「え? でも……」瀧川優が声をかけると、
「大丈夫ですから! 気にしないでください!!」
恵ちゃんは、大声で瀧川優に言うと顔を引っ込め、窓を強めに閉めた。
「す……すまん、優……」瀧川優に謝る清三郎。
「大丈夫よ、清三郎。気にしないで」
瀧川優は、そう清三郎に声をかけると、
「じゃあ、私、そろそろ行くからね」
と言い、保存庫に向かった。
瀧川優と清三郎の家から、少し歩いて行くと、小高い山が見えてくる。その小高い山は、瀧川優がちょっと登ると頂上につく。
小高い山の麓には扉がついていて、その扉を開けると、階段があり、地下へ続いている。つまり、この小高い山が食物保存庫になる。
瀧川優は、食物保存庫の扉を開けて地下へと入って行く。
地下に降りて行くと、空気がひんやりとする。この空気が食物の保存に適している。地下には棚が4つに分けられている部屋がある。その棚には、野菜や、果物、肉等がのっている。棚はひとつにつき一家族が使っている。4つあるので、瀧川優と清三郎の他に二家族が使っていることになる。瀧川優は部屋の扉を開けると、先客が居ることに気づく。
「おはようございます! 横沢さん!」
「あら、おはよう、瀧川さん」
先に部屋に居たのは、横沢さん。50代くらいの女性だ。瀧川優が生活面において、色々とお世話になっている人だ。横沢さんは、この食物保存庫よりも更に少し歩いたところに二軒、家が建っているうちの一軒に住んでいる。
「息子さんは、元気?」
「はい、まだベッドで寝てますけど」
横沢さんと、たわいのない会話。……と、
「そういえばね、瀧川さん」
話を切り出す横沢さん。
「どうしたんですか? 横沢さん」話を聞く瀧川優。
「隣の本間さんなんだけど、また、捨て猫を拾ってきたみたいなの。もう五匹目よ? 猫の臭いが、私の家までしてきて、困っちゃうわ」
隣の家に住む、本間さんの愚痴を言う。
「また拾って来たんですか? 何で、そんなに簡単に捨てるんですかね?」と、瀧川優は言う。
本間さんは無類の猫好きで、捨てられている猫がいると、可哀想になって拾ってきてしまう。
「本当、何とかならないのかしら?」と、話す横沢さん。
愚痴は言うものの、横沢さんと本間さんは仲が良くほとんど喧嘩したことがない。『何とかならないのかしら?』と言う言葉の裏には「猫を捨てる人が、何とかならないのかしら?」と言う意味が込められている。
そして横沢さんは自分の棚から、必要な分の肉を取ると、
「じゃあ、私、もう帰るわね」
と言い、食物保存庫を出ていった。
そして瀧川優も、自分の棚から必要な分の野菜を手に取ると、
「さあ、早く戻って朝御飯作らなきゃ」
と言い、食物保存庫を後にした。
刻の円盤の短い針が【南】を指す頃、瀧川優は朝御飯の準備を終える。家の中央にあるテーブルに配膳を終えると、まだ気持ち良さそうに眠っている一人息子、卓人に声をかける。年齢は、3歳くらいか。
「卓人ー、御飯出来たから、早く起きなさーい」
窓際のベッドで寝ている卓人。毛布の中でもぞもぞしている。少しすると、毛布をかぶったままゆっくりと起き上がる。
「……う……ん……」
眠け眼の卓人。まだ少し寝ぼけているのか、目をこすりながら、
「あれ……? お母さん……?」と眠そうな声。
瀧川優は、卓人の前で屈み、毛布を卓人の頭からそっと取ってあげると、優しく頭を撫でる。
「卓人、まだ眠い?」
「ううん、大丈夫ー、もう、起き……る……」
大丈夫と言いながらも、二度寝してしまいそうな卓人。その姿が可愛いのか、瀧川優の口がにやける。そして、卓人の両脇下に手を入れ、くすぐり出す。
「早く起きないとこうだー!」
「きゃはははは♪ くすぐったいよー♪ 起きるからー♪」
卓人とふざけ出す瀧川優。今日からは卓人と一緒にいられる。そう思うと、卓人と戯れたくなるのも無理はない。
「ほらほらー! まだ起きないかー♪」
「きゃはははは♪ やめてよー!」
ふたりのくすぐりあいは、まだ続く。
「ほらほらー! どうだー? 卓人ー!」
「やめてってば!!」
バシン!!!
あまりにもしつこくくすぐられるため、卓人は思わず瀧川優の左頬に平手打ちを決めてしまう。
「痛っ!!」
つい、大声を出してしまう瀧川優。
しばし流れる静寂……。
「あ……あの……ごめんなさい……」
素直に謝る卓人。
「ううん、お母さん、ふざけすぎた……」
そして、悪ふざけし過ぎたことを謝る瀧川優。
「……御飯、食べよっか……」
「うん……」
瀧川優と卓人は、少しギクシャクした感じで、テーブルについた。
朝御飯が並べられたテーブルに瀧川優と卓人は向かい合って座る。
「ごめんね、お母さん。まだ痛い?」
母を心配する卓人。
「もう、そんなに痛くないよ。それにお母さんがふざけすぎただけだから、卓人は気にしなくていいよ!」
瀧川優は卓人の頭を撫でると、卓人の表情が和らぐ。
「さあ、御飯冷めちゃうから、早く食べよう!」
瀧川優は、両手を合わせる。
「うん!」
卓人も両手を合わせる。
そして、ふたり声を合わせて――
「いただきます!」
卓人は御飯に発酵豆をかけ、そのまま口の中にかきこむと、今度は肉料理に箸をつける。それをひとつ食べると、また肉料理に箸をのばす。ふたつめを口の中に入れると、また、肉料理に――、
それを見た瀧川優は、卓人をやんわりと叱る。
「こら、卓人! 野菜も食べなきゃ駄目でしょ?」
「うー、野菜きらーい!」
箸を口の中に入れ、渋る卓人。
久しぶりの食卓を囲んでの会話。瀧川優も肉料理を箸でつかむ。
肉料理を見ながら、瀧川優はある想いがよぎる。
昨日の最終決戦。瀧川優は、ほとんどの魔物の命をとることはなかった。だが、瀧川優の肉料理は、生物の命と引き換えに手に入れたもの。だから瀧川優は、想う。自分のしたことは、ただのエゴなのではないのか、偽善なのではないのか、と。そして、肉料理を口に運ぶと、こう言った。
「でも、美味しい……」
瀧川優と卓人は、再び両手を合わせると、
「ご馳走さまでした!」
と、食後の挨拶をした。
瀧川優は、テーブルに両肘をつきながら腕を組むと、
「卓人、今日はお母さんとお出かけしよっか?」と、話す。
「え? 本当!? やったー!!」大喜びの卓人。
「どこにお出かけするの? お母さん!」
「んー? それじゃあねー、お母さんがお仕事していた所に、卓人も行ってみようか?」
瀧川優が、お仕事していた場所。危険な香り。
「それってどこなのー?」
ワクワクしながら聞き返す卓人。
「それはねー、魔界」
瀧川さん? 普通、その答え出ませんよ?
「ま……かい……?」
不思議そうな顔をする卓人。そりゃそうです。
「お母さんね、ここの人間界の人達と、魔界の人達が仲好く出来るような仕事をしてたの」
瀧川さん、ものはいいような感じがします。そして、話は続きます。
「それでね、その仕事も昨日、やっと終わったの。だから、卓人にも、お母さんがどんな仕事していたか、知ってほしいなーって思って」
「でも、ぼくが行っても大丈夫かな? 魔界って、きけんなんだよね?」
瀧川優の話に、不安な様子の卓人。当たり前何ですが。すると、瀧川優は、卓人の頭を撫で、
「大丈夫! お母さんがついてるから!! それに、魔界にも卓人くらいの子供達がいて、その子達に卓人のことを話したら、会って、仲良くしたいって!」と、言う。
「そう……なの? じゃあ、僕、まかいに行ってみる! お母さんがどんな仕事してたか見てみたい!」
卓人くん、魔界に行く事を決めてしまいます。
「よーし! じゃあ魔界におでかけしようー!」
「おでかけしようー!」
瀧川優が天井に両腕を上げて声をあげると、卓人もつられて声を出す。そして、瀧川優と卓人は、食器を片付けると、お出かけの準備を始めた。