2-3:しいと鈴愛
お待たせしました。半年ぶりの更新です。
作者自身も内容を忘れているところが多いため、既出情報を整理する回になっています。
以前のようなペースは難しいと思いますが失踪はしません(願望)。今後ともよろしくお願いします。
翌日、龍はしいの中学校へ"憑き添って"行った。
鈴愛から、風鳴聖子に関わる霊障の情報を聞き出すためだ。
『花子さん』事件を経てマシになったとはいえ、しいと鈴愛の仲は良好とは言いがたい。事件解決直後の女子トイレで少しだけ会話して以来、一度も顔を合わせていないそうだ。
「その……龍さんがいてくれると、安心できますから」
家を出発する前に、しいは龍に同伴を頼んだ。やはり一人で話しかけるのは不安なのだという。
龍としても、鈴愛が自分の姪だと知って驚いたばかりだ。
名字が”風鳴”ではなく”島霧”である理由は、妹の玄が嫁入りして姓を変えたからだろう。この時代の風鳴家がどうなっているのか、ちゃんと話を聞きたかった。
もっとも、またあの母親に関わらざるをえなくなると思うと、内心げんなりするが……。
「本当に、お袋が霊障の被害にあってるのか? しいの考えすぎってこともあるだろ」
「それを確かめるために島霧さんに話を聞くんです。わずかな兆しだとしても、除霊師として見過ごせません」
六限目が終わり、放課後のチャイムと同時にしいは席を立った。
ふんすと鼻を鳴らし、小さな手のひらを握りしめている。
なんか、めちゃくちゃ気合いが入っている。
「このあいだは、わたしが兆候に気づけなかったせいで対応が後手に回ってしまいましたから……。島霧さんと話すのは怖いけど、今度こそ、完璧に仕事をこなしてみせます」
震え声で言ったしいは、おそるおそる鈴愛の机の方へ歩いて行った。
しいの責任感が強くて生真面目な性格は、かつての丹治によく似ている。ああいうところを見ると、親子なのだなあと実感させられる。
一方我が身を振り返ってみれば、鈴愛も聖子も、龍の家族――姪と母だ。龍は二人に良い印象を抱いていないが、他人から見れば自分もあの二人に果たして似ているのだろうか。
しいは鈴愛の席の横に立った。上目遣いで話しかける。
「あ、あのね、島霧さん」
「……」
「あの……」
「……」
ガン無視。
鈴愛はツインテールの毛先一つ動かさず、バッグを手に取って席を立つ。
「いややっぱ俺とアイツ似てねえわ。あんなに愛想悪くねえぞ……」
龍がぼやくと、しいは一瞬こちらを振り返って苦笑い。
ちなみに今の龍は霊体なので、霊感を持つしい以外のクラスメイトに姿は見えていないし声も聞こえていない。
頑張れ、めげるな、と声援を送る。
「島霧さん! 鈴愛さん!」
しいは声を張ってもう一度名前を呼ぶ。
「……何」
鈴愛がやっと口を開いた。それでも頑なにしいと目を合わせようとしない。
「そ、そのね、話したいことがあって。この後ちょっとだけ時間あるかな?」
「無理。あたし部活あるから」
「ぅ……」
二言目ですぐに言葉に詰まるしい。また困り顔で龍の方を見てくる。
「おい! そこで引き下がるな!」
「(そんなこと言われても~!)」
「初めて俺と話したときはもっとグイグイ来てただろ! 多少強引にでも押せ押せ!」
「(ううううううぅぅぅ~~!)」
龍は無責任に発破をかける。
しいはパニクった様子で口をパクパクさせていたが、再び鈴愛に向き合うと、突然「わたしね!」と大声を出した。
「わたしね! 島霧さんのこと、もっとよく知りたいなって!」
「え……?」
「ね! ここじゃみんなが見てるから二人っきりになろう!? 屋上とかどうかな!」
「あんた何言って……?」
「わたしたちだけの秘密のこと! こないだトイレでやったこと、人に聞かれたら恥ずかしいもんね!?」
大声でまくしたてるしい。
その横で、鈴愛の顔がどんどん赤くなっていき、教室中が二人に注目してざわつき始める。
「え、あの二人ってどういう関係なの……?」
「ていうか鈴愛ちゃん彼氏いたよね……」
「ウソだろ、女子同士だぜ?」
いかがわしい誤解がものすごい早さで広がっていく。
そりゃそうだ。しい本人は言いたいことを言っているだけなのかもしれないが、台詞回しが完全に――口説き文句のそれだ。
いや、強引に押せといった自分も悪いのかもしれないけどさ……。
「ね、ね、いいでしょ! 島霧さん!」
テンパってるしいに周囲の声は聞こえていないようで、無理やり鈴愛の手をつかむ。
しかし鈴愛は呆気にとられ、完全に身体が硬直してしまっている。しいの腕力程度ではテコでも動きそうもない。視線がますます集まってくる。
まずい。
このままじゃ誤解されるどころか除霊のことでボロを出すのも時間の問題だ。収集がつかなくなる。
「……くそっ! 結局こうなるのかよ!」
龍は意を決して、両手の指先から霊力の糸を放った。右手の糸はしいに、左手の糸は鈴愛に。
『花子さん』との戦いで身につけた能力。人間の身体を人形のように操ってしまう糸だ。
糸の先端が付着したのを確認すると、鈴愛の糸をたぐり寄せる。
「う、わあっ!?」
見えない糸に突然引っ張られ、鈴愛はつんのめった。そのまま、しいの豊かな胸元に寄りかかり、全体重をあずける格好になってしまう。
もっとも、糸で身体を支えているから、しいに負担はかかっていないはずだ。
「龍さん!? この糸まさか……」
「いいからそのまま鈴愛を担いでこい。逃げるぞ!」
「えっ、あっ、はい!」
当初の予定では屋上で話を聞くつもりだったが、大声で場所を指定した上にこうも目立ってしまっては、必ず人に見られてしまう。
堂々と除霊の話をするのだ。誰にもわからないところに行かなければ。
「ちょっと放しなさ……むぐぐぐぐぐぐぐぐ」
叫びそうになった鈴愛の口を慌てて縫い合わせる。そのまま教室を飛び出て、二人を引っ張り回す。
傍目には、小柄なしいが、一回りほども体格差のある鈴愛を肩に担いで走っているように見えているだろう。まったく異様な光景に違いない。
「人に見つからない場所……放課後の学校で……!」
走りながら、どこか都合の良い場所はないかと考えを巡らせていたところ、ふと一つの妙案に思い至った。
試してみる価値はありそうだ。失敗したら、まあ、そのときはそのとき。
龍が向かったのは、教室棟中央の女子トイレ。
あの『花子さん』が棲みついていた『鏡の世界』に入ることができれば。
幸いにも、トイレの中に人影はなかった。奥の個室の扉が閉まっているから無人というわけではないだろうが、目撃されることもないだろう。
洗面台の背面にある、等身大の鏡に向かって、龍はそっと手を伸ばした。指先が鏡面に触れると、波紋をたてて”向こう側”へ浸かっていく。
「よし」
龍はそのまま鏡の世界へ入り、まだ外にいるしいに手招きをする。
しいはさすがに戸惑っているようで、鈴愛を担いだまま足踏みをしていた。しかし、奥の個室で水を流す音が聞こえると、慌てて鏡の中へ飛び込んできた。
「ま、また来ちゃった……」
「我ながらナイスアイディアだろ」
龍はようやく姿を現すことにした。ここならば誰にも見られない。鏡の向こう側の現実世界では、個室から出てきた女子生徒が手を洗っているが、こちらの世界の洗面台には、うっすらと透明な影が立っているだけだ。音もしないし、触れもしない。
鈴愛を糸から解放してやると、彼女はしばらくおびえたようにキョロキョロしていた。ややあって龍を見つけると「げっ」とうめき声を出した。
「あんたのしわざだったの、変態幽霊」
「変態はよしてくれよ。悪霊のしわざじゃなくてホッとしただろ?」
「……別に」
鈴愛はプイと顔をそむけた。
図星だったみたいだ。ちょっとマブいかも。
「で、あたしをこんなところに連れて来てなんの用?」
「鈴愛、お前のおばあさんのことについて聞きたいことがある」
「おばあちゃんの?」
そう聞き返した鈴愛は、バツの悪そうな視線をしいに向けた。
「あー、ひょっとしておばあちゃん、しいの家に押しかけた?」
「うん……。金輪際、島霧さんとしゃべらないように、って怒られた」
「あちゃあ……」
鈴愛は大袈裟に手で顔を覆う。一来寺で何があったのか、彼女には予想がついていたらしい。
「あたしも同じこと言われたの。あんたと縁を切りなさいって。おばあちゃん、向こうにも言って聞かせるって息巻いてたからまさかとは思ってたけど、ホントに押しかけるなんて」
「島霧さんもだったんだ」
「さっき、しいに冷たく当たっちゃったのも、その言いつけを守ろうとしたから。マジごめん。おばあちゃん思い込みが激しいから。怖かったでしょ?」
「あ、あはは……人の親戚を悪く言うのもなんだけど……そうだね……」
風鳴聖子という共通の敵を見いだしたおかげなのか、鈴愛はずいぶんと態度を軟化させていた。すっかり緊張の解けた様子であぐらをかいている。
「でも、しいがあたしに声をかけてくれて嬉しかったな。あたしに言いつけを破る勇気はなかった」
「嬉しかった……?」
「健美を助けてくれた恩人だもの。仲良くしようよ」
屈託のない笑顔を浮かべる鈴愛の、あまりにも素直な言葉に、しいは目を丸くしていた。
「わたしは」
しいが絞り出すように言葉をつむいだ。眉間にしわを寄せ、その声色に、珍しく棘を滲ませて。
「わたしは……。これが除霊師のお仕事だから、声をかけただけ。島霧さんにひどいことされたの、許してないから」
「ひどいこと?」
「お化け屋敷でからかわれたり、除霊のことを馬鹿にされたり。他にも色々、あったでしょ」
「あれは――」
鈴愛が咄嗟に何か反論しようとしたが、口をつぐんだ。
確かに龍も驚いている。鈴愛の親しげな態度は、ほんの数日前まで、しいをいじめていた人間のそれとは思えない。竹を割ったような性格というか、割り切りが良すぎるというべきか。
鈴愛にとってはすぐ水に流せる程度のことだったのかもしれないが、しいにとっては簡単になかったことにできるようなことではないのだろう。そのくらいは龍にも想像がついた。
気まずい沈黙が流れる。
しかし、ここでまた二人の関係が悪化して口をきかなくなってしまうと埒があかない。今は鈴愛から情報を聞くためにここへ来たのだ。不本意ではあるが、龍が仲を取り持つことにする。
「まあ、まあ、まあ。それよりも、今は除霊の話だ」
「龍さん。そ、そうですね……」
「鈴愛、お前のばあさんが霊障にかかっているんじゃないかって、俺たちは疑っている。お前も同じことを感じていて、だからオカルト嫌いな彼女に幽霊の話をしたんじゃないか? 悪霊の恐ろしさを信じてもらうために」
龍が尋ねると、鈴愛は大きくうなずいた。
「おばあちゃん、その手の話題になるとホントに言うこと聞いてくれなくって。わたしも『花子さん』をこの目で見るまでは信じてなかったけどね。でも、今、おばあちゃんの身に起きていることは……たぶん霊が関係してると思う」
「詳しく聞かせてくれないか、その話を」
「元々、おばあちゃんが信じてくれていたら一来寺に除霊を依頼するつもりだったの。あなたたちから声をかけてくれて嬉しかったっていうのは、そういう意味でもあるんだけど」
鈴愛は言い訳めいた前置きをしてから、真剣な顔つきで口を開いた。
「『カシマレイコ』って知ってる?」




