ゾンビが跋扈する世の中にファンタジー世界の住人がやってきたようです
外はゾンビで溢れていた。
最初は何の冗談かと思った。けれど否応なしに現実を理解させられて、今ではゾンビを意識しない日はない。
生きるためにはいかにしてゾンビをかいくぐっていくか。食べるのも寝るのもゾンビ共を避ける、もしくは排除していかなければならない。
「冗談じゃない……」
まったくもって冗談じゃない。
こんなものは映画の中だけにしてほしかった。そもそも現実に起こりえるだなんて考えもしない。フィクションはあくまで作り話だろう。現実に現れていいものじゃない。
手に力を込める。金属バットのグリップの感触が返ってくる。今の俺の相棒だ。
目の前には昼間のスーパー。普段であればのどかな買い物風景が広がっているだろう。
しかし広がる光景は暗くなった店内にゾンビという名の買い物客。もちろん客ではないがその姿は主婦と思えるものばかりだ。生前の行動をトレースしているのかもしれなかった。
「また増えてるしよ」
このスーパーを訪れたのは一度や二度じゃない。ゾンビが大量発生してからは通っていると言っても過言じゃなかった。
安全に食い物を確保するために何体ものゾンビを殺した。死人を殺したというのもおかしな話だ。
それでも数日も経てばむしろ店内をうろつくゾンビは増えているくらいだ。たぶん俺は無駄な努力をしているんだろうな。
「ふぅ」
軽く息を吐く。
生きるためには戦いが必要だ。こんな時代に暴力的な意味でこの言葉を使う日がこようとは。まったく人生はわからないもんだ。
足音を殺して進む。ガラス越しに見るよりも店内は暗い。
聞こえるのは呻き声ばかり。げんなりさせられる。
俺以外にもこのスーパーを利用している人はいるのだろうか? いたらもっと早く食料が尽きているか。みんなどれほどの食料を貯蓄しているのだろう。もうずっと人に会ってない気がした。
一人で持てる量には限界がある。たくさん持っていきたいからって両手を塞ぐわけにもいかない。せいぜいが背中に背負ったリュックに入れられる量までだ。
目が慣れてきてから奥へと進む。
呻き声を上げてくれてるのでゾンビの位置は把握しやすかった。ゆっくりと、素早く、そうして進んでいく。
日にちも経っているので持って行くのは保存食ばかりになる。缶づめをリュックに詰めていく。背負うとカラン、と音が鳴った。冷やりとさせられる。
周囲を見るけどゾンビ共に気づかれた様子はなかった。ほっ、と安堵の息をつく。
ふと酒コーナーの文字が見えた。
……少しくらいならいいか。
魔が差した、と言えばその通りなのだろう。
言い訳をさせてもらえるのなら、ストレス社会もびっくりな超ストレスが溜まる状況なのだ。少しばかりアルコールを求めてもしょうがないのだ。
周囲の警戒を怠らないようにして缶の酒を手に取る。
リュックの中は缶ばかり。だからそれが少し増えたくらいで変わりなんてないだろう。そんな意味不明の根拠で酒をリュックに入れた。
またカランと音が鳴った。
「……っ!?」
目が合った。
その目はおばちゃんのものだった。白濁と淀んだ瞳がこっちを見ていた。顔色は青白く、気持ち悪いくらいにただれていた。生気のある人間じゃない。
呻き声が近くから聞こえないものだから油断していた。そうか、中には呻き声を上げない個体も存在するのかと頭の片隅で理解する。
「あ……あぁアア……」
今さらになって上げる呻き声に舌打ちしてしまう。
おばちゃんゾンビは両手を俺に向かって伸ばしながら早歩きになった。走れないくせに早歩きはできるらしい。
共鳴でもしたのかってくらいそれに反応して店内のゾンビの呻き方も変わる。
気づかれた! そう理解して、片手で握っていたバットを両手持ちに変える。
目に見える範囲にいるゾンビはおばちゃんだけだ。運悪く出口側にいる。最短ルートで脱出するためには倒さなければならない。
いや、倒すなんて生ぬるい。殺すのだ。これが初めてじゃない。やらなきゃやられる。俺はまだ死にたくない!
掴まれでもしたらやばいだろうが、鈍重な動きしかしないゾンビ相手なら単体なら戦える。
俺はバットを振り上げた。前進してくるおばちゃんゾンビの脳天めがけて凶器を振り下ろす。
硬い骨を砕く感触が全身を振るわせる。これが初めてではないくせに、一向に体は慣れてくれない。
頭蓋骨を割ったというのにゾンビはまだ動いていた。どうやら脳を破壊するまでには至らなかったようだ。
声を上げたくなるのを必死で堪える。二撃目を加えるとようやく停止した。
しかしゆっくりしている暇はない。時間をかけてしまったせいで他のゾンビが集まってきている。俺は倒したゾンビを飛び越えてダッシュで出口へと向かう。
「おいおい何でだよっ」
出口に辿り着いた辺りで、ガラス越しに外のゾンビまでこっちに向かってきているのが見えた。
店内のゾンビもわらわらと集まってきている。隠れてやり過ごすってのは無理だ。
「クソがっ!」
悪態をつかずにはいられなかった。
逃げる道を探すのなら外を出た方がいい。けれど外のゾンビは店内の数よりも多い。さっきはここまでの数はいなかったのにっ。一度集まってくるとキリがない。
外へ飛び出すとすぐに目を走らせる。安全ルートはどこか。
最初に俺がここまで通ってきたルートは大量のゾンビで塞がれていた。他の道を探さなければっ。
「この野郎っ!」
接近していたゾンビをバットで横殴りにする。倒れたがまだ動いている。構ってる暇はないので放っておく。
とにかく走った。少しでもゾンビの少ない方へと走った。
それでもわらわらとゾンビが溢れてくる。時にはバットをぶん回して強引に道を作った。
心臓がバクバクと煩い。疲れなんて感じる暇もない。とにかく脚を動かし、バットを振り回した。
「はぁ……はぁ……。う、嘘だろ……」
ゾンビの少ない方へと進んでいたはずなのに、気づけば囲まれていた。
四方八方から聞こえる呻き声が耳障りでしょうがない。
これまでにゾンビに食われる人間を見てきた。それはあまりにも酷くて。残酷という言葉が軽く思えてしまうほどの凄惨なものばかりだった。
それがついに俺の順番となったらしい。
「ふ、ふざけんなよ……」
声は震えていた。
あんなのに俺が? 想像しただけで震えが収まらなくなる。恐怖心が体を支配する。
迫ってくるゾンビの足音が、まるで死のカウントダウンのように思えた。
頭がおかしくなる、その時だった。
「と」
「わわっ」
頭上から声が聞こえたかと思えば俺は押し倒されていた。
まさかゾンビか!? そうパニックになりかけて視界に広がったのはまったく思いがけない人物であった。
「ふぅ、これはまた……良い状況とは言えませんね」
俺を押し倒していたのは、輝かんばかりの金髪をサイドテールにした少女。その美貌は神に愛されたのかってくらいに整えられていた。
驚くのはその少女の姿だった。軽装でいながらも鎧を身につけている。腰には剣らしきものも見えた。
まるでファンタジー世界の住人だ。さながら女騎士ってとこか。
「ちょっとクエミー、早くどきなさいっての。この人困ってるでしょうが。いやほんとすいませんねー。あははー」
愛想笑いをするもう一人の少女もかなりの美人さんだった。
艶めいた黒髪。彫の深い顔をしており、金髪少女と遜色ないくらいの美貌だ。
黒いローブにとんがり帽子。こちらもファンタジー世界の住人と言わんばかりの格好だった。姿の通りなら魔法使いだろうか。
黒髪少女が手を差し出して金髪少女を起こしている。二人の現実離れした容貌も相まって目を奪われてしまう。
だけどそんな暇はないとばかりに耳障りな呻き声が迫っていた。
「危ない!」
思わず声を上げていた。
ゾンビ共はもうすぐそこまで近づいていた。周りを囲まれているので逃げ場なんてない。この少女達では掴まれた瞬間に悲惨な結末が確定してしまうだろう。
そう思ったのに、それは信じられない形で裏切られる。
「エル」
「あいよ」
緊迫した様子もなく二人は動いた。
目にも止まらない速さで金髪少女が剣を抜いていた。瞬きする間もなく大半のゾンビ共の頭と胴体が分断されていた。
え、と呆けてる間もゾンビ共は数を減らしていく。黒髪少女は手をかざすだけでゾンビ共の体を塵に変えていた。まさに魔法のような光景だ。
しばらくも経たないうちにゾンビ共は一掃されていた。
「いきなり魔物と遭遇とは思いませんでしたね。大したことはなかったですが」
「魔物ねぇ……」
黒髪少女がきょろきょろと辺りを見回している。なぜか渋い顔をしていた。
そして周囲を窺っていた顔がこっちを向く。
「えっと、少年? いきなりでびっくりしてるかもだけど自己紹介させてね。わたしはエル。こっちはクエミーっていうの」
少年という歳でもないが、とりあえず頷いておく。
黒髪で笑顔を向けているのがエル。金髪で無表情なのがクエミーか。これ、やっぱり間違いなくファンタジー系列だよな?
「早速で悪いんだけど、この状況の説明をしてもらってもいいかな?」
遠くからは未だに耳障りな呻き声が聞こえてくる。
それでも、この不可思議な存在によって、人間ではどうにもならなかった最悪の状況をどうにかしてくれる気がしたのだ。
世界中にパンデミックが広がると大団円はファンタジーでも難しい気がする。蘇生魔法とか時間をさかのぼるとかの魔法だったら別なのかな。ゾンビ物は好きなのでいつかちゃんと書いてみたいものです。




