第5話 ごめんください。 サタン城。
恵ちゃんは体育座りをしていて、清三郎は向かい合って座り、恵ちゃんを心配そうに見ていた。
「あれ? 清三郎、どうしたの? もう洞窟を出たと思ってた」
瀧川優が清三郎に声をかける。
「おお、優。いや、実はな、恵が転んで、膝を怪我してしまってな」
「え? 大丈夫なの?」
瀧川優が前屈みになり、恵ちゃんの膝をのぞきこもうとすると……、
「お父さん! 私は大丈夫だから! 膝も治癒魔法で治したし、普通に歩けるから! だから、早く行こう!!」
恵ちゃんは急に大声を出し、立ち上がる。
だが、清三郎は、そんな恵ちゃんを抱き上げ、胸に落ち着かせる。恵ちゃんは驚いて「ひゃっ!」と声を洩らす。
「気持ちは判るがな、恵。無理はいかん。お父さんが抱いて外まで連れて行ってあげるから、恵は少し休んでいなさい」
「でも……、私、歩けるの……、あ、でも……、うん、お父さんが抱っこしてくれるなら良いかも……」
恵ちゃんは、頬を赤らめると帽子のつばをギュッと握り、目を隠す。
その様子を瀧川優は、何か都合悪そうに見ていた。
「……どうかしたのか? 優?」清三郎が尋ねる。
「いやー、この状況はまずいなーって。非常にまずいなーって」
「……何が?」清三郎が不思議そうな顔する。すると、瀧川優の後ろの方から、卓人が泣き叫ぶ。
「ねー!! 恵お姉ちゃんはだっこしてるのに、どうしてぼくはだめなのー!?」
「あ、やっぱり……」
瀧川優が(しまったー)みたいな顔をする。
「あ、そういうこと……」
清三郎は申し訳なさそうな顔をする。
瀧川優は、卓人に向かって大声で話す。
「あのねー! 恵おねーちゃんは、足を怪我して歩けないから、抱っこしてるのー!! 卓人はー!! 自分で歩けるでしょー!?」
「ぼくだって、足がいたくて、あるけないもん!! 恵お姉ちゃんだけずるいー!!」
「もう、しょうがないなー」
再び駄々をこね始めた卓人に、瀧川優はとうとう根負けし、我が子の所に戻ります。
瀧川優が卓人の傍に来た時には泣きじゃくっていたのか、目を赤くしていた。
「ほら、お母さん戻って来たでしょ? だから、もう泣かないの。お母さん、抱っこしてあげるから」
「……くすん……」
涙を溜めてる卓人の目尻を、瀧川優は人差し指で拭ってあげる。そして、卓人を右腕で胸元にだっこした。
恵ちゃんは、お父さんにだっこされ、卓人くんは、お母さんにだっこされたまま、やっとこさクナンの洞窟を抜ける。
魔界に到着だ。
――――魔界…………。
そこは人間界とは異なる世界……。青白い太陽が輝き、草花や森の木々は怪しい紫色をしていて、人間の心を惑わせる……。
とか、そんなことは無く、昼間は明るい陽が射し、ホカホカするし、草花や森の木々は緑色をしていて逆に心和む。
とはいえ、異世界にはありきたりな、迷いの森はありますが。(あるんかい)
瀧川優と清三郎が初めて魔界を見たときは、「思ってたのと違う!!」とは、思っていない。何故なら、これがこの異世界の常識なのだから。
魔界側のクナンの洞窟の入口にいる瀧川親子と清三郎親子。そこから道が三つに分かれている。
ひとつは、今いる所からは、城下町とサタン城よりも一回り大きな城が見える、四人に向かって右手にある道。初めて見たら「あそこ、サタン城」と、誰もが勘違いする。そこは坂道になっていて、下に降りていく。道幅はかなり広く馬車三台はすれ違える余裕がある。だが、そこは断崖絶壁に作られた道。油断すると崖の下へ落ちてしまう。とはいえ、右手の道はサタン城に通じていないため、行くことはない。
もうひとつは、左手にある道。少し行くと渓谷が見えて来て、その間を歩くことになる。渓谷を通り抜けると、小さな街に着く。しかし、そこもサタン城に続く道ではない。
最後は、正面に見える森。正に異世界にはよくある、迷いの森である。この迷いの森を抜けると、サタン城に行くことが出来る。
瀧川優と清三郎は、それぞれ、我が子をだっこしながら迷いの森に迷い無く入る。
迷いの森とはいえ、瀧川優と清三郎は一度この森を抜け出している。初見であれば自分の位置を見失い、森を抜け出すのも困難を極める。
だがそれは、この迷いの森が、似たような木々を人工的に植樹したかのように等間隔に生えていて、目印となるものが無いため、迷いやすくなっているだけの只の森だ。魔界の妖しい魔力的ななんとかとか、先代サタン王がなんとかした等とかは、一切無い。なので、道さえ解れば迷うこと無く森を抜け出せる。
迷いの森に入ると、恵ちゃんと卓人くんは、抱っこされていた為か、歩行の振動によるものか、スヤスヤと、寝息をたてていた。
その寝顔をみた瀧川優は、母親の笑みを浮かべる。
「まったく、無邪気なもんなんだから」
「そうだな、寝顔を見ると、いつも起こすのが可哀想になるくらい、可愛くなる」
瀧川優と清三郎は、お互いの子供が寝入ったため、会話を始める。
「そうね……。起きている時は、はしゃいで……、あ! 危ない!!」
我が子が寝入った為か、瀧川優は気が緩んでしまい、卓人が後ろへだらんと力無く倒れていくのを、すんでのところで支える。
「あー、危なかった! もうちょっとで卓人を落とす所だったわ」
「本当、寝ても覚めても、子供からは目を話せないな」
「本当にそうね……。じゃあ、ここは森の抜け方も解っていることだし、子供達が寝ているうちに早く行きましょうか? 清三郎」
「そうだな、そうしよう」
そう話すと、瀧川優と清三郎は足早に迷いの森の中を歩いて行く。
道さえ解れば何の問題もなく抜けられる迷いの森……のはずだったのだが……。
「そっちじゃないわよ! 清三郎!!」
「お、おう? そうだったか?」
「清三郎! どこ行くの!? そっちに行ったら崖から落ちちゃうわよ!!」
「す、すまん、すまん」
てんであさってな方向を行く清三郎を、瀧川優は大声で連れ戻す。
「もう、全然覚えて無いんだから!!」
「申し訳ない……」
清三郎は瀧川優に導かれ、迷いの森を後にした。
迷いの森を抜けると、なだらかな坂があり、そこから広大な草原がある。そして、肝心のサタン城は、瀧川優と清三郎がいる場所から、ちょうど正面の位置にある。
「ここまで来れば、後は楽なもんね」
「ああ、真っ直ぐ行けば良いだけだからな」
瀧川優と清三郎は軽く言葉を交わすと、サタン城に向かって歩き始めた。
ついにサタン城の城門前までたどり着いた、瀧川親子と清三郎親子。
「う、う~~ん?」
「あ、ふああぁぁ……ん」
ちょうどその頃、卓人くんと、恵ちゃんが眠りから眼を覚ます。
「あ、ようやくお目覚めですかー?」
瀧川優が卓人を足からゆっくり地面に降ろす。
「んー……?」卓人くんは、まだ眠そうに眼をこする。
「目が覚めたか? 恵?」
「うん……。おはよう……、お父さん……」
清三郎も恵ちゃんをゆっくりと地面に降ろす。
「あれ? もしかして、着いたの……? お父さん」
「ああ、ここが、サタン城だ」
清三郎が恵ちゃんに説明する。
サタン城の城門は大きなランセット・アーチを描いている。
コンコン
その城門を、瀧川優は何のためらいも無く、ノックをした。
「すみませーん」
何の警戒心も感じない声が中からする。
「はいはい、どちら様ですか?」
ギキィィ……。
一人の悪魔が、城門を静かに開門する。
瀧川優は、その悪魔に尋ねる。
「あのー、ベルゼブブさんと、さたんちゃん、いらっしゃいますか?」
すると……、
「勇者だー!! 勇者が攻めて来たぞー!!!!」
「えーーっ!!」
そして、話は冒頭に戻る。




