第9話 ああ……恥ずかしい
部屋の中から如何ともし難い光景をベルゼブブは目の当たりし、「おぉぅ……」と声を詰まらせながら扉の方を向いたまま立ち尽くしていると、さたんちゃんや一郎くん達、アザゼル親子が心配して扉の前まで集まって来る。
その中でいの一番で声をかけてきたのは、末子ちゃんをおんぶしているリザベルだった。
余程気にかけているのか、ベルゼブブを下から覗きこみ様子をうかがう。
「ね、ねぇオバサン、大丈夫? 何か顔色悪いけど……。部屋の外で何かあった?」
「え? あ……、ごめんね、おばさん心配かけちゃったわね。でも、もう大丈夫。ありがとう、リザベルちゃん」
ベルゼブブはリザベルの頭を優しく撫でると、皆の方を振り向き、胸の前で手を合わせながらこう言った。
「さあ、みんな!! 部屋の外は特に何も無かったから、戻って勉強の続きをしましょうね!!」
「いや、そんな顔面蒼白で言われても無理があるぞ、ベルゼブブさん? 部屋の外で、一体何があったんだ?」
アザゼルに心配されるベルゼブブ。「おぉぅ……」と声を詰まらせ微動だにせずにいると、額から冷や汗が流れ出る。
そこへ、さたんちゃんが声をかけてくる。
「も、もしかして、またぼくのせいで、ベル叔母さんに迷惑かけちゃってるの……?」
自分のせいで、ベル叔母さんは具合が悪いのかもしれない……。
気が気でないさたんちゃんの不安を取り除こうとする、ベルゼブブ。
さたんちゃんの前に膝まづき、肩にそっ……と手をかけると、柔らに話かける。
「いいえ、サタン様が気にするような事は何もありません。なので、サタン様はもう何も心……」
……と、その時だった。
「ベルゼブブさーん!」
「ベルゼブブさーーん!!」
「ベ・ル・ゼ・ブ・ブ・さーーーん!!!」
勇者達のベルゼブブを呼ぶ声が、部屋の中にまで聞こえてきたのだった。
「あー! あれ、ゆうしゃのおばさんの声だ!!」
「ゆうしゃのおじさんの声もします!!」
ふたりの勇者の声を耳にした一郎くんと次子ちゃんは大喜び♪
対して、アザゼルは切羽詰まった声を聞き、勇者達の身を案じます。
「な、なあ、あれ、ベルゼブブさんの事、呼んでるんじゃないか? 行った方が良いんじゃないかな? もしあれなら、俺が行こうか?」
皆一様に、多種多様な言葉を発しながら、ベルゼブブの方を振り向くと、耳まで真っ赤にし、赤面した顔を被いながらうずくまっている、漆黒の悪魔がそこにいた。
「母ちゃん、具合わるいのかー……?」
「もし調子がわるかったら、次子に言ってくださいね?」
「ママを困らせるやつからは、ぼくがまもってあげる!!」
いつもと様子の違う母親の様子を見て、側に駆け寄る一郎くん達。
「ありがとう……。一郎、次子、ひろし。みんながお利口さんだから、お母さん、元気になれるわ。嬉しくて涙が出ちゃう……」
ベルゼブブは、そんな我が子をギュッと抱き締めると、母を思う気持ちに胸の奥が熱くなり、赤面していた顔は火照ったそれに変わる。
「ベル叔母さん……。本当に大丈夫……?」
さたんちゃんもベルゼブブを気づかう。
そんなさたんちゃんに心配かけまいと、ベルゼブブは気丈に振る舞う。
「ええ……。もう大丈夫です。サタン様」
そして、ベルゼブブは言葉を続ける。
「申し訳ありません。実はこのベルゼブブ、サタン様にお願いがあるのですが……。聞いて頂けますか?」
ベルゼブブの突然の申し出に、さたんちゃんは困惑する。
「……え? ぼく何かで大丈夫かな?」
「ええ、もちろんです。サタン様、貴方のお力が必要なのです」
しばらく考えて込んでいたさたんちゃんだったが、(ベル叔母さん元気になるなら……)と、勇気を出す。
「どうしたらお願いを聞いてあげられるかわからないけど、ベル叔母さんの為にぼく、がんばるよ!!」
ベルゼブブは、そんな純真無垢なさたんちゃんの心に敬意を払う。
「なんと勿体ない御言葉……。サタン様に願いを受け入れて頂けて、このベルゼブブ、正に恐悦至極に御座います」
そしてさたんちゃんは、小さい両手を胸元で力を込めてギュッと握ると、お腹の底から声を出す。
「それで、何をすればいいの!?」
「そうですね……。では、ベルゼブブと一緒に部屋の外まで来て頂けますか? そこで起きている騒ぎを、サタン様のお力で静めてほしいのです」
ベルゼブブの願いが想像していたよりも大事だと知ったさたんちゃんは、途端に不安になる。
「で、できるかな……、ぼくにそんなこと……」
ベルゼブブはそんなさたんちゃんににこりと微笑み、手を差し伸べる。
「自身を持って下さいサタン様、貴方でなければ出来ない事なのです」
「……分かった!! やってみる!!」
背中を押されたさたんちゃん。憂鬱な顔は少しだけ自身に満ちたそれに取って代わり、差し出された手を今、あるだけの力で握る。
「ではサタン様、参りましょう」
ベルゼブブはさたんちゃんの手を引き、部屋の外へ向かおうとする。
……と、ベルゼブブは何かを思い出したように声を発する。
「……そうだわ。一郎、次子、ひろし。ちょっと、お母さんの側まで来てくれる?」
手招きをして一郎くん達を呼ぶベルゼブブ。
「なんだ、母ちゃん?」
「どうかしたんですかー?」
「なにかあったの?」
互いの想いを言葉にし、母親の元に集まる一郎くん達。
するとベルゼブブは、我が子の前で屈み目線をあわせ、一郎くん達に言い聞かせるように語りかける。
「いい? 良く聞いて。今はまだ解らないかもしれないけど、何時の日か貴方達は、サタン様の右腕として仕えるときが来るわ。だから、これからお母さんのする事を扉の近くでしっかり見ていて欲しいの」
「うん……?」
「うん……?」
「うん……?」
一郎くん達はベルゼブブのする話に懸命に耳を傾け、理解しようとする。
「……ごめんね、少し早かったかな?」
そう言うとベルゼブブは、優しく一郎くん達の頭を撫でる。
……すると、
「そんなこと無い!!」
「そんなこと無い!!」
「そんなこと無い!!」
精一杯母親の気持ちに応えようとする一郎くん達。自分達の想いを言葉にする。
「よく解んなかったけどわかった!!」
「母さま、次子は母さまのこと、ちゃんと見てますからね!!」
「何か、こう、もやもやするけどわかったと思う!!」
我が子の純粋な心を受け取ったベルゼブブ。
「ありがとう……、じゃあ、お母さんのする事をしっかりと見ているのよ」
ベルゼブブはそう言うと優しく笑みをうかべ、母の背中を見せると「では、参りましょう」と、さたんちゃんに声をかけ、一緒に部屋の外へ出る。
ウゥオォアアアアアーーーーー!!!!!
相も変わらず部屋の外では、勇者達と闇騎士隊のおいかけっこが続いている。
「ついにここまで来たわねーー!! 清三郎ーー!!」
「おぉーー!! 後はこの階段を駆け上がるだけだなーー!!」
どこかで聞いたような言葉を互いに交わしながら
サタンの部屋へ続く階段の手前まで来た瀧川優と清三郎は、最上段に視線を移すと、二つの人影が現れる。
そこに姿を見せるはさたんちゃんとベルゼブブ。
現状を把握し、「ふぅ……」とため息をつくとベルゼブブは、さたんちゃんに詫びを入れる。
「申し訳ありません。これから少々、サタン様を驚かせてしまいますが、どうかお許し下さい」
「……? う、うん……?」
今、ベルゼブブは正に側近としての威厳を出さんと静かに目を閉じる……。
…………そして…………。