ミミとミミックとダンジョンマスター
「ミミックさん、ミミックさん、失礼します。」
真っ白の髪に赤い瞳、長い耳の生えた小柄な少女がいるのは、彼女に似つかわしくないダンジョンの1階である。
「今日はミミを食べますか?食べませんか?」
ミミはぷるぷるふるえる足を叱咤して、えいやっと宝箱を開けた。
「ミミックさんありがとう!大当たり。今日はポーションだ!」
彼女はふにゃっと笑って瓶を一度高く掲げ、まるで祈るように目を閉じてから慎重に腰にくくりつけると、気配を消し、おっかなびっくり帰っていく。
そんな姿をずっと見つめているものがいた。このダンジョンの最下層に位置する部屋、そこのおびただしい数の宙に浮いたモニターのようなものの前に青年は座っていた。
彼は、もうひと月もずっと毎日ダンジョンに来るミミを見ていた。
彼女が使えるのは、スキル“隠形”のみだ。初めは何て命知らずな、と呆れたものだが、今は、ミミの「ミミックさん、ミミックさん」が聞こえると宝箱の安全を確かめ、彼女が入り口に戻れるまでハラハラしながら息を詰めて見守っているのだ。
ミミがダンジョンから出ていくと彼、ルーヴェンはため息をついた。
面倒なことになったものだ。彼はもう一度深いため息をついた。万一にでも“ミミックさん”に会ったらあの子なんて一口でぱっくり食べられて死んでしまう。
そう、彼はいつの間にかあの小さくて真っ白な生き物に恋をしてしまったのだ!
恋をした彼は悶々と悩んでいた。危ないからもう来ちゃダメだよ。そう一言伝えれば彼女は来なくなってしまうかもしれない。でも彼女が死ぬところなんて見たくない!
他の冒険者も来る手前、ミミのためにモンスターを減らすことは出来なかった。
よし、そうだ、最後に一目会って彼女と話すんだ!
そう決めると彼は、夜の間にダンジョンをフルスピードで構築し直した。
そうして次の日がやって来た。
その日も、ミミは宝箱に話しかける。
「ミミックさん、ミミックさん失礼します。」
「今日はミミを……」
___食べますか?と続けようとした時だ。宝箱の一つ手前、ミミの乗っていたタイルがぐるんと回転する。
一定以上滞在すると発動する昨日までなかったトラップだ。
「ひゃぁぁ!」
ミミは真っ逆さまに落ちていった。ところどころグニグニするスライム?のようなものに受け止められつつ、何度か角度を変えて、どんどん、どんどん下に落ちていく。
やっと身体が止まる頃には、ミミはすっかり目をまわしてしまっていた。
「いらっしゃい。勇敢なうさぎさん。」
グラグラする視界にミミの兄ちゃんと同じくらいの歳の青年がうつる。
でも全然兄ちゃんとは違う。ぼーっとしながらミミは思った。
彼は高級なお人形みたいに整った綺麗な顔をしている。黒い髪、赤い瞳。魔物の証を持った彼はしかしどうぞ、とミミの手を引いて椅子に誘った。
そう、椅子だ。そこはまるで話に聞くお貴族様のお屋敷みたいだった。お茶を入れたカップを差し出されて反射的に受け取ってしまう。
「僕はルーヴェン。ルーと呼んで?君の名はミミでしょう?」
「……あなたは何?」
ミミは訳がわからなかったが、この青年が途方もない力を持っていて、ミミなんかひとひねりに出来てしまうのがわかった。温かい紅茶を持っているのに身体がぷるぷるふるえてしまう。
「そんなに怯えないでよ。困ったな。」
「僕はダンジョンマスター。魔王様からコアを預かってダンジョンを維持するのが僕の仕事。ここから君のことをずっと見ていたんだよ。なんでミミはあんなに危ない真似をしていたんだい?」
それが聞きたくて特別に呼んじゃった。彼は軽く言うけど、ミミを本当に心配してくれているみたいだった。
おずおずと紅茶に口をつけて話し出す。
「ミミはこの近くの村に住んでいるの。でもこの間11人目の兄弟が生まれて、とてもじゃないけど、父ちゃんと母ちゃんのの稼ぎじゃ足りなくなったの。」
「兄ちゃんはとっても怠け者でいつも“ミミがミミックに食べられたら仇を取りに行くからさ”って言って働いてくれないの。」
ルーはじっと黙って話を聞いていた。
「ルー。もしかして、宝箱の中身をいつも危なくないものに変えていてくれたの?」
「……本当はいけないことなんだけどね」
彼は苦笑する。
「ごめんなさい。本当は理由はそれだけじゃないの。父ちゃんと母ちゃんが言ってるのを聞いちゃったんだ。一番上のお婿に行った兄ちゃんみたいに、もうミミを嫁にやるしかないって」
「知らない人と結婚するなんて絶対嫌っ」
ミミは泣いていた。
「だから、本当にミミックさんに食べられちゃってもしょうがないやって、そっちの方がいいやって思ってた。ごめんね。ルー。ミミのせいで困らせて。」
ひっくひっくという嗚咽が漏れる。どうやら涙は枯れることはなさそうだった。
「ごめんねっ。誰にも相談出来なくて。涙止まらないや。」
ルーはじっとミミを見つめていたけど、ふいにぐっと距離をつめた。
ミミの濡れた瞳にはルーしか映らなくなる。
彼は目を閉じるとミミの小さな唇にちゅっととかわいらしいキスをした。
ミミはただでさえ大きな目をこぼれ落ちそうなくらいまん丸に見開いた。
「止まったね。涙。」
からかうようなルーの言葉にミミは真っ赤になる。
「ミミ、僕じゃダメかい?」
唐突な言葉にミミは小首をかしげる。
「君が好きなんだ。僕のところにお嫁においでよ」
ミミックさんじゃないけどね。と彼は笑う。
ミミはびっくりしてあわあわして顔を手で覆った。
「ね?」
優しい言葉でたたみかけて、ルーはふんわりとミミを抱き寄せる。
そうか、ルーはいままでずっと影からミミを守ってくれていたんだ。思い出して一気に熱がぶわっと押し寄せて顔が真っ赤になる。
よしよし、と髪を撫でて、にこにこするルーの腕の中で、しばらくしてからミミはこくりと小さく頷いた。
「兄ちゃんたちに知らせなきゃ」
ミミが言うとルーはふむ、と考え込んだ。
「うーん。あんまり人が入って来るのは困るんだけどなぁ。」
でも、家族には会いたいよねぇ。と続けて
「そうだ、手紙を書いとくよ」
僕に任せて。とルーがあんまりにも嬉しそうに言うから。ミミはうんといってルーを抱きしめ返した。
翌朝ミミの家届いた手紙には
ミミはミミックさんに食べられました。___ダンジョンマスターより。
と書かれていたという。
「ぱっくり食べちゃう予定ではあるし、ある意味間違いではないよね。」
「何か言った?ルー。」
「いや、なんでも。」
後に手紙を読んだ兄ちゃんが真面目に剣の稽古をしてダンジョンに乗り込んで来たり、子うさぎが増えてミミが里帰りしたりするのだが、それはまた別のお話。
今日も深い深いダンジョンの底は幸せそうな笑い声で満ちている。