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2-4:その程度の勇気


「カシマレイコ? 誰だそれ」

「……っ!」


 何気なく尋ね返した龍と、顔をこわばらせたしい。

 二人の反応はまるで対照的だった。

 「えっとね」と続きをしゃべろうとする鈴愛を、しいは慌てて人差し指を唇へ当てて制止する。鈴愛が口をつぐんだのを確認すると、安堵したようにため息をついた。


「どうしたよ。そんなにビビって」

「『カシマレイコ』。”怪異の内容を知った者にも呪いが降りかかる”タイプの有名な怪異です。怪談の最後に『この話を聞いてしまったあなたも同じ運命を辿るだろう』みたいなオチがつくことがあるでしょう? あれが本当に起こるんです。だから、いま島霧さんにしゃべらせるわけにはいかなかった」


 確かにそういう怪談は龍が生きていた間にもよく耳にしたが、実際に被害にあったことなどない。まさか、”本物”が存在するなどとは思いもよらなかった。


「『カシマレイコ』の呪いにかかるとどうなるんだ?」

「あまり詳しく話すのも良くないので結論だけ言ってしまうと……。足をもがれて、死にます」

「うげえ。でも、その口ぶりだとしいも内容を知ってるんだろ。平気なのか」

「わたしは除霊師ですから。聞き手に伝播させる怪異に対する防護術式を、すでにこの身に施してあります。ワクチンみたいなものです。それでも、軽率に聞くのは危険なんです」


 しいは除霊の専門家らしく、『カシマレイコ』の危険性をとうとうと説く。

 その話を聞くにつれ、顔を青ざめさせていったのは鈴愛だった。


「嘘……あたし、そんなの知らなかったよ。ひょっとして、あたしまで呪いにかかっちゃってるの?」

「可能性は高いかと。……いや、でもなあ」


 しいは首をかしげた。鼻をすんすんと動かして、何かの臭いを嗅ごうとしている。


「島霧さん。お願いがあるんですけど」

「改まっちゃってどうしたの?」

「首筋、嗅がせてもらってもいいですか?」


 鈴愛が、ぎょっとして飛びのいた。両腕で自分の身体をかき抱く。


「違う、違う! 誤解しないで!」


 しいは慌てて否定している。何を?


「怪異に巻き込まれた人間は、”霊臭”っていう独特な臭いを発するようになるの。霊感のある人にしか感じられないんだけどね。『花子さん』のときも、幸田さんが鏡に霊臭を残してた。ちなみに首筋が一番わかりやすいって言われてて……」

「ああ、そ、そういうこと」


 鈴愛は背筋を正すと、ツインテールの片方をかきあげた。


「これでいい?」

「失礼します」


 しいは鈴愛の背中に回り込んで、うなじのあたりに鼻を寄せた。

 数秒、嗅ぎ続けていたが、思うような結果が得られなかったのだろうか。肩に手を置き、さらに鼻先を肌に触れそうになるほどまで近づける。


「ちょ、ちょ、くすぐったいってば」

「全然くさくない……むしろいい匂い……」

「え、やめてよ、なんか照れるじゃん」

「もーちょっと前の方行くね」

「襟ズレる! ストップストップ!」


 龍は気恥ずかしくなり、二人から顔をそむける。女子ってこういう異様に近い距離感で接するのが普通みたいなとこあるよな……。

 それにしても、ちゃんと恥ずかしがっている鈴愛に比べて、しいは表情を崩さない。医者は患者の裸を見ても興奮しないというが、除霊師もそれに近い感覚なのだろうか。

 鈴愛を念入りに嗅ぎ終えたしいは、確信を持った表情で顔を上げた。


「うん。やっぱり、島霧さんから霊臭はまったくしない。不思議なことに『カシマレイコ』には目を付けられていないみたい」

「安心したけど……ドキドキしたぁ」

「これなら、島霧さんが知っていることを話しても安全だと思う。念のために悪霊除けのお守りを渡しておくね」


 『一来寺』と刺繍された青の巾着を、鈴愛と龍は受け取った。龍が死ぬ前、丹治からもらった黒いお守りとは見た目が違うが、三十年前とは色々と変わっているのだろう。


「じゃ、話しても大丈夫?」

「うん、お願い」

「あたしが、おばあちゃんが悪霊に憑かれてるって気づいたきっかけは、一本の電話だった」


 鈴愛は頬に指を当て、記憶を探るようにゆっくりと話し始める。


「一昨日の夜、うちの固定電話が鳴ってね。電話はおばあちゃんの部屋の近くにあって、おばあちゃんが受話器を取ることが多いんだけど、そのときはたまたまあたしが出たの。だけど、その通話相手が変だった」

「どう変だったんだ?」

「女の人の声だった。ノイズがひどくて、それなのに耳元で囁きかけてくるような気持ち悪い感じで。名乗りもせずに、『あし、いる?』って、いきなり尋ねてきたの」


 隣でしいが息を呑んだのがわかった。


「……その質問に、なんて答えたの?」

「答えないで、『どちら様ですか?』って聞き返したんだよね。そしたら『カシマレイコ』とだけ名乗って、すぐ切られた」

「良かった……」

「後でおばあちゃんにその電話のことを伝えたら、信じられないことを言うわけ。『ここ数日、夢の中で、足のない女の子にその質問を何度も何度も尋ねられてうんざりしてるのさ』って。同じ夢を見るだけならまだしも、現実の電話でもかけてくるなんて絶対に変じゃない?」

「確かに」

「だから、それ、絶対に幽霊か何かに憑かれてるよ、一来寺でお祓いしてもらった方が良いよ、っておばあちゃんに勧めたんだけど。耳も貸してくれなかった。それどころか、幽霊だなんて怪しげな話を信じるなって逆ギレされちゃった。どう考えてもおかしいのにね」


 鈴愛はやれやれとため息をついた。


「ホント、あの人は頑固で困るよ」

「ああ、まったくだ」


 龍は心の底から同意する。かつて自分が死んだときと、つくづく変わっていないのだ。悪い意味で。


「何? 龍くん、おばあちゃんのこと知ってるわけ?」

「そういえばまだ言っていなかったか。俺の名字は風鳴。風鳴聖子は、俺のお袋だ」

「えっマジ!?」

「だから、鈴愛は俺の姪ってことになるな。俺だって知ったときは驚いたんだぜ」

「えー、こいつがあたしのおじさんー?」

 

 嫌そうな目線を向けてくる鈴愛。しかし龍の顔を眺めているうちに、だんだん神妙な顔つきになっていった。


「龍って、そっか……。この人が……」

「俺の顔になんか付いてるか?」

「おばあちゃんが、昔死んだ子供の思い出を話してくれたことがあってね。龍くんのことだったんだって今気づいたの」

「知らんところで話に出されるのはむず痒いな。お袋は俺のことなんて言ってた?」

「それは……。せっかく幽霊になったんだし、自分で会って聞いた方が良いと思う。あたしが話すことじゃないよ」


 鈴愛は言いよどんだ。親子の再会に気を遣ってくれたのかもしれないが、生憎、龍は母親と二度と口をきかないと心に決めたばかりなのだ。

 母親とは生きていた間も喧嘩ばかりしていたし、今も性格が変わっていないことを知るにつれ、どんどん心証が悪くなっていく。


「お袋とはなるべく関わりたくないんだけどな」


 龍が吐き捨てると、しいが「それは難しいと思います」と口を挟んだ。


「島霧さんの話を聞いてわかりました。今度の事件、おばあさまの身辺をもっと調査する必要がありそうです。敵は怪談の通りの『カシマレイコ』で間違いなさそうですが、不明な点も多い。本来、伝播力と即効性が強いはずなのに、島霧さんは呪いにかかっていないし、呪われてから数日経つのにおばあさまに被害が出ていない」

「調査なんてしなくても、『カシマレイコ』とやらをぶん殴ればいいだけだろ。『花子さん』のときみたいに。それで全部解決だ」

「龍さん、それは乱暴です」


 しいが珍しく語気を強めた。投げやりな態度の龍を戒めるように、はっきりとした口調で。


「『カシマレイコ』は名が知れているにも関わらず、除霊師がまだ誰1人として完全に除霊できたことのない、謎の多い怪異。そういうときは、霊障被害者の行動や背景をちゃんと調べて、敵の正体も見極めて、慎重に対応しなきゃいけないんです。でないと、取り返しのつかない事態になってしまうかもしれない」

「……」

「おばあさまをちゃんと助けましょう」

「……しいはすげえなあ」


 龍は頭を掻いた。

 しいの除霊師としての正義感にはまったく恐れ入るばかりだ。

 悪霊に狙われた人物が、どんなに嫌いなクラスメイトでも、どんなに邪険に突き放してくる老人でも、助けなければいけないと思った相手は助けようとする。

 そのために必要ならば、怖がりだって克服しようとするし、苦手だった鈴愛ともコミュニケーションを取ろうとする。

 力はなくても、勇気がある。まるでヒーローだ。


 それに比べて、龍のなんと凡庸なことか。

 生死の境を超えて超人的な力を身につけた今でも、お袋から逃げようとしている。楽に解決できることが増えたから、楽な手段を選ぼうとしている。

 それでいい、それでいいのかもしれないが……。


「わかった。お袋の調査は俺がやろう」


 龍は重い口をなんとか開いた。


「いいの? 身内なんだし、あたしがやったげてもいいけど」

「……俺の姪っ子を危険な目に遭わせるわけにはいかないだろ?」


 鈴愛のありがたい提案に誘惑されそうになるが、笑顔を作って断った。

 しいに負けていられない。映画の中のヒーローに憧れていたのは龍だって同じなのだ。

 大層なことではないが、身近な人と向き合う程度の勇気さえも自分にないとは、思いたくなかった。


「なあ、しい」

「なんですか?」

「俺を蘇らせてくれたのが、お前でよかったと思うよ」


 龍は本心からそう言った。

 するとしいは少しの間ぽかんとしていたが、急に顔を赤くして目を伏せる。


「そ、そんなこと……わたしなんて何も……」

 

 横から鈴愛が嫌らしい笑いを浮かべながら脇を小突いてくるので、龍は霊力の糸で縛り上げるのだった。


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