第7話 みんなで仲良くお勉強
「なー、母ちゃん。もー飽きたよー」
「何を言ってるの、一郎。まだ10分も経ってないでしょ?」
「一郎ちゃんは、しゅうちゅうりょくが無いんです。母さま、次子は、まだまだ大丈夫ですよ!」
「だから、まだ10分しか経ってないでしょ……」
喧騒に気づかず、部屋の中で魔法の本をテーブルの上で開き、勉強をするのは、ベルゼブブとその子供達。一郎くんと次子ちゃんだ。
ベルゼブブは、見た目は小柄の人間で、顔は美しく見えるが、どこか母親感がある。頭部には、蝿の目と触覚がついている。その下から白く美しい髪が、肩にまで伸びている。
その子供、長男である一郎くんは髪が黒く、ボサボサ。石鹸で髪を洗ってそう。
一郎くんと双子で、長女の次子ちゃんは、髪は銀髪で肩まで伸びている。
「ほら一郎、見なさい。サタン様は、ちゃんと勉強する姿勢をみせてるでしょ?」
「そ、そんな……、ぼくも、よくいみは解らなくて……」
ベルゼブブに『サタン様』と呼ばれてはいるそれは、二歳くらいの幼児である。皆からは、『さたん』とか、『さたんちゃん』と、呼ばれている。
先代サタン王と、妃が亡くなってしまったため、現サタン王は、さたんちゃん、ということになる。
「母ちゃん、こんなの勉強しなくても大丈夫だよ! 大きくなったら、俺、母ちゃんみたいな業火の炎を使えるようになってるから!!」
「なに言ってるの! この前『業火の炎』とか言って勇者に放ってたけど、あったかい熱だったじゃない!! 一郎!! そんなことで業火が操れるようにならないわよ!!」
やる気が出ない一郎くんを叱責するベルゼブブ。
それを見た次子ちゃんが、腰に両手を置き『えへん』という顔で話す。
「一郎ちゃんは駄目ですよ、母さま。この次子にまかせてください。次子の『八寒』はすごいんですから! 次子が大きくなったら、『百寒』になってるかもしれません!!」
「そう言う次子も、八寒じゃなくてそよ風になってたでしょ!! 勇者がとても心地良くなってたじゃない!! 一郎の事をとやかく言う前に、次子、あなたは【氷属性】も一緒に扱えるようにならなきゃ駄目でしょ!!」
一郎くんを悪く言い、自分を良く見せようとする次子ちゃん。
ベルゼブブは、そんな次子ちゃんもきちんと叱責する。
「もー! いい加減にしてよ! 一郎兄ちゃんも、次子姉ちゃんも!! 勉強はじまったばかりなのに、全然進まないじゃないか!!」
一郎くんと次子ちゃんにあたるのは、次男のひろしくん。
髪は黒く、髪型は一郎くんと似ているが、結構まとまった髪をしている。
「ぼくの方が魔法の素質があるんだから、ふたりとも勉強のじゃましないでよ!!」
「なんだと! ひろし!! お前なんか、雷つかえるとか言って、音だけじゃないか!!」
「そうよ! ひろしちゃん!! それに自分の雷の魔法にびっくりして、泣いちゃってたじゃない!!」
3人の言い争いが始まる。そこに、さたんちゃんが止めに入る。
「み、みんな、ケンカしちゃ駄目だよ……」
すると、3人が一斉にさたんちゃんの方を振り返り、
「さたんは、だれの味方なんだ!!」
「だれなんですか!!」
「だれなの!!」
と、口をそろえて、問い詰める。
「えぇーー……」
答えにつまるさたんちゃん。
「いい加減にしなさい!! 3人とも!! サタン様がお困りになっているでしょ!! お母さんは、そんな子に育てた覚えはありません!!」
ピシャーン!!
「きゃーーーん!!」
「きゃーーーん!!」
「きゃーーーん!!」
ベルゼブブのかみなりが、一郎くん達に落とされる。
一郎くん、次子ちゃん、ひろしくんの3人は息ぴったりに頭を抱えてテーブルにうずくまる。
「ごめんなさーーい……」
「ごめんなさーーい……」
「ごめんなさーーい……」
一郎くん達は、声を合わせてベルゼブブに謝る。
「ねぇ……」
そこに声を挟んでくる10歳くらいの女の子がいた。
その子は赤毛のショート・ボブで名前はリザベルという。
「オバサン。そんなおんぶにだっこじゃ、まるで威厳ていうものがないわね」
「え? そ、そう? リザベルちゃん。オバサン、そんなに甘やかしてたかしら? そんなつもりは無かったんだけど」
ベルゼブブは思った。(自分の子供だから、知らず知らずに甘くしているのね……。サタン様は差別されてると思ってないかしら? もっと子供達には厳しくしないと。リザベルちゃんに見抜かれるなんて、私もまだまだね)
思い更けるベルゼブブにリザベルは声をかける。
「何を考えてるのか知らないけれど、それ多分、見当違いだから」
「……え?」
我にかえるベルゼブブ。
すると、リザベルはテーブルを
バン!!
と叩いたかと思うと、ベルゼブブに向かって指を差し、大声を出す。
「きっと、一郎くん達を甘やかしてると思ったんでしょ!? そうじゃなくて、そんな幼児ふたりをおんぶにだっこしているオバサンの姿を、他の魔族がみたら示しがつかないって言ってるのよ!!」
そう、ベルゼブブは右腕に次女の四葉ちゃんを抱っこし、背中に末っ子(三女)の末子をおんぶしていた。
四葉ちゃんは、銀髪でおかっぱ頭な感じ。末子ちゃんは、銀髪、すっきりショートヘアだ。
ふたりとも、ベルゼブブの温もりを感じながら、すやすやと眠っていた。
ベルゼブブは、5児の母なのだ。
「ご、ごめんね、リザベルちゃん。見てて嫌だったよね? でも、四葉や末子をふたりきりにする訳にはいかなくて……」
「別にいいわよ! 私の事は!! 一郎くん達は好きだから!! そうじゃなくて、他の魔族には見せらんないって言ってんの!!」
強気に当たるリザベル。そこへ大柄の悪魔が顔を出す。
「やめなさい! リザベル!!」
「パパ!!」
それはリザベルの父、アザゼル。
「ベルゼブブさんになんて失礼な事を言うんだ!! 謝りなさい!!」
アザゼルは、見た目は人型で、なぜか上半身は裸だった。髪は赤い。体格は相当大きく、正にムキムキマッチョの一言につきる。しかも、腹筋は綺麗に六つに割れている。さらに、お尻から尻尾が生えている。上背はそうとうあり、本明清三郎よりも頭一つ分も高い。
アザゼルは父親の威厳を見せ、一人娘のリザベルを叱る。
……………のだが……………。
「……いや、そんな掃除のおじちゃんみたいな格好で威厳出そうとされても、私も困るんだけど。もう見た目、人の良さそうなおじさんだし」
サタンの部屋を掃除していたアザゼル。
愛娘に、痛い所を突かれる。
「こ、これは違うんだ! リザベル!! その、ベルゼブブさんにどうしてもと頼まれて!! 今、魔界に魔族が少なくなっているのは、お前も知っているだろう!? それで、掃除する人もいなくてだな……」
魔界の魔族流出問題。その発端は、原因不明の大事故が発生したため。先代サタン王とその妃は、この事故に巻き込まれた。
そして、事故発生から間も無く、魔族流出が始まった。
ふたりの勇者がサタン城に攻め入る、2週間前の事だった。
「知ってるわよ! そんな事!! だからって、何でこのオバサンの言うことを素直に聞いちゃうの!? 何でこのオバサンといい感じになっちゃんてんの!?」
「リ、リザベルちゃん。おばさん、いい感じになろうと思ってないから……。ね? だから、落ち着いて……」
ベルゼブブは、興奮するリザベルをなだめようと懸命になる。
だがリザベルは、そんなベルゼブブに見向きもせずに、
「まあ、そんな(上半身)裸エプロンのパパも、素敵だと思っているけどね!! 私!!」
「どっちなんだ……」
リザベルの奔放な言動に振り回される、アザゼルとベルゼブブ。
部屋の中が和んだ雰囲気であるのとうって代わって、部屋の外では、いまだに、闇騎士隊が地を響かせながら、瀧川優と清三郎を追いかけていた。