第5話 大遅刻
「あ……」
瀧川優や、他の皆は扉を見ていたので、何が起こっていたのか分かっています。この部屋に繋がっている階段。それを急いで駆け上がって来る何者かをベルゼブブは、殴り飛ばしたのです。
「ふうぅーん……」
その何者かは、ゆっくりと体が宙に浮いたかと思うと、もう駄目そうみたいな声を出し、そのまま凄い勢いで、階段の一番下まで落ちて行った。
ズッシャーーン!!
「し……、しまった!!」
ようやく我に返るベルゼブブ。そして、
「ア……? アザゼル!?」
その殴り飛ばした何者かに声をかける。
何者かは、アザゼルと呼ばれた。アザゼルは、見た目は人型で、なぜか上半身は裸だった。髪は赤い。体格は相当大きく、正にムキムキマッチョの一言につきる。しかも、腹筋は綺麗に六つに割れている。さらに、お尻から尻尾が生えている。上背はそうとうあり、本明清三郎よりも頭一つ分も高い。
瀧川優と本明清三郎はただ、
「あーーあ……」
「あーーあ……」
としか言えなかった。
「ご……ごめんなさい! アザゼル!! 居るなんて気づかなくて!!」
ベルゼブブは、この最終決戦に大遅刻したアザゼルを咎めるよりも先に、思いっきり顔面を殴ってしまった自分を責めた。
「ア、アザゼル……?」
気絶した……? ベルゼブブが、不安になりながら声をかけると、
「す、すまなかった! ベルゼブブ!!」
アザゼルは、ものすごい勢いで飛び起きたかと思うと、ベルゼブブに向かって土下座した。鼻と口から血が出ています。
「娘が、どうしても離してくれなくて!! それで家を出るのが遅れてしまって!!」
アザゼルは、最終決戦に遅れた理由を説明した。アザゼルさんは、娘に頭が上がらないみたいです。
「……もう、いいわよ……。終わってしまったし……。私もいきなり殴って悪かったわ……」
ベルゼブブは、アザゼルの遅刻を許し、殴ってしまったことを謝った。
「それよりも、階段、早く上って来たら……?」
「あ、はい……」
ベルゼブブに促され、アザゼルは階段を上って来る。
と、突然、ベルゼブブに向かって、「ちょっと、オバサン!! 私のパパに何するのよ!!」と、大声を出す者が、いた。
ベルゼブブが、右手を向くとその者はいた。
「リ、リザベルちゃん!? どうしてここに?」
その者はリザベルと呼ばれた。赤毛のショートボブで、10歳くらいの女の子だった。アザゼルをパパと呼ぶところをみると、アザゼルの娘らしい。リザベルは、ベルゼブブに向かって更に怒鳴る。
「パパが心配だから、ついてきたの! て言うか、そんなこと、どうでもいいのよ!! いきなり殴って、何考えてるの!? ケガしたらどうしてくれるのよ!?」
ベルゼブブは、手のひらをリザベルに向け、感情を抑えるような姿勢を取る。
「ご……、ごめんね、リザベルちゃん」
「だいたい何!? さっきから聴いてると、なんか私のパパといい感じみたいになって!! やっぱり、私のパパを取る気なんでしょ!?」
リザベルは、ベルゼブブのお腹の辺りを手のひらで、何回も少し強めに押す。どうもリザベルは、ベルゼブブに対してあたりが強いようだ。
「いや、そんな事無いから、取ろうなんて、思ってないから……」
ベルゼブブは必死に弁解する。
その状況を見たアザゼルは、急いで最上段まで上がり、娘をなだめる。
「こら! リザベル! ベルゼブブさんになんてこと言うんだ!! 謝りなさい!!」
しかし、リザベルは謝らない。
「ふん! いーや! 何で私が謝らなきゃいけないの!!」
扉の向こうが騒がしくなってきたので、瀧川優や清三郎、一郎くん達が扉の前まで集まってきた。
「なんだ、どうした?」
本明清三郎が、扉から顔を出す。
すると、リザベルは髪を手櫛で整え、少し顔を伏せ、照れた感じで清三郎に挨拶をした。
「こ、こん……に……ちは……。(え……? 人間……?)」
続けて一郎くん、次子ちゃんが扉からリザベルに駆け寄る。
「あー! リザベルねーちゃんだ!」「リザベルおねーちゃんです!」
リザベルは、一郎くんと次子ちゃんの頭を撫で、挨拶をする。
「一郎くん、次子ちゃん、こんにちは」
一郎くんと、次子ちゃんを撫でるリザベルは、少しだけお姉さんの顔をのぞかせる。
「大丈夫? 何かあった?」
瀧川優が、扉から顔を出したその時、
「むっ!!?」
リザベルの顔は一変する。
目が細く、眉はつり上がり、瀧川優を敵視……というよりは、ライバル視している感じがしてならない。
「だれっ!! このオバサン!!」
リザベルは、瀧川優に対して手を強く突き出した。結構本気だったようで、瀧川優はつい「痛っ!!」と、声を洩らしてしまった。リザベルの攻撃は止まらない。
「色目なんか使ってパパを騙そうったって、そうはいかないんだからね!!」
リザベルは、何度も瀧川優のお腹を強く押し出す。対して瀧川優は、手のひらでリザベルを何とか静止する。
「え? な……? なに? ちょっと待って! お嬢ちゃん……え……、えーっと……」
「リザベルおねーちゃんです」
名前が解らず困っている瀧川優に、次子ちゃんが気を利かせてか、教えてくれる。
「そ、そう……、ありがとう、次子ちゃん。リ、リザベルちゃん……だっけ? ちょっと、落ち着こっか!?」
瀧川優は、リザベルを落ち着かせようと、必死になる。だが、リザベルは更にきかなくなる。
「うるっさい!! 私のパパに近づくな!!」
「こら!! リザベル!! やめないか!!」
「いーや!! パパは黙ってて!!」
リザベルを叱るアザゼル。しかし、リザベルは、言うことを聞かない。
……まあ、本当ならアザゼルは最終決戦に参戦して、瀧川優と、本明清三郎と命を賭けた戦いを繰り広げられるはずなので、ここで戦闘が始まってもおかしくない無いんですけど。
リザベルの攻撃は収まらない。と、リザベルの体がフワリと宙に浮く。「きゃん!?」と、可愛い声を出すリザベル。清三郎がリザベルの後ろから、両脇から手を入れ、肩の辺りまで抱き上げたのだ。
「ほ~ら、駄目だぞー♪ リザベルちゃん♪ 瀧川おばちゃんや、ベルゼブブおばちゃんを困らせちゃー♪ パパが困ってるぞー♪」
清三郎が、リザベルをなだめると、
「ご……ごめんなさい……。困らせるつもりは無かったの……」
我に返るリザベル。なぜか、清三郎に対しては聞き分けが良い。リザベルが落ち着いたのを確認すると、清三郎は、リザベルをそっと、足から地面に下ろした。
「どうして、こんなことするんだい? そんなことしてると、おばちゃん達に嫌われちゃうよ?」
清三郎は、リザベルにやんわりと質問をする。するとリザベルは、胸の前で両腕を組み、
「いいの! 嫌われても!! ……だって……」と、言う。
急にアザゼルは慌て出す。声には出してないが「その事は聞かないでー!!」と、顔で言っているようだった。そして、リザベルは言った。
「だって、私、パパと結婚するから!! 私がパパと結婚するから!!」
その言葉が発せられた瞬間、アザゼルの顔は「あー……」みたいな顔をした。そして、そこにいる大人達も皆、「あー……」みたいな顔する。さたんちゃんや、一郎くん、次子ちゃん達は、よく意味が解っていない。
「リザベルちゃんは、どうしてパパと結婚したいの? 他の男の子は好きになったりしないの?」
清三郎は、冷静にリザベルに質問をする。すると、リザベルはこう答えた。
「だって……、ママが家を出ていったから……。パパと好きになって結婚したのに!! 別な男の人と出ていったから!! だから、私がパパと結婚して、パパを守るの!! もう、誰も他の女の人を近づけない!!」
はい、リザベルちゃんの母が不倫した。という話でした。
道理で、ベルゼブブや瀧川優には辺りが強く、清三郎には普通に接する訳です。
リザベルの話を聞いた清三郎は、アザゼルの方を向いて、両肩に手を置くとこう言った。
「御気持ち……、解りますよ……。なぜなら……、私も妻に不倫されて出ていかれたからー!!」
「本当ですかー!!」
本明清三郎、溢れんばかりの涙を流し、アザゼルにカミングアウト。それを聞いたアザゼル、清三郎とあっさり意気投合。
「うちにも、リザベルちゃんと同じ位の娘がいるんですけど、その娘の前で、家に男を連れ込んで、浮気してたんですよー!! ショックでしたー!!」
「うちもですよー!! 娘の目の前で浮気するなんて、何考えてんだかー!!」
清三郎の言葉にアザゼルが受け答える。完全に盛り上がってます。止まりません。
「ふんっ! やっぱり女ってばかばっか!!」
リザベルが吐き捨てるように言います。
「リザベルちゃんも女の子なのよ……」
ベルゼブブは小声で突っ込んだ。
「ねー、不倫ってなんですかー?」次子ちゃんが聞きます。
「んー? 大人になったらわかるかなー?」
瀧川優が、答えますが、完全に次子ちゃんから目線が反れていました。
「貴方とは、上手くやれそうです!お名前は!?」
「アザゼルです!! 貴方は!?」
「清三郎と言います!!」
清三郎とアザゼルはすっかり仲良しに。右手を出しあい、シッカと握手する。
「いい光景……なのかな……?」と、瀧川優。
「違うと思う……」と、ベルゼブブ。
本明清三郎と、アザゼルの方からまぶしい光が差し込んでくる。
……ように見えるだけで、実際には光なんて輝いて無いんですけど。