第11話 袋の中味はなに?
ベルゼブブの言葉を受け、闇騎士隊は再び一糸乱れず隊列を整える。
そしてベルゼブブはさたんちゃんに向かって優しく微笑むと、やんわりと語りかける。
「では申し訳ありません、サタン様。この者達に労いの言葉をかけて上げてはもらえませんか?」
すると、さたんちゃんは困った顔して、ベルゼブブに質問する。
「……ね……ぎ……らい? ベルおばさん、ねぎ……らいって、なぁに?」
さたんちゃんは労いという言葉の意味が解らなかったようだ。
ひろしくんよりも年下であるさたんちゃんにとっては、それは当然といえば、当然の事かもしれない。
しかし、その言葉を耳にしたベルゼブブは素早くさたんちゃんの前に膝まずき、自分の失態を詫びた。
「……!! 申し訳ありません!! サタン様!! このベルゼブブ、サタン様に対する配慮を失念しておりました!! ……そうですね。今回この者達は、サタン様のためにとても尽力……、心の底から頑張ったので、そのお礼をサタン様から言葉にして頂きたいと思いまして」
労いの意味が解ったさたんちゃんは少しうつむいて何かを考える。
「そっか……、よくわからないけど、みんなぼくのために頑張ってくれたんだ!!」
そして、さたんちゃんは闇騎士隊の方を振り向くと、その場から少しだけ歩み出ようとする。
「お待ち下さい、サタン様。これを……」
そこにベルゼブブが声をかけ、ある袋を手渡す。
「サタン様、闇騎士隊にお礼を言ったら、その袋の中身をみんなにお渡し下さい。そうすれば皆、心の底からお喜びになるでしょう」
「え……? 本当にこれで喜んでくれるかな?」
その袋の中身はさたんちゃんでもよく知るものだった。
「ねぇ、ベルおばさん……。こんなものを渡したら、みんなすごく怒るんじゃないかな……?」
「そんな事はありません。それは、サタン様がお渡しするからこそ喜ばれる物です。安心して下さい。みんな絶対に怒ることはありません」
そこまで言うのなら……と、少し不安になりつつも、さたんちゃんはその袋を持って闇騎士隊の前に行き、お礼の言葉を口にする。
「闇騎士隊のおじさん達、いつもお仕事頑張ってくれてありがとう!! ぼく、これ位しか出来なくて……。ごめんなさい……」
さたんちゃんは袋の中をごそごそすると中身を掴み、その小さな握りこぶしを闇騎士隊の前に差し出す。
「サタン様……? それは……?」
デスナイト隊長はその小さな握りこぶしに恐る恐る手を差し出すとあるものを手渡される。
隊長が手渡されたもの……
それは…………
ひとつの飴玉…………。
それを目にした瞬間、デスナイト隊長は「おおぉぉ……」という声と共にさたんちゃんの純真無垢な想いに強く心を打たれる。
「ありがとうございます!! サタン様!! このデスナイト、サタン様にこのような素晴らしい物を頂けるなど、正に恐悦至極に御座いますーーー!!!」
デスナイト隊長の目は涙であふれ、飴玉を受け取ったその右手は感激のあまり力強く握りしめてしまう。
さたんちゃんはデスナイト隊長が喜んでいると分かると、心の底から嬉しくなりその顔は、ぱっと明るくなる。
そして、今度は隣の闇騎士隊員の元へ一歩、二歩と歩き出し隊員の前でその歩みを止めると、また袋の中をごそごそしひとつの飴玉を差し出す。
「はい! いつもお仕事頑張ってくれてありがとう!!」
「おおぉぉ……!! ありがとうございますーー!!」
さたんちゃんから飴玉を受け取った闇騎士隊員は感激し、その手を強く握りしめる。
「はい! いつもありがとう!!」
「有り難き幸せーー!!」
「一生大事に致しますーー!!」
「感慨無量でございますーー!!」
さたんちゃんはその小さな体をちまちまと動かし、ひとり、またひとりと飴玉をひとつずつ渡して行く。
「うおおぉぉーー!! 人生で今が一番幸せじゃあーー!!」
「勿体無くて、たべられーーん!!」
「闇騎士隊やってて良かったーー!!」
闇騎士隊の一団は、嬉しさのあまり込み上げて来る感情を抑える事ができず、各々変なことを口走ってしまう。
闇騎士隊全員に飴玉を渡し終えたさたんちゃんは、「ふぅ……」と一息つくと、ぱたぱたとベルゼブブの元へ戻っていく。
「サタン様、ありがとうございます。闇騎士隊のみんなも大変お喜びになったことでしょう。お疲れ様でした」
「うん! みんな喜んでくれて、ぼくもすごくうれしい!!」
さたんちゃんは満面の笑みを見せる。
その笑顔にベルゼブブは優しく語りかける。
「それは良かった。……どうしました? サタン様?」
「飴玉、ひとつ残っちゃった……」
手の平にのせた飴玉を、さたんちゃんはじっと見つめる。
「ああ……。それでしたら、それはサタン様がお召し上がりください。このベルゼブブの願いを聞いて下さった、せめてものそのお礼です」
ベルゼブブがそう言うと、さたんちゃんはその飴玉を手にのせたままこう言った。
「……ううん。これは、ぼくのじゃないよ」
さたんちゃんの言葉に少し困惑するベルゼブブ。
「……どうしたんですか? サタン様? それは、サタン様のお好きなようにされて良いのですよ?」
するとさたんちゃんは飴玉を強く握りしめ、出来た小さな握りこぶしをすっと差し出す。
「はい!」
ベルゼブブの前に……。
「……え? サタン様? これはどういう……? 何故、私何かに……?」
「これは、頑張っている人にあげるんでしょう? だからこの飴玉はベルおばさんのものだよ!! いつもありがとう! ベルおばさん!!」
さたんちゃんのそれは、ベルゼブブにとってはあまりにも純粋なる不意討ち。
「そ……、そんな……! サタン様!! ベルゼブブにそんな事しなくてもよろしいのに……!!」
ベルゼブブは震えた手で飴玉を受けとると、さたんちゃんが心配そうに話しかけてくる。
「ど、どうしたの!? ベルおばさん!? 悲しいの!?」
「……え?」
ベルゼブブが頬に手をかけると、熱い、なにかが伝っていくのを感じ、その手の平はそれによって濡れていた。
「これは違うのですよ、サタン様……。これは嬉しいのですよ……。ベルゼブブは今とても嬉しいのです……!」
そしてベルゼブブは遂にうずくまり、立ち上がれなくなってしまう。
ますます心配してしまうさたんちゃん。
その時、ある声が飛び込んでくる。
「ねー、お母さん。あのおばさん、飴玉貰ったのにどうして泣いてるのー?」
瀧川優の息子、卓人くんだった。卓人くんの発した言葉は素朴な疑問ではあったが、空気を読んだ瀧川優が卓人くんの口をそっと塞ぐ。
「卓人ー、少しお口『しー』しようかー? 今、とても良い所だからー」
「むーー」