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1-2:未知との遭遇

『あなたは風鳴龍さんですか?』


 それは問いかけだった。明らかに幽霊の龍を認識している人間からの質問。


 松林の方に目を向けると、小さな人影があわてて木陰に引っ込んだ。栗毛色の髪の毛がワンテンポ遅れてたなびく。セーラー服の制服のように見えるから、向こうに隠れている人物は学生の女の子のようだ。

 人影はチラチラとこちらの反応をうかがっているようで、メッセージの発信者であることは簡単に想像がついた。なるほど、この機械は文字情報を受け取るための道具らしい。

 これほど便利な道具を、別段世間に疎くもない龍が今日まで知らなかったことはこの上なく不可解だが。


「そうだけど」


 女の子の方に向かって声を返すと、「ひゃあっ」と押し殺したような悲鳴が上がった。


 ……今の返事に何か相手をビビらせる要素あった?


 やや間があって、また手の中の機械が震えてメッセージが届いた。


『寺誉丹治を知っていますか? わたしのお父さんです』

「丹治は俺のダチだぞ。それよりも君があいつの娘って、何かの間違いだろう。俺たちはまだ中学生だし、子供なんているはずがない」


 木陰で肩がビクッと震えるのが見え、またしばらく時間を置いてからメッセージが返ってくる。


『龍さんが死んでから、三十年が経っているんです。たぶん、生前の記憶をそのまま受け継いでいるから、誤解しているんだと思います』

「は……?」


 三十年。何度も目をこすって、その文字列が読み間違いではないことを確信する。

 丹治の娘を自称する女の子、記憶にあるよりも成長した松の木に、手元にある見知らぬ便利な機械と、時の経過を示す状況証拠は揃いすぎていた。


「実感が湧かねえ。頭がこんがらがりそうだ」

『でも本当なんです。わたしも龍さんについてお父さんから聞いたことしか知りません。死んだのが、わたしの生まれる前だから』

「このメッセージを送れるゲームウォッチみたいなのも、未来の秘密道具ってわけか」

『スマホって言います。今はこれなくして生きていけませんよ』


 手紙を素早く送れる程度の発明でその言い方は大袈裟すぎるだろうと思っていると、続けてメッセージが届いた。


『それで本題なんですけど、わたしのお願いを聞いてもらえますか?』

「ちょ、ちょっと待て。お願いってなんだ急に」


 龍は慌ててストップをかける。


「他にも知りたいことが山ほどある。君の事情を話す前に、もうちょっとお互いのことを知っておかないと。俺はまだ君の名前も聞いてない」


 今度は龍から尋ねた。このまま話を進められたらますます混乱するところだった。

 ところがいっそう長く待たされた後に、ようやく返ってきたメッセージは予想外に冷たいものだった。


『お断りします。特に幽霊に名前を知られるのは危ないので。除霊師の常識です』

「え……?」

『あなたを霊として復活させたのはわたしです。本来、悪霊に憑かれて死んだ人間は魂も乗っ取られて消滅してしまいます。でもあなたの場合、瀬戸際のところでお父さんが魂だけをなんとか守ったそうです。“もしも自分が不在の時にどうしようもない事態になったら龍の魂を蘇らせろ。あいつはいい奴だから安心しろ”ってお父さんは言っていました。魂だけになったあなたには、悪霊と戦う力があるから』

「だったら……」

『でも、わたしは幽霊を信用してません。仲良くなろうとも思ってません。頼みごとを聞いてくれればそれでいいです』


 重要そうなことをずらっと書き連ねてきたが、その一方的に物言いに、龍は少しムッとした。

 彼女に何か困りごとがあって、龍に助けを求めるため復活させたように文面からは読み取れる。しかし、呼び起こした死者にものを頼む態度ではない。

 そもそもスマートフォンとやらを使ってテンポの悪いやり取りを強いられていること自体がおかしくはないか。声が届いているのならば、せめて木陰から出てきて直接会話してほしい。どうしてこんなに突き放したような態度を――


 内心で文句をつけていた龍だったが、不意にその理由に思い当たってしまった。

 初めて声をかけたときの小さな悲鳴。

 頑なに顔を出さないわけ。

 彼女が龍に冷たいのは、信用していないからではなくむしろ……。

 ある確信に至ると、苛立ちはすぐに収まり、代わりにムクムクと悪戯心が膨らんできた。


「オーケーオーケー。寂しいけど、無理に名前を教えろとは言わない」

『わかってくれて嬉しいです』

「でも、俺、なんかさっきから妬ましい気持ちばっかり感じててさ。死んでる俺と違って、生きてみんなと繋がっている君が羨ましくってしょうがないっていうか……。もしも……君の名前も教えてもらえずに……孤独になって……悪霊になってしまったら…………」


 ごくり、と喉を鳴らす小さな音が聞こえた。

 龍はたっぷりと間をとって、できる限りおどろおどろしい声色で叫ぶ。


「お前を呪っちゃうかもなあ~~~~~~~~~~~~~???」


 龍が両手で“うらめしや”のポーズをとり、小走りで木の裏に回り込んだのと、隠れていた人影が勢いよく尻もちをついたのは同時の出来事だった。


「あええええええええええっっっっっっっっっっっっっっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!??????!?!?!ー!!!!??????!?!?!?!?!!?!?!?」


 声にならない悲鳴が庭一面に響き渡った。松林の小鳥が一斉に飛び立つ。


 龍の目の前には、おかっぱ頭の小さな女の子がへたり込んでいた。

 二重まぶたの垂れ目が丹治にそっくりな、大人しそうな印象の顔つきの子だ。焦点の合わない瞳で龍を睨みつけているものの、口をパクパクさせているせいで全く迫力がない。転んだ拍子にセーラー服のスカートがはだけてしまったらしく、危うく中が見えそうになっている。

 今にもこの場から逃げたしたいと言わんばかりの表情をしているが、すっかり腰が砕けてしまった様子で微動だにしていなかった。


 龍は確かに怖がってくれることを期待していた。

 ……期待していたが、想像よりもはるかに激しすぎるリアクションをされたものだから、満足感よりも申し訳なさが先立っていた。


「いや……その……今のは全部冗談だ、ごめん」


 ノリノリで脅したのは何だったのかと突っ込まれそうなほど殊勝な口ぶりで謝る。

 除霊師なのに怖がりなのか、とからかうつもりだったことは黙っておこうと思った。


「あ、ひゃあ……や……」

「俺は君を襲うつもりはまったくない。名前も気が向いたら教えてくれるのでいい。でもせめて、肩の力を抜いて楽に話さない? 慣れないんだよね、この会話方法」


 そう言って手元のスマートフォンを指差す。同じものが女の子のそばに転がっていた。この端末から龍にメッセージを送っていたのだろう。キーボードがないのにどうやって、と気になりはするが。


「……す、すいませんでした」


 やっとのことで女の子は日本語を発した。

 メッセージでは冷淡な人柄をイメージしていたが、実際に声を聞いてみるとずっと気弱そうな印象を受けた。


「わたしこそ龍さんの気持ちを考えられなくって……。い、意識が戻ったばかりで不安ですもんね」

「まあなあ」

「そしたら……ええと、こうしましょう。まず龍さんの話を聞かせてください。知りたいことにも何でも答えます。……答えられる範囲でですが。それで、気持ちを整理できたら、わたしのお願いを、聞いてもらっても、いいですか」

「ありがとう。そっちのが俺も助かる」


 龍は女の子が起き上がる手助けをしようとして手を伸ばした。

 伸ばした手を掴もうとした女の子だったが、ハッとした様子で顔を赤くして俯いてしまった。


「そ、その……大丈夫です……一人で立てます……」

「あっそう?」


 言葉通り女の子は素早く立ち上がると、スカートをぎゅっと掴んで内股で歩き出した。

 不自然なそぶりに首を傾げていると、ますます顔全体を赤らめながら口を開いた。


「わたし制服を着替えてくるので! 先に客間で待っててください! 場所わかりますよね!」

「わかるけど、着替えるの? なんでまたーー」

「いいから!!」


 女の子は強い語気で遮り、家屋の方に駆け出していった。

 あっけにとられて後ろ姿を見送っていたとき、彼女のスカートにうっすらと黄ばんだ染みを見つけてしまい、何が起こったのかを瞬時に悟った。あんまりにも気まずくなって、頭を掻いてごまかす。


「あー……よっぽど怖がりなのね」


 気づいてしまった件にはあくまで触れず、おどかしてしまったことを後で改めて謝ろう。

 龍はそう心に決めた。

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