第10話 Mrs.ベルゼブブ
バアアァァンンッッ!!!
耳をつんざくような爆音が辺り一面に響きわたると、喧騒としていた回廊は、嘘のように静まりかえる。
「な……、何!?」
「おぉ……! なんだ!?」
突然の爆音に瀧川優と清三郎は、脚を止めてしまう。
「わーーん!! びっくりしたよーー!!」
「お父さん……。今の凄い音、何!?」
今まで耳にしたことの無い爆音を体感し、卓人くんは泣き出してしまい、恵ちゃんは怖がってしまう。
「大丈夫だよ、卓人! お母さんがついてるからね!!」
「恵のことは、お父さんが守ってやるからな!!」
瀧川優と清三郎は、怯え出す我が子を落ち着かせようと必死になる。
「……た、隊長……。今の……音……」
「……ああ、わわわ……」
爆音の正体を知るデスナイト隊長と闇騎士隊は、おたおたするばかり。
隊員の中には「ひ、ひぃ……!」と情けない声を出し、その場から逃れようとする者も現れるが、恐怖のあまり身体がすくませたかと思うと、腰を抜かしたり最後には尻餅をつく者まで出てしまい、それはかなわない。
ベルゼブブは階段の最上段で、何者にも染まらない暗黒のオーラを発し、生きとし生けるものをひれ伏せさせる様な見下す目をし、大声を響かせる。
「一体何事ですか!!? 騒々しい!!! サタン様の御前ですよ!! 直ちに静まりなさい!!」
ベルゼブブの発したそれは正に鶴の一声。
その光景をベルゼブブの右脛に抱きつきながら一部始終見ていたさたんちゃんは「……す、すごい……」と声を洩らすと、そのままベルゼブブの顔を見上げ、羨望の眼差しでこう言った。
「ベルおばさん、すごーーい!!」
羨望の眼差しを一身に受けるベルゼブブは、にこりと微笑むと再度さたんちゃんに願い出る。
「サタン様にお褒めの言葉を頂き、このベルゼブブ、天にも昇る気持ちで御座います。……ですが、申し訳ありません、サタン様。ここからはベルゼブブの力ではどうすることも出来ず、サタン様のお力をお借りしたく存じます」
ベルゼブブの存在感を目の当たりにしたさたんちゃんは、またも不安になってしまう。
「ぼ、ぼく……、ベルおばさんみたいな事なんて出来ないよ……」
「そんな事はありません。サタン様はお気づきになっておりませんが、ベルゼブブには真似の出来ない素晴らしい力をお持ちではありませんか。それにこのベルゼブブの真似事、サタン様にさせるなど、恐れ多いことです」
憂鬱になるさたんちゃんを、ベルゼブブは元気付けようとする。
「そ、そうかな……? ぼくにも、何かできるのかな……?」
「ええ、もちろんです。ですから、自信を持ってください」
再びベルゼブブに励まされたさたんちゃん。失いかけた勇気を奮い立たせると、力強く声を出す。
「うん! わかった!! ぼく、がんばるよ!!」
「……ありがとうございます、サタン様。このベルゼブブ、何とお礼を申し上げてよいのやら……。言葉になりません」
ベルゼブブはそう言うと、さたんちゃんの前に膝まづき手を差し伸べる。
「……ではサタン様。このベルゼブブめにお掴まり下さい。共に下まで参りましょう」
「うん! ありがとう! ベルおばさん!!」
さたんちゃんは元気に応えると差し伸べられた右腕にその身を委ねる。そして、ベルゼブブはさたんちゃんを胸元に落ち着かせると、そのまま身を起こす。
そして、最上段から身を投じようと一歩足を踏み出す。
「では、行きますよ! しっかり掴まってて下さい!!」
「う、うん!!」
小さな手でベルゼブブの服を掴むさたんちゃん。その顔は不安や怯えというのは無かった。何故なら、ベルおばさんを信頼していたから……。
…………そして…………、
ダンッッ!!!
ベルゼブブのその右足が、階段の最上段を力強く蹴りだすとふたりの身体は…………、
…………フワリ…………
しばしの浮遊感を味わう。
その光景を目の当たりした瀧川優と清三郎、そして闇騎士隊の一団は皆、一様にこの言葉を発したと言う。
「さたんちゃんを抱っこ!! 抱っこしながらあの跳躍をーー!!」
「さたんちゃんを抱っこ!! 抱っこしながらあの跳躍をーー!!」
「サタン様を抱っこ!! 抱っこしながらあの跳躍をーー!!」
「サタン様を抱っこ!! 抱っこしながらあの跳躍をーー!!」
「サタン様を抱っこ!! 抱っこしながらあの跳躍をーー!!」
ベルゼブブとさたんちゃんの身体はそのまま空に浮くかと思ったのも束の間、その身は風切り音を耳にし、渦中の下へさたんちゃんの身体に極力衝撃を与えないよう、静かに地表に舞い降りる!!
「サタン様、お怪我はございませんか?」
「うん! ぼくは大丈夫!! ありがとう!! ベルおばさん!!」
「それは良かった。それでは今、サタン様を下ろしますね」
そう言うと、ベルゼブブはさたんちゃんを速やかに足の方から地面にそっと下ろし、自分の側から離れぬよう温かく手を繋ぐ。
そして、ゆっくり身体を起こすと闇騎士隊隊長の方に向かって指を差し、叱責する。
「デスナイト!! これは一体何事ですか!? こんな騒動を起こして、貴方はサタン様の顔に泥を塗るつもりですか!? それが忠誠を誓った者のする事ですか!?」
「し、しかし……、ベルゼブブ様……。その者達はサタン様のお命を狙う不届き者で……」
ベルゼブブは闇騎士隊長の言葉を遮るように、その右腕を瀧川優と清三郎に向かって伸ばすと、闇騎士隊に言い聞かせる様にこう言った。
「なりません!! いいですか? この者達はサタン様にとって大切な客人!! 手をかけるなどあっては無らないこと!! それにサタン様の前だというのに、先程からその頭の高さは何ですか!! 礼儀をわきまえなさい!!」
ベルゼブブの言葉に、やっと我に返った闇騎士隊隊長と隊員達は漆黒の剣を鞘に収めるとガチャガチャと音を立てながら膝まずき、自分達の非礼を詫びる。
「はっ!! 申し訳ありません!! ベルゼブブ様!! 数々の無礼、どうか御許し下さい!!」
「……とはいえ、デスナイト。今回の騒ぎはお前達がサタン様を思っての事……。その想いに免じて、お咎めは無しと致しましょう」
「べ、ベルゼブブ様……。それは……!!」
デスナイト隊長は空耳ではないかと、つい顔を上げてしまうと共に震えた声を発してしまう。
「どうしたのですか? デスナイト。他に、何かありますか?」
デスナイト隊長はその厚き恩情に感銘し、深々と頭を垂れる。
「い、いいえ!! とんでもない事でごさいます!! このデスナイト、ベルゼブブ様にこの様な厚き恩情を頂き、有り難き幸せに御座いますーーー!!!」
皆がみな、厳しい罰を受けると思っていただけに、そのベルゼブブの言葉に一糸乱れずにいたその隊列は少しずつ崩れ「おおぉ……」や「ああぁ……」等の声が飛び交い始める。
その乱れ始めた闇騎士隊をベルゼブブは静止する。
「静粛に! まだお話は終わっていませんよ!!」
「はっ!」
「はっ!」
「はっ!」