明石日摘は解答する シリーズ1 火を吹く呪いのビデオの怪!
月曜日の気が重い授業から解放された放課後、帰り支度を済ませた私に一人の女子生徒が話しかけてきた。
「明石、ちょっと相談いいかな」
彼女は私、明石日摘に用があるらしい。この女子は私の友人で望月という。私が帰宅部な一方、彼女は映像研究部に所属している。私も入学当初はテニス部に属していたが顧問とソリが合わず、すぐ退部してしまった。
望月からは度々相談や頼まれごとを引き受けている。今回もそのたぐいだろう。今度の内容はなんだろう。金銭面と恋愛面に関してはまともな回答は出来そうにない。
彼女は私の隣の机に腰掛けた。
「あのさ、呪いのビデオって知ってる?」
「ああ」
気の抜けた声が出た。こいつはクイズでも出しているのだろうか?私だってそれくらいは知っている。ビデオを観たら死ぬというホラー映画の題材になった逸品だ。その映画は観たことがないけれど。
「呪いのビデオってあの貞子がぬぅっと出てくるやつ?」
「それは映画の話でしょ」
「望月映研でしょ。もっと映画を信じなよ」
「うるさいな。それより知らないの?最近学校で噂になってるやつ」
「知らないかな」
残念なことに、そんな噂は聞いたことがない。交友関係は人並みだと思うのだが。
「知らないか。まあいいや。そのビデオがさ、問題なんだよ」
望月は声をひそめた。
「噂ではうちの部の保管庫に呪いのビデオがあるってことになってるらしくて、なんかそれっぽいのが見つかったのよ。だからさ、上映会を開いてみた」
「なんで?」
そんなのがあるなら私も観てみたかった。私はオカルトが好きだし、その実在だって信じたい。ただ世の中にあるオカルトの大半はインチキか勘違いだから懐疑的になっているだけだ。でも何故わざわざ上映会なんてしたんだろう?
「文化祭近いじゃん。そこで上映しようと思って。例年自主制作ものを出してるけど、今年は間に合わなそうなんだよね」
「それはあんたが部長になったからでしょ」
今の映研は望月の旗振りで映画の視聴や自主制作作品の撮影を行っているのだが、望月にまともなスケジュール管理なんて期待できない。地図を読めない人に舵取りをさせるようなものだ。
彼女は頭を掻いた。
「いやーお恥ずかしいな。ビデオの話に戻るけど、もし本物だったら学外の人に見せるのはまずいでしょ。まず学内で効能を確かめておこうと思って」
望月は心霊なんて信じていない。ただ面白半分に上映しただけだろう。これはそういう女だ。
「で、その呪いのビデオがどうしたの」
「本物の可能性が出てきた」
私は呆気にとられてしまった。そのへんの高校に呪いのビデオなんて転がってるはずがない。いやでも何処にでもあるからこそ都市伝説らしさが増すのかも。
「いや、あんた生きてるじゃない。事前に観たんでしょ」
そういうと彼女は首を振った。
「いや、観てないよ。赤信号も皆で渡れば怖くないっていうじゃん。気持ち悪い映像だったら嫌だし」
呆れた。ぶっつけ本番とは恐れ入る。
説明を求めると、彼女は応えてくれた。
「上映会で再生してみたんだけど、映像自体は酷いノイズが乗りまくりだった。なんか林みたいなものが映ってたんだけど、縦横に線が走ってるし色は悪いし最悪だねー。DVDがいかに優れてるか実感した」
DVDの良さが実感できたのなら上出来だ。こいつも映研冥利に尽きるだろう。そもそもビデオなんて私たちが生まれた頃にはもう廃れてるし。
「ちゃんと聞いてる?」
望月は怪訝な顔をした。
「聞いてるよ」
そう言うと彼女はビデオについての話を再開した。
「それでね、再生始めて1分くらいかな。急にビデオデッキが火を吹いたんだ」
それはおかしい。私の知ってるビデオはもっと安全だったはずだ。私は吹き出しそうになった。
「火を吹いたら呪いのビデオなの?大方デッキが故障してたんでしょ」
「いやそんな事ないよ。DVDになってない映画を観るために今年の春に使ったけど、そのときはちゃんと動いたし」
「火を吹くってデッキが燃えたの?」
「いや、ビデオを入れる口から一瞬、火が出てきただけ。ボヤにもならない小さい火だったから大事にならなかったけど」
ふーん、たしかにおかしな話だ。火を吹くビデオね。本物だったら確かに呪いかも。
火が関連するオバケといえば、パッと思いつくのは鬼火や人魂、海外ならウィル・オ・ウィスプ。天狗が炎を出すという伝承がある地域もある。都市伝説ならば人体自然発火も有名だ。でもそういった有名どころの超常現象たちがわざわざビデオに出演したと考えるよりは、なにがしかの故障が起きたと考えるほうが自然だ。
「それを私に話してどうするの」
「いや明石こういうよくわかんないもの調べるの得意じゃん。勘も鋭いし。よく猫見つけて感謝されてるっしょ。だからさ、これが呪いかどうかわかんないかなーって思って」
私は何度も町内の迷子猫を見つけたり他人の失くし物を見つけたことがあるが、霊能力者だと思われるのは心外だった。
「まずオカ研に聞いたら」
オカ研はオカルト研究部だ。よくわからなさでは私よりこちらに軍配が上がるだろう。
「言ってなかったっけ?上映会にはオカ研も来たんだよ。みんなビデオが燃えた時点ですっかり本物だって信じてるみたい」
「それは今はじめて聞いた」
「そうか。で、これ解決できたら好きなお菓子でもレストランでも奢るからさ、いっちょ頼むわ。正直気味悪いんだよね」
彼女は両手を合わせてせがんできた。何でも奢ってくれる?それいいね。
「乗った。その約束忘れないでよ」
「いいね!それじゃ映研の部室で取り出したビデオの現物見られるように話通しておくから後で来てね。では」
そう言うと望月は親指を立てたポーズで教室を出ていった。映画の影響か彼女はこういうちょっと古くさい仕草が好きだ。
私はのんびり荷物をまとめて教室を出た。まっすぐ部室棟には向かわずに、途中に備え付けの自販機で缶コーヒーを買った。頭を使う前のコーヒーはブラックに限る。なんとなく頭が冴えるような気がするからだ。
映研の部室を尋ねると望月ではなく知らない男子が迎えてくれた。
「望月から話は聞いてます。星野です。よろしく」
「明石です。はじめまして」
「きみ2年生?ため口でいいよ」
星野と名乗った男子は、面長で制服を着崩すこともなく、几帳面そうな印象を受けた。一方彼の印象とは対照的に、部室内は雑然としていた。部屋中央に備えられた机に映画のDVDが散乱しているし、自主制作映画の撮影に使うのであろうカメラやマイクが部屋の隅に転がっていた。これは間違いなく望月の仕業だろう。あれは手の届くところに必要なものが有ればいい、がモットーなのだ。
「ありがとう。ええと、それで件のビデオはどこに?」
室内に転がっているのは円盤状のメディアだらけで、昔に教科書で見たようなテープは見当たらない。
「保管室に置いてあるよ。こっちに来て」
彼が指差すまで気が付かなかったが、ここには隣室があり、そこが保管室らしい。星野と共に保管室に入ると、埃っぽい空気が漂っていた。室内には壁一面に本棚が置かれ、そこにDVDやビデオのケースらしきものがぎっしりと収められていた。部屋の隅にはビデオが黒い山のように積まれていた。部屋の角にはサイドテーブルがあり、その上に乗っているものが噂のテープらしい。
「はい」
そう言って星野に手渡されたテープは思ったより重かった。
「VHSって言うんだよ」
VHSを実際に見てみたのは初めての経験だった。正面にあるクリア部分から巻かれた黒いフィルムみたいなものが見える。これに映像データが収められているのだろう。セロハンテープを収めるケースがあるのならこんな感じだろう。蓋らしき所を開けると直接フィルムを見ることができた。火で焼き切れたのか、中心辺りでぷっつりちぎれて、熱で水飴のようになっていた。それがまるでカエルの舌のようにでろりと垂れた。
「思ったより大きいんだね。これ今日借りていっていい?」
彼は承諾してくれた。
まあ借りていってもこの惨状じゃ再生するのは無理だろうな。でも何か手がかりがあるかも知れないし。
保管室を出て部室に戻ったところで、星野くんに事件当時のことを聞いた。
「このビデオが燃えた時に何が起きたかを話してほしいんだけど。なるべく細かく」
彼は腕を組んで説明を初めた。
「事件が起きたのは金曜の放課後だよ。空き教室を使ってビデオの上映会をしたんだ。これは望月から聞いてるよね。1分くらい再生したところで、画面に何か文字が映ったんだよね。それをはっきり見ようとして一時停止したんだけど、その後デッキの投入口から火が出たんだ。皆焦ってさあ、望月が水を持ってこようとしたんだけど俺が全力で止めた。消化器のほうが早いしさ。でもそれを持ってくる前に火は消えたよ。消化器ざたになってたら休部になってたかも。よかったよかった」
映研が活動停止になったら望月も相当落ち込んだだろうし、さほど大事にならずに済んだのはよかった。
「上映したときには何人いた?」
「うちとオカ研と、あと知らない人が4、5人だった気がする。オカ研には前から直接声かけたんだ」
ビデオの噂が広まっている割に来場者は少なかったらしい。私も知らなかったわけだし、あまり大きく喧伝しなかったのかも知れない。それか呪われるのを怖がったのかも。
「オカ研じゃない人達って誰かわかる?」
映研とオカ研以外の目撃者からも話を聞いておきたかった。
「ごめん、それはわからない。特に顔が広いわけでもないしさ」
わからないものは仕方がない。私は素直に諦めた。星野くんに礼を言って、オカ研の部室に行くために退室しようとしたところでドアが開き望月が入ってきた。私と同じくらいの背丈の男子を連れている。男子平均からすると。やや小さい。
「あ、明石だ。ビデオ見た?」
彼女は机に鞄を乗せるとビデオの件を聞いてくる。
「見た。確かに火で炙られたみたいな状態だね。これ今日借りてくから」
「それは別にいいんだけど、中身観たら呪われるぞ。観たくても観られないと思うけど」
「あんた呪いなんて信じてないでしょ」
そう言うと望月は皮肉っぽく笑った。
「ついでに望月の話も聞かせてよ。事件当時のこと。そっちの人も映研?あなたからも聞きたいです」
望月と一緒に入ってきた男子は長谷くんというらしい。彼は1年生で、星野くんと同じようにきっちりと制服を着込んでいた。この部室では、ズボラでがさつな正確の望月が特異的存在なのかもしれない。この2人の話は星野くんから得たものとそう変わりなく、特に有益な情報は得られなかった。
「ありがとう。事件発生時のことはもういいわ。ところで映研でもオカ研でもないお客について知らない?何人かいたらしいけど」
「いや、知らない人だった。長谷は知ってる?」
「いや、俺も知りません」
こちらも収穫なし。まあ映研の宣伝を聞きつけて来ただけの人の居場所がわかるはずもなし。別にいいや。
ふと気になったことがあったので尋ねてみた。
「ビデオの噂っていつ頃知った?少なくとも私は今日聞くまで知らなかったんだけど」
そう言うと望月は毛先を指でいじってどこかに視線を走らせた。
「私が聞いたのは先週の月曜だったと思うんだよね。自信はないけど。星野と長谷は?」
「俺も月曜」
「俺も」
三人全員が月曜に噂を聞いている。ただの偶然だろうか。噂というものは人から人へ伝播する病気のようなもので、それをキャッチするまでに個人差があるのが自然なのだけど。
「どういう経緯でこのビデオを見つけたの?」
これも気になる。
「それは長谷が詳しいよ」
星野がそう言うと長谷が照れくさそうに笑った。
「いや、幸運だっただけです」
「呪いのビデオを見つけて幸運ってどうなの」
確かに貴重な経験だとは思うけど、私としては遠慮願いたい経験だった。
「いつ見つけたの?」
「水曜日です。保管室の片隅にVHSが山みたいに積み重なってますよね?あの中に転がってたんです。部室に誰もいなかったから1人でビデオを入れ替えては再生し続ける羽目になったんですけど、大変だったなぁ」
長谷くんはそう言った。あの大量のビデオを片っぱしから再生したのだろうか。今私が持っているビデオには特に「呪いのビデオ」なんてラベルが貼ってあるわけでもない。その疑問を尋ねると彼は快く答えてくれた。
「そうです。開幕10秒でこれだって確信しました。意味不明な映像でしたから。正直な所、本物でも偽物でもどっちでもよかったんですけどね。文化祭用の映画が撮れなかった分の穴埋めでしたから」
「いやあ、ごめんね」
望月は特に悪気なさそうに言った。
「それで、その時は全部見たの?」
「いや観てません。というか部員全員、上映当日まで再生してないと思う。気味悪いし。赤信号皆で渡ればって言いますから」
望月と同じことを言う。気味が悪いものに触りたくない気持ちは正直わかる。私も送り主不明の手紙とか触りたくないし。上映会を楽しみたいという気持ちもあったのだろう。
ひとまずこれで聞きたいことは全部聞けたかな。次はオカ研から話を聞きたい。
私は映研にお礼を言って部室を出た。オカ研の部屋は部室棟の角部屋だ。部室のドアをノックしても反応がない。今日の活動は終わったか、そもそも月曜日は活動日じゃないのかもしれない。
外もすっかり日が暮れていたので、今日はオカ研は諦め帰宅することにした。15分ほど歩くと自宅に着いた。夜、入浴を済ませると私は自室でビデオを詳しく検分することにした。
片面もは半円形をした透明な箇所が2つある。そこからは巻かれているテープ部分が見えている。もう片面には白いレモン絞り器を下から見たような窪みが2つ。ここを回すとテープが左右に動く仕組みらしい。特にラベルはなく全体が黒い。蓋を開けると切れたテープが覗ける。昼間見たときと何ら違いはない。
「うーん、やっぱりデッキ側の故障かなー。細工でもしてたか」
そう言って私はパソコンを立ち上げ、ブラウザを起動した。ビデオが最盛期だった頃は、今ほどインターネットが発達していなかったに違いない。検索エンジンだって今ほど洗練されておらず、もっと精度が低かったのかも知れない。索引がめちゃくちゃな辞書を使うようなものだろう。私は自分が生まれる前の時代に思いを馳せた。
ビデオデッキの構造について検索すると、いくつか解説が乗っているサイトが出てきた。クリックして開く。デッキの中身は思ったよりも単純な構造だった。基盤とビデオを固定する部位と、そしてヘッドドラムだ。このドラム状の部位にテープを押し付け高速回転させることで記録された磁気情報を読み取るらしい。思ったよりも内部には空間があるようだ。どこかに火花を散らす発火装置を仕込めば、内部のホコリを燃やすこともできるかもしれない。
デッキを解体するのは面倒だしやりたくない。正直な所やり方もわからないし。でも行き詰まったらやらざるを得ないだろう。まずは明日オカ研から話を聞いてからだ。
本当に霊的存在による仕業だったら面白いな。私はそう思いつつ布団に身を沈めた。自分で思っていたよりも疲労がたまっていたらしく、あっという間に眠りに落ちることができた。
翌日、楽しい授業が終わると私はオカ研の部室に向かった。今日も休みだったら非常に面倒だ。幸いにもどうやら今日は活動日らしく、ドアの前に立つと談笑する声が聞こえた。
ドアをノックして声を張る。
「すいません。オカ研の方々にちょっと聞きたいことがあるんですけど!」
こういう胡散くさい人たちと話すには気合が重要だ。私は腹部にぐっと力を込めた。
「はいはいー。どちらの方で?入部希望者?」
断じて違うぞ。科学では説明できない本物の超常には興味があるけれど、オカルトというラベルが貼られただけでそれを盲信するような人間ではないのだ。フーディーニもあの世から私を見て喜んでいるだろう。
「失礼します」と挨拶して扉を開けると、想像とは裏腹にきちんと片付いた清潔な部屋が広がっていた。オカルト研究なんていうから、部屋中黒い布で覆われた陰気なものを想像していただけに尚更驚いた。オカルトっぽさを感じさせるものは本棚に収められたそれ関連の本と、部屋の隅に置かれた用途のよくわからないアンテナくらいのもので、それをのぞけばモデルルームの一室と呼んでもいいくらいだ。
部室にいたのは女子2人だった。
「すみなせん。この前ビデオが燃えた件についてお話を伺いたいんですが」
そう言うと女子の片方が立ち上がり歓迎してくれた。けっこうな美人だ。髪は背中まで真っ直ぐ伸びてるし、目鼻立ちもいい。歩くだけで男子の視線を集めるだろう。
「ああ、あれねー。すごかったんですよ。生で見た心霊現象って初めてだったから」
オカ研はもうあれが霊的現象だと決めつけているらしい。でもこういう視点からの情報を集めておくのも大切だ。本当に霊の仕業という可能性だって否定されたわけじゃない。
「はい。その心霊現象が発生した時の様子について調べてるんです。オカ研さんが協力してくれるなら助かります」
「いいですよ。あ、私はここの部長の久保寺です」
しまった。名乗り忘れていた。慌てて名を名乗る。
「2年C組の明石です。急に訪ねてきてごめんなさい」
久保寺さんは軽く微笑むと、部員2人と卓を囲えるよう椅子を用意してくれた。早速座らせてもらう。
「ええと、それで先週の金曜日なのですが、見たんですよね?呪いのビデオ」
「見たよ」
「見た」
肯定が帰ってきた。当然だけど。
「その時なにか気づいた事はないですか?変な音がしたとか」
映研が気が付かなかったこともオカ研ならわかるかもしれない。彼女たちのオカルティックな発見に賭けたい気持ちだった。
「音ね、ラップ音ってこと?そういうのは聞こえなかったかな」
ラップ音というのは代表的な心霊現象の一種で、何もない空間から原因不明の音がするというものだ。私は着火音だとかそういうのについて聞いたつもりだったのだけど、何にせよラップ音なしというのは犯人幽霊説に有利に働くことはないだろう。もし呻き声がしたとか部屋中でラップ音が鳴った、みたいな証言が出てきたらもう私の手に負える問題ではない。
「映像もおかしなことはなかったよ。いや、おかしいといえばおかしいんだけど。森とかどこかの校舎とか脈絡ない場面の繋がり方してたし」
「そう、リングに出てきたビデオに似てたよね」
もうひとりの女子が合いの手を入れた。
久保寺さんは話を再開した。
「心霊現象が起こる時には気温や気圧が急に変化するって説もあるけど、そういうのも私たちは感じなかったな。別にメーターとかで測ってたわけじゃないけどさ」
「あっでもさ」
名も知らぬ女子生徒が口を開いた。
「火が出る前のとこだけちょっと変だったよね。映像がさ。急に小さい文字が画面に並んでさ。なんて書いてあるのか読むために映研の人が一時停止してくれたんだけど」
「あっ、そうかー。字を読んでるところで火が出たんだよね」
たしか映研でも似たような話を聞いた。
「文字列の内容は?」
「恨み節だったかな。復讐を遂行しなければ、みたいな内容だったよ」
ここまで得た情報をまとめると、上映中の様子は次のようになる。
上映開始から1分間ほど極めて画質の悪い不気味な映像が流れる。急に文字列が並び一時停止をする。文字列の内容は恨み節らしい。途中で急にビデオデッキの挿入口から小さな出火は発生。消化器を使用する前に自然に消火。
やっぱり現状ではただの事故が起こったように思える。
その時私はふと思った。そういえば噂の内容とはどのようなものだろう?昨日映研には聞きそびれてしまったし、こういうのはオカ研のほうが頼りになりそうだ。私の耳には届いてなかったけど、それなりに流行しているらしい。私は尋ねることにした。
「そういえば、流れてた噂って詳しくわかります?私つい最近まで知らなかったんですけど、結局どんな内容かわからなくて」
「私も先週の頭に聞いたばっかだから知らなくても仕方ないよね。えーっと、この学校のどこかに呪いのビデオがあって、それを観ると呪われるらしい。いつから有るのかわからないけど、それを最初に学校に持ち込んだ卒業生には今じゃもう誰も連絡できないらしい、だったかな」
久保寺さんが笑顔で答えてくれた。
たわいない内容だった。でも何故だろう?この噂はなにか引っかかる。少しの違和感がしこりのように残ったものの、それはひとまず後に考えることにして私は立ち上がった。
「ありがとうございました。参考になりました。ところで、上映会に映研でもオカ研でもない人が居たようなんですけど、その人達のこと知ってますか?」
ダメ元で聞いてみた。正直その人達から話を聞いても、今まで以上の情報は出ない気がするけども、まあ一応。
「あー、1人だけなら知ってるよ。私のクラスの子。」
久保寺さんがそう言った。まさかの新証人登場だ。
「そうなんですか?その人のこと、よかったら教えてください。その人からも話を聞きたいんです」
私は上機嫌で言った。この嬉しい誤算は自分で思っている以上に私を興奮させたらしい。
「2のBの桜山さんって女子。上映会に来るくらいだから、こういうの好きなのかなって思って部に誘ったんだけど断られちゃった」
彼女はあっけらかんとした顔で笑った。
そりゃそうだろう。もう10月だし、本当にオカルトが好きならとっくに入部している。それにオカルトなんてキナ臭いものを扱った部活に入りたい人なんて少数派じゃなかろうか。えてしてうさんくさい場所にはうさんくさい人間が集まるものなのだ。
「桜山さんね。わかりました。すみません突然お邪魔して」
礼を言ってそこを後にしようとすると、久保寺さんが更に重要な情報をくれた。
「桜山さんなら陸上だからまだ学校にいると思うよ」
私は重ね重ね礼を言って退室した。
陸上部を見てみると絶賛活動中で、そこに割って入る豪胆さは私に備わっていなかったため、もう一度映研に寄ることにした。ビデオデッキをちゃんと調べておく必要を感じていたからだ。
「明石じゃん。どったの」
映研を訪れた私を迎えたのは望月だった。何かの映画を観ていたようでチョコレートバーを片手に持っている。
「あのさ、悪いんだけど当日使ったデッキを見せてくれないかな」
今まで聞いた話をまとめると、やはりデッキの方に何か仕掛けられた可能性が高いんじゃないかという気がした。幽霊以外が意図的に火を起こしたとするなら、内部に遠隔式または時限式の発火装置を仕掛けるのが一番手っ取り早くてわかりやすい。何故そんなことをする必要があるのかはわからないけど。
望月は快諾して、奥からビデオデッキを持ってきてくれた。嫌な顔一つ見せないイイ女だ。彼女は重そうにそれを室内中央の折りたたみテーブルの上に置く。礼を言うと早速調べてみる。
サイズは現代のブルーレイプレイヤーと左程変わらない。高さも同じくらいだ。黒いカラーをしたボディの前面におそらく再生中の情報を示すためのモニタと、ビデオを入れるための口がついている。投入口には暖簾状のカバーがついていて、そこにメーカー名が印字されていた
私はカバーを指で押し開け内部を覗いてみた。暗くてよく見えない。スカートのポケットからスマートフォンを取り出し、ライト機能をオン。今度はライトと共に覗き込んでみる。もし着火装置が仕掛けられたのなら、入り口そばに仕掛けられたはずだ。奥や基板側から入り口まで火を届かせると、大火事になってしまうからだ。何本かの棒が見えるけれど、火をつけられそうな機械は見受けられなかった。あるいは、既に取り去られてしまったか。
「そういえばさ、これリモコン操作できるんじゃないの?」
望月にそう尋ねた。リモコンが関係ありそうには思えないが、一応調べておくべきかな、と思ったからだ。
「あーちょっと待って」
彼女はそう言うとふらっと奥に置かれていたリモコンを取ってきた。こちらに投げてきたので受け止める。
リモコンは現代のものと見た目はそう変わらなかった。原理も同じなのかな?中心部に再生ボタン、その左に巻き戻しボタン、右に早送りボタン、上に一時停止ボタン、下に停止ボタンが振り分けられている。
これを使うなら、発射された赤外線をキャッチすると起動する着火装置を用意すれば……流石に無理があるかな?
「これ当日誰が操作してたの?」
「確か長谷かな。うちで再生と停止担当は長谷」
小間使いみたいな役を押し付けられた長谷くんには同情する。
長谷くんなら赤外線トリックが使えるな。でも流石にデッキ内にまで赤外線が届くか怪しいし、この線は完全に切ったほうがいいかもしれない。流石にトンデモ感があるし。
「ありがと。もう大丈夫。ところで望月、これ誰か開けて中身見たりした?」
「え、いや誰も触ってないんじゃないかな。流石に私が居ない時に分解されてたら分かんないなー。なに、分解された跡でもあった?」
そう言って彼女はテーブルに寝そべった。脇の袋からチョコレートバーを取り出し齧る。
「いや、私専門家じゃないしそういうのは分かんない」
「探偵であって電気屋じゃないもんね」
「探偵でもないよ。猫を見つけるのは得意だけど、人の不倫調査なんて私のガラじゃない」
ネコ探しは私の特技と言っても過言じゃない。近所で猫が消えた時、まず最初に私に相談が来るほどだ。狩人とか向いてるんじゃなかろうか。
「あんた奥手だからねえ」
望月はそう言って笑った。
「だまれ」
そう言い返してデッキいじりを再開する。そこで気づいた。遠隔着火マシンを取り付けるのは不可能だ。私はなんてバカだったんだ。
着火装置を装着する場所はビデオ入り口近くでなければならない。あっという間に火が消える程度の火力ではマシンの奥や右側にある基板部に取り付けた場合、入り口まで日が届かないからだ。
しかし入り口付近に取り付けるのも不可能。ビデオを入れた時に干渉してしまう。入り口周辺のスペースが思ったよりも余裕が無いのだ。仕掛けをしたなら、途中でビデオが吐き出されるか、上手くいっても何かに引っかかるような不審な動作になってしまうだろう。これでは誰かに不審に思われてしまうだろう。
これで、何らかの着火器を動作させた説は否定された。どうしよう。私の中だとこれが一番有力な説だったのに。こうなるとビデオに仕掛けがあるのかな?
「うーん。デッキに問題はなさそう。ところでこのビデオ、上映会より前に誰か持ち出した?」
「えー、私は知らないよ。というか誰か抜け駆けしないように鍵がかかる棚に入れておいたし」
誰も抜け駆けしてまで観たくないだろ。
「鍵は誰が管理してたの?」
「私だよ。一応部長だし」
彼女は諧謔めいた笑顔を見せた。
「じゃああんたならいつでも細工できたわけだ」
「冗談でしょ。それなら明石に奢るなんて話持ちかけないよ」
そりゃそうだ。まあ本当にそうだとなんて思ってないけど。
「テープを取り出したのは?」
「上映会から1時間くらい前かな。机の上に置いたから誰でも触れたと思うよ。まあみんな機材を運ぶのでドタバタしてたから誰か触っても気づかないだろうけど」
なるほど。上映会直前なら誰でもテープに触ることができたようだ。
私は机に転がっていた袋からチョコバーを取り出し、それをかじった。
「あ、泥棒」
「泥棒じゃなくて探偵よ」
夕刻、陸上部の活動が終わるのを見計らって部員に声をかけると桜山さんを連れてきれくれた。運動着の裾からはスポーツウーマンらしい鍛えられた手足が覗く。
「何か用?あなた誰?」
俊敏そうな見た目とは裏腹にのんびりとした声だった。
「ええと、呪いのビデオについて尋ねたいんですけど。あ、私2年C組の明石っていいます。よろしくおねがいします。それで、桜山さんはこの前行われた呪いのビデオ上映会にいましたよね?」
「うん、いたよ」
「その時なにか変なことが起きなかったか知りたいんですけど」
彼女は頭を軽くかいた。
「あーあなたもオカルト部?悪いけど私あれは心霊じゃなくてただの事故だと思うよ」
誰がオカ研か。
「いや違いますよ。私は映研に頼まれてあれが事故だったのかどうか調べてるだけです」
なんとか笑顔は崩さずにすんだ……と思う。
「そうなんだ。あれは事故だよ。大方ホコリが詰まってて静電気か何かで燃えたんでしょ」
「静電気でホコリが燃えますかね。ガソリンならともかく」
「じゃあたまたまガソリンでも中に入ってたんでしょ」
そんな馬鹿な。ビデオデッキにガソリンを詰める人間がいたら放火犯というより狂人だ。
「なんで事故だって思うんです?」
「焦げ臭かったから」
「はあ」
「なんか火が出る時になんか鼻にくるニオイがしたんだよね。ほんの一瞬だけど」
「それって誰かの香水じゃないですか?」
軽く香水をつけてる女子は少なくない。その香りが混じったのかもしれない。
「あんな香水つけてたら本人が倒れるよ。鼻が詰まってるんならともかくさ」
すくなくとも嗅いでいていい気分になるような香りではなかったようだ。でもこれは新情報に違いない。最前列で観ていた桜山さんのみが謎の香りを感じた。でもこれって重要な情報かな?
「で、そのニオイがあるとなんで事故なんですか?」
「霊がおこした火がこの世のにおいを持ってたら変でしょ。ヘドロや腐敗臭ならまだ理解できるけど」
彼女の中での霊界のルールではそうなっているらしい。突っ込むと面倒そうなのでスルーしておく。
「そういえば、なんで呪いのビデオなんて観ようと思ったんですか?」
この人は映研でもオカ研でもないのにわざわざ上映会に足を運んだ人だ。特に理由なく会場を訪れないだろう。
「友達が噂にビビっててさ。観ても死なないじゃんって笑い飛ばしてやろうと思ったんだ」
「どんな噂ですか?」
「あんた知らないの?学校に呪われたビデオが持ち込まれてて、それを観ると3日後に謎の死を遂げるって噂。映研にそれを隠した人は呪われててそのまま部室で死んだって話。馬鹿らしくない?」
「たしかにおかしいですね」
なんだか私がオカ研から聞いた噂とは違う。こんな内容だったっけ?
「それっていつ聞きました?」
「水曜」
事件の2日前だ。オカ研は週初めに聞いたそうだから2日の間に噂が変化したのかもしれない。
桜山さんはもう更衣室に戻って着替えたいと言ったので、私は彼女に礼を言って帰路についた。
屋根を橙色に塗った家々を見ながらのんびり歩いていると、ふいにオカ研で噂について聞いたときに覚えた違和感の正体に気づいた。
オカ研メンバーが聞いた週初めの噂は、ビデオを観たときに起こる祟りの具体性に欠けていた。噂というのは口伝されるにつれ、より刺激的に、具体的に変化していくものが常だ。つまり都市伝説としてどこか締まりのない週初めの噂は、生まれたばかりで原典に近かったと考えてもおかしくない。つまりこれは、この噂は誕生してから日が浅いことを意味しているのでは?
私はふと我に帰った。自嘲の笑みが漏れる。今現在、噂がどうして生まれたかなんてどうでもいい。今大事なのはビデオのことだ。私はそっちに集中することにした。
深夜11時、自室にて今日までに得られた情報をまとめてみる。
1:ビデオデッキに発火装置を仕掛けるのはほぼ不可能。ただし何らかのトリックが仕掛けられた可能性は否定できない。
2:再生開始から1分後、一時停止中に発火した。
3:火以外の霊的現象はなし。
4:最前で観ていた桜山さんのみ、一瞬だけ刺激臭らしきものを嗅いでいる。原因は不明。
5:テープは鍵をかけて保存されていたが、上映直前は誰でも触れることができた。
やはりテープが怪しい。そう思い私は再びビデオテープと対面した。
ビデオデッキに仕掛けがないなら問題はこちらにあるはずだ。思いもよらないトリックが仕込まれていたなら話は別だが。
テープは相変わらず焼ききれたフィルムを垂れ流し、縮れたコンブみたいになっている。
何の変哲もない焼けたテープだと思うんだけどな。四方からビデオを観察する。何も感じられることはない。
次にフィルムの焼けた部分をよく見ようと手に取ると、ベタッとした感触がした。フィルムってこんなにベタベタしてるの?そう思って他の部分を触れてみると特にそんな感触はしない。熱で変質してしまったのだろうか?気になってよく観察してみると、加熱部周辺だけ微量の黄色い粉のようなものがついていた。
私の頭に天啓が落ちた。なぜこれに気が付かなかったのだろう?鍵というものは、必死になって探していると意外と見落としてしまうものなのだ。私は自分の間抜けさがおかしかった。
これで犯人とその人が準備した仕掛けがわかった。これはビデオの呪いなんかじゃない。ただ、一つわからないことが有るので、それは明日犯人から直接聞き出そう。
翌日の放課後、犯人に声をかけ一緒に手近な空き教室に入った。
「呪いのビデオに仕掛けをしたのはきみだよね。長谷くん」
なぜ呼ばれたのかわからなかっただろう、今まで怪訝な顔をしていた彼の顔色が変わる。
「いやいや、なんで俺が犯人なんですか?」
「私もわからないのもそこなんだよ。まあこれはおいおい聞くとして、まず私が出した結論の答え合わせをしてくれるかな」
「とりあえず聞いてみますか。面白かったら部で撮る映画の次回作で脚本に抜擢してもいいですよ」
「ありがとう。光栄だわ。じゃあまずはビデオに細工されたタイミングから話そうか。これは単純。ビデオが発見される前か上映直前のどっちか。ビデオは鍵をかけて保管されていたんだから当然だよね。望月が持ってる鍵の合鍵が存在したら話は変わるけど、あいつは預かってる鍵を他人に渡すような人間じゃない」
「合鍵を作る意味がないから当然ですね。望月先輩は基本的に毎日部室に来てるし」
長谷くんは落ち着きはらってそう言った。
「上映直前に細工されてないなら犯人はきみで確定。発見者だからね。細工済みビデオを用意できるもの。一方上映直前なら誰でも犯人たりうる。でもテープに仕掛けられたトリックを考えると、発見前に細工されたのが確定なんだよ」
「それで俺はテープに何をしたですか?」
「上映会では1分ほど再生したところで燃えたんでしょ?きみはちょうどその時間にデッキの読み込みヘッダに触れる部分に三硫化リンを塗ったんだよね?」
再び彼の顔色が変わった。青くなったり肌色になったり忙しい人だ。
「三硫化リンは100℃で発火する黄色い物体だよ。一般的なビデオデッキの読み込みヘッダは秒間30回転。1分も一時停止してればそれに近い温度になるかもしれないね。VHSの一時停止はヘッダの回転は止まらないからね。どうやって入手したのかは知らないけど、学校の薬品庫か、どこで擦っても火がつくマッチから集めたかってところかな。前者は科学部のつてがあれば可能だし、後者は少々調べれば通販でも手に入るからね。フィルムがベタついてたけど、細工部のそばに火が広がりやすいよう着火剤でも塗っておいたの?」
長谷くんは他人事のようにそっぽを向いている。それならそれで別にいい。最後にする質問に答えてくれさえすれば。そこでやっと彼が口を開いた。
「ビデオデッキに仕掛けがされた可能性は」
「それはかなり低い。火はテープ投入口に近いところで発生してる。火は投入口から見える程度で、ボヤになるほどの勢いでもなかったんだから当然の帰結だよね。でも入り口に仕掛けをしたなら投入時に引っかかりが生じる可能性が高い」
「うーんそうか」
彼は腕を組んだ。
「リモコンを操作してたのもきみ。長谷くんなら細工部がヘッダに時間丁度に一時停止できる。ビデオを撮ったのもきみでしょ。ならその時間に一時停止してもさほど不自然じゃない部分に仕掛けを用意できる」
そこで一度言葉を切った。一度空気を補給だ。長く話しすぎた。
「私はビデオの噂を流したのもきみじゃないかと疑ってるけどね。噂はおそらく先々週末か先週頭に生まれたんじゃないかな。こういうのに詳しそうなオカ研がキャッチしたのが先週頭らしいから。この噂が誕生して得をしたのは長谷くんだし。まあこれ幸いと噂に便乗したのか意図的に噂を流したのかはどっちでもいいんだ。本筋に関係ないから」
長谷くんはやっとこっちを向いてくれた。そうして腰に手を当てて言った。
「三硫化リンを塗ったのが事実だとしましょう。でも細工されたのが上映直前じゃないと何故いえるんですか」
私は呆気にとられた。こんなのイチャモンにもなってない。
「え、そんなの当たり前じゃない。テープを取り出してからは皆で準備をしてたんでしょ。ビデオデッキだって運び出すじゃない。それにテレビに繋いで細工する部分まで再生してるところを見られたら流石に怪しすぎるでしょ」
「ううん、やられたな。完敗です。全部当たり。ビデオに細工したのも俺だし噂を流したのも俺。関係者には謝らなきゃ。悪いことをしました。それで明石先輩はどうするんです?あなたには俺の仕業だって言いふらす権利がある」
彼は観念したようだった。
「言いふらしはしないかな。脚本係も遠慮しておく。望月には全部話すことになるけど。ところで一つだけわからないことがあるんだけど、教えてくれるかな」
「構いません」
彼は自嘲気味に笑ってそう言った。
「なんでこんなことしたの?人をビックリさせたかったとかそんな理由でボヤ騒ぎになるリスクを取るとは思えない。三硫化リンは微量だったけど燃えたときに有害なガスだって出るのに」
このガスが桜山さんが嗅いだという匂いの原因だ。
永山くんは今度は苦い顔になった。彼は顔がよく変化して面白い。
「それは本当に答えないとだめですか」
「どうしても気になるの。だってこれいたずらの域を超えてるよ」
これが私がずっと気になっていたことだった。
「うーむ、言いづらいですね」
どうにも歯切れが悪い。私は拝み倒すことにした。
「本当に知りたいんだから!お願いします」
私は何も悪いことをしてないのに申し訳ない気持ちになってくる。我ながら情けない。
私のお願い戦法が功を奏したのか、ようやく彼はため息と共に肩を落としながらも口を開いてくれた。
「久保寺さんです……」
「は?どういうこと?」
予想だにしていなかった名前が出てきた。理解できない。
「だからオカ研の久保寺さんです。オカ研に行ったのなら知ってますよね?映研で呪いが起きたらオカ研とちょっとは接点ができるかなって。それなら久保寺さんとも接点が生まれますから」
ははぁ、ここまで言われるとニブい私でも理解できた。そうかそうか、そういうことね。そうなると彼に根掘り葉掘り聞くのは無粋ってものだろう。
長谷くんのしたことは確かに危険だったけど、その動機は納得できなくもない。理解や同意はできないけど。
「話しづらいことも話してくれてありがとう。私の推理が正しいことも確認できたし、私の用はこれで終わり。それじゃあね」
私は達成感と共に教室を出ていった。今日はもう帰ろう。ちょっと疲れた。彼を罰するのは私のする仕事じゃない。
翌日、私は望月に嘘をついた。
「ごめん。結局ビデオの原因はわからなかった。多分ビデオ自然発火現象だと思う」
「かーっ、あんたに頼んだのが失敗だったわー」
彼女は芝居がかった仕草で肩を落とした。
「そうかー。さすがの明石先生でもわからないことはあるか」
「悪いわね。明石先生は探偵業には向いてないわ」
望月に真相は秘密にしておこう。今はまだ。
私は長谷くんと久保寺さんをもう少しだけ応援しておくことにしたのだ。うまくいくか走らないけど。
「あーあ、謎が解けたら駅前の高級中華奢ってもらおうと思ってたのにな」
「中華は無理だけど、安いものなら奢ってやるよ。今回尽力してくれたしな」
嘘の報告をしてるのに流石にそれは悪い気がした。
「いやいいよ。じゃあ代わりに面白い映画貸して。ビデオでしか見られないやつがいいな」
「面白い映画はどんどんDVD化してるんだけどな……」
彼女はそう言ったが、放課後にちゃんとVHSを貸してくれた。あの保管庫から持ってきたためか表面が埃っぽい。
なんでも、主人公が恋愛ごとに七転八倒する映画らしい。
確か子供の頃に自宅でビデオデッキらしきものを見たような気がする。帰ったらすぐデッキを探してみよう。でも今のテレビに接続ってできるのかな?
帰宅して押し入れを漁っていると、思ったよりすぐデッキは見つかった。しかしそこで私は困ってしまった。
ああしまった。我が家はベータ派だったのか。