第8話 それはそれはそっ……と
ウゥオォアアアアアーーーーー!!!!!
「待てーー!! 待てと言うのにーーー!!!」
「私達が待ったらー! さたんちゃんに」
「会わせてくれますかー!?」
「そんなの駄目に決まっているではないかーー!? 我々の眼が黒いうちは、会わせるわけにはいかーーん!!」
「全身真っ黒ですけどねー!!」
「ああ言えばこう言うーー!!」
どこか、喜劇を漂わせながら、瀧川優と清三郎は、サタンの部屋を目指して痛む身体に鞭をうち、駆け抜ける。
「ごめんねーー! 卓人ーー!! 荷物持ちみたいな感じになっちゃてーー!!」
「すまん、恵ーー!! 父さん、本当はこんな担ぎ方不本意なんだーー!!」
卓人くんと恵ちゃんは今、抱っこではなく、肩から荷物持ちみたいに担がれていた。
「なんか、変な感じでおもしろーい!!」
「お父さん、私は全然平気だよ」
瀧川優と清三郎は、我が子に罪悪感を感じつつ、今だ見えぬサタンの部屋に懸命に駆け抜ける。
ドドドドド……。
「ええぃ!! 子供を抱っこしているのに、どうしてあんなに速いんだ!!」
闇騎士隊と勇者達の距離は一向に縮まらず、隊長はやきもきする。
「それは多分、我々も身体の節々を痛めているからではないでしょうかーー!」
必死になって追いかける闇騎士隊、しかし身体がしくしくと痛む。
隊長は何とか追い付こうと、策を練る。
「ぬぬーー!! 誰か、治癒魔法を使える者はおらんかーー!!」
「おりませーーん!!」
「何でだーー!!」
「戦力重視の隊ですからーー!!」
「なるほどーー!!」
少し、小咄みたいな会話が飛び交う。
ドドドドド………。
「まだかーー!! サタンの部屋はーー!!」
「ねーー!! 清三郎ーー!! あれじゃなーーい!?」
瀧川優が指し示す方向。そこに、サタンの部屋へと続く階段が、ちまっと見える。
「おぉーー!! やっとここまで来れたかーー!!」
「ねえ、清三郎! もしかしたら、ここからベルゼブブさんを大声で呼んだら、気づいてもらえるんじゃなーい!?」
「おお!! そうか!! そうかもしれーーん!!」
ベルゼブブさんに気づいてもらえたら、事態を収拾してくれる……。そう思った瀧川優と清三郎は、大声で叫ぶことにした。
「いい!? いくわよ!? せーの!!」
瀧川優と清三郎は、あらんかぎりの大声で叫ぶ。
「ベルゼブブさーん!」
「ベルゼブブさーーん!!」
「ベ・ル・ゼ・ブ・ブ・さーーーん!!!」
………勇者達の想いが通じたのか、はたまた、ただ騒々しいだけだったのか、ベルゼブブとアザゼルは、部屋の外の異変にようやく気づく。
「……なあ、どうも外が騒がしくないか?」
「そうね……。何かあったのかしら? 私、ちょっと見てくるわね。その間、子供達の面倒を見ててくれる?」
「また、そうやってパパといい感じになろうとして!! ……ちゃんと見ててあげるから、さっさと行きなさいよ!!」
ベルゼブブの願いを、快く引き受けるアザゼル親子。すると、ベルゼブブはにこりと微笑み「ありがとう」とお礼を言うと、おんぶに抱っこしていた四葉ちゃんと、末子ちゃんを託した。
そして、一郎くん達の頭をふわりと優しく撫で、しっかりと言い聞かせる。
「一郎、次子、ひろし。リザベルお姉さんを困らせちゃ駄目よ? 分かった?」
母親を安心させようと、一郎くん達はその気持ちを声に出す。
「大丈夫だよ!! 俺が、困らせた事なんかある!?」
「母さまは心配し過ぎです。次子にまかせてください!!」
「ママ、何かあったらすぐ行くからね!!」
その言葉を聞いたベルゼブブは「お母さん、これなら安心ね」と言い、扉へ歩いて行った。
「さあ、四葉ちゃん。おじさんと一緒に寝んねしてようね?」
四葉ちゃんをあやし始めるアザゼル。
「もうっ! あのオバサン、どうして5人も子供がいるのよ!! さたんちゃんも会わせて、6人も面倒見なきゃいけないじゃない!! ……よしよし、末子ちゃんは今、どんな夢を見ているのかな? まんまはお仕事だから、お利口さんで待ってようね~♪」
末子ちゃんをおんぶしているリザベルは、あやしてるのか、愚痴っているのか分からない言葉を発していた。
そんなリザベルにアザゼルは、優しく声をかける。
「でもリザベルは、とても面倒見が良いから、お父さんは助かってるよ」
「そ……、そう……? ありがとう……。パパ……」
突然褒められ、頬を赤らめるリザベル。
「それじゃあ……、パパ……、リザベルと結婚してくれる?」
「そ……、それは、また、話は、別かなー!!」
アザゼルはよく愛娘に求婚されるが、上手くかわすことができず、いつも目を反らして返答してしまう。
「何でよ!!」
求婚を断られたリザベルは、アザゼルに当たってしまう。
ベルゼブブは、そんなアザゼル親子を見つめながら、扉の前までたどり着くと、薄く開けた隙間から、外の様子をそっと伺う。
「それにしても、本当に騒がしいわね? 何があったのかしら?」
その目に映るもの……それは対岸の火事がまるで、こちらに延焼してくるかのような光景だった。
対岸の火事は鎮火する事無く、雄叫びを上げながら発火原因を追い続ける。
「ぬおーー!! さっきから聴いていれば、ベルゼブブ様に対して、何と失礼な態度!! もう許せん!! 貴様等、一体何様のつもりだーー!!」
「お母様のつもりでーーす!!」
「お父様のつもりでーーす!!」
「全然上手くないわーー!!」
瀧川優と清三郎の無礼千万な態度に、闇騎士隊隊長は激昂するばかり。
今だに縮まらない闇騎士隊と勇者達の距離。サタンの部屋を目指し、ふたりの勇者は一心不乱に駆け抜ける。
と、その時、瀧川優はある事に気づく。
「ねえ!! 見て!! 清三郎!! 部屋の中から覗いてるの!! あれって、ベルゼブブさんじゃない!?」
「おお!! 本当だ!! こっちに気がついてくれたんだ!!」
ベルゼブブの姿を目にしたふたりの勇者は、ベルゼブブに向かって、再びあらんかぎりの大声で叫ぶ。
「ベルゼブブさーん! 闇騎士隊を何とかして下さーーい!!」
「ベルゼブブさーーん!! お願いしまーーす!!」
「ベ・ル・ゼ・ブ・ブ・さーーーん!!!」
「べ!!」
「ル!!」
「ゼ!!」
「ブ!!」
「ブ!!」
「さーーーん!!!」
その時、部屋の中にいたベルゼブブが、遂に動いた。
…………パタリ。
そっ……と、部屋の扉を閉めたのだ。
「見なかった事しよう………」
あまりの出来事に驚きを隠せない、瀧川優と清三郎。
「あれれーー!! どうして、扉を閉めちゃうんですかーー!?」
「ベルゼブブさーん! こっちに気がついて無いんですかーー!?」
勇者達とっては、ベルゼブブさんのまさかの裏切り。
(他人のふり)
瀧川優と清三郎が今出来ることは、ベルゼブブさんの名を叫び続ける事だけだった。
「うはははははーーー!!! それ見たことかーーー!!! やはり、貴様等がベルゼブブ様や、サタン様と親しい間柄というのは、我々を欺くための嘘だったのだーーー!!!」
勇者達に言い放つ闇騎士隊隊長は、正にしたり顔。
そして、ここぞとばかりに全隊員に命令を下す。
「もう臆することは無い!! 総員、全勢力をもって、勇者達を排除せよ!!」
ウオオォォーーーンンン!!!!!
闇騎士隊の士気が高まる。
「突撃ーーー!!!」
ウゥワオオォォーーーンンン!!!
隊長の合図と共に、闇騎士全隊員が全力で突撃をかけると、勇者達の距離が縮まらない。
「隊長ーー!! やはり、勇者達の差を詰める事ができませーーん!!」
「どうしてだーー!!」
「それは、我々も身体の節々を痛めてるからでは無いでしょうかーー!!」
「もういいわーー!!!」
闇騎士隊の会話は、少し前に行われたのと似た内容で、意図せずに、落ちをつけてしまった感じがある。
しかし、それでも闇騎士隊は勇者達を追い続ける。