第4話 『クナンの洞窟』まで、あとどれくらい?
スプリハルの街を出る頃、遠くの方から鐘の音が8回なる。四人は、クナンの洞窟がある方角、西北西に向かって歩き始めた。そこはすでにバルカス王国の領外、小岩や草花がまばらにあるだけの殺風景な道なき道を行く。
途中、小休止を取りながらしばらく歩いていると、林道にたどり着く。その林道は一本道で、魔界に誘うかのよう。四人が、林道を歩いていると、微かに響く鐘の音が11回耳に届く。
それから少し歩いて行くと、突き当たりに、クナンの洞窟の入口が見えてくる。
「いやー、結構時間、かかったわねー。もうちょっと早く着くかと思ったけど」
「途中、休憩しながら来たから、しょうがないさ」
瀧川優と清三郎は、クナンの洞窟の入口で言葉を交わす。そして、瀧川優は息子の卓人に尋ねる。
「卓人、どうする? ここで休憩してく? 中に入っちゃうと、途中で休めないぞ?」
「さっき少し休んだから大丈夫ー!!」さずがは子供の卓人くん。体力が有ります。
それを聞いた瀧川優は、
「おー? 言ったなー? 中に入ってから疲れたと言っても、お母さん、だっこしてあげないぞー?」と、卓人に念をおして聞く。
「大丈夫だもーん!!」卓人くん、元気♪ 元気♪♪
「恵は大丈夫か?」本明清三郎も、自分の娘に聞く。
「私は大丈夫よ、お父さん」恵ちゃんも、答えを返す。
「そうか。よし、じゃあ、中に入ろうか、優」
「そうね。じゃあ、クナンの洞窟の中に入ろうー!!」
「はいろうー!!」
清三郎が瀧川優に話しかける。それを聞いた瀧川優は、右腕を高らかに挙げ、声をあげる。そして、卓人くんはつられて、一緒に右腕を挙げ、声あげる。
そして、四人はクナンの洞窟に入っていった。
普通、洞窟は中が薄暗かったり、真っ暗だったりするものだが、クナンの洞窟は違う。中は鍾乳洞のようになっていて、天井から垂れ下がっている鍾乳石みたいなものが、青白く発光して、それが、洞窟全体を照らしている。道はまっすぐ一本道で、分かれ道や、崖を登り降りするような所もなかった。
魔界と人間界をつなぐ、唯一の道。それ故に、魔族が魔界から押し寄せ、ふたりの勇者がクナンの洞窟を切り抜けるのは、艱難辛苦だった。
一本道のため、魔族に道は塞がれる。かといって、人間界に逃げ出せば、魔族が襲いかかっきて、そのまま人間界に雪崩れ込んでくる。
正直、サタン城に攻め入った時よりも、クナンの洞窟を抜け出す方が大変だっただろう。
だが、それも、昨日までの話。今日からは魔族が攻め入ってくることは無い。
「向こうから何かくるわ。お父さん」
クナンの洞窟に足を踏み入れてから、少し経つか経たないか、恵ちゃんが奥の方を指差した。
確かに、奥の方からバサバサと羽音を鳴らして何かが近づいてくる。
それは一匹の悪魔ガーゴイル。四人が、ガーゴイルとすれ違った時、
「こんにちはー」
「ああ、どうも。こんにちは」
「これから、どちらに行かれるのですか?」
瀧川優が挨拶をし、ガーゴイルが挨拶を返す。清三郎が行き先を聞くと、
「ええ、これからちょっと、人間にとり憑きに人間界へ」
と、答えるガーゴイル。
「貴方達は、どちらへ?」
「これから、娘と一緒にサタン城まで遊びに」
今度は、ガーゴイルが行き先を聞き、清三郎が答える。
「そうですか。では、道中お気をつけて」
「ありがとうございます。では、これで」
ガーゴイルと清三郎が別れの挨拶をし、お互いにその場を立ち去ろうとした時だった。
「ちょっと待て」
人間界に抜け出ようとしたガーゴイルの右肩を、清三郎はシッカと抑えていた。
清三郎が、野良(?)ガーゴイルの頭を木刀で強打すると、頭を腫らしながら「覚えてろー!」と、ありきたりの捨て台詞を吐きながら魔界へ逃げ帰って行った。
「逃がして良かったの? お父さん?」
「まあ、無理に捕まえることも無いだろう」
悪魔を逃がして不安がる娘に、清三郎は毅然と答える。
「さあ、奥に進もう」
と、清三郎は言い、四人は再び歩を進めた。
しばらく歩いていると、外光が射し込んでくる。いつもなら外光が強く感じるのだが、クナンの洞窟は自然発光しているため、外光があまり気にならない。
外光が見えるということは、出口が近いということ。とはいえ、出口はまだ小さい。四人が出口に向かって歩いていると、卓人が、瀧川優の左足に抱きついてきた。
「お母さん、つかれたー!」
瀧川優は、卓人を左足から離すと、そのまま目の前に屈み、やんわりと話す。
「ほら、卓人ー? だからお母さん言ったでしょー? 洞窟入る前に休んだ方がいいって! 中に入ってから疲れたと言っても、だっこしないって、お母さん言ったよね?」
「ううーっ!! だって、大丈夫だと思ったんだもん!」
卓人くん、お母さんに駄々をこねます。
「お母さーん! もうつかれちゃったよー! あるけなーい! だっこしてー!!」
「ほら、もうすぐ出口だから、卓人、自分で歩いてきなさい?」
「足いたいー! もうむりー!! だっこー!!」
駄々をこねこねする卓人くん。何とか歩かせようとする、瀧川優。その様子を気にした清三郎が、声をかける。
「なあ、優、大丈夫か?」
「ああ、ご免なさい、清三郎。私達なら大丈夫だから、先に行ってて良いよ。直ぐに追いかけるから」
「そ、そうか、分かった。じゃあ、恵と先に行ってるから。出口の所で待ってるよ」
瀧川優に促され、清三郎は、恵ちゃんと先に行くことにした。
瀧川優と、卓人くんの攻防は続きます。
「ほら、卓人が駄々をこねてるから、さぶおじちゃん(清三郎のこと)と恵おねーちゃんが先に行っちゃたよー?」
「ううーっ!! やーだー!! 置いてかないでー!!」
「じゃあ、卓人、お母さんと一緒に出口まで歩いていこっか?」
「むりー!! あるけなーい! だっこしてー!!」
意固地になる卓人くん。瀧川優、すっくと立ち上がると、ついに伝家の宝刀を抜きます!
「じゃあ、お母さんもうしーらない! 卓人のこと置いて、お母さんだけ先行っちゃうから!!」
と言うと、卓人くんに背を向け、歩きだしてしまいます。
「やだー!! お母さん!! 置いてかないでー!!」
一人うずくまっている卓人くんを置いてどんどん先に行く瀧川優。
「お母さん!! おかーさーんー!!」
瀧川優は、どんどん出口に向かって歩いて……いっているようで、実際は遅歩き、時々卓人の方を振り返る。
それでも出口に向かって歩いていると、清三郎親子に追いつく。