温もりが消えたその後で
トゥルーエンドの予告です…。
『オルクィンジェ』杉原清人
酷く懐かしい夢を見ている。
誰かに包まれて、誰かにあやされる夢。
暖かくて視界も朧げで。
夢の中でも尚微睡んでしまうような。
そんな感じ。ここが天国なのだろうか。
誰かと心が繋がっているような、不思議な感じがする。
が、それを踏み躙るように一つの影が伸びる。
「杉原清人」
唯神だった。
グロテスクなその神はーしかし何時もとは少々様子が違った。
「ネタバラシの時間には早いんじゃないか?唯神、いや。ニャルラトホテプ」
「気付きましたか」
木の枝の神にして地球から放逐された神。
そう、今俺たちの手には全ての知恵の盃の欠片がそろっているがそれには唯神の知恵の盃も含まれていなくてはおかしい。
残りの知恵の盃の欠片を与えたのはニャルラトホテプその人否、神。
「解せないな。何で俺に知恵の盃を渡した?それに…お前は一体何体いる?」
「答えない代わりにヒントを与えましょう。『私は神です』」
「…そう言う事かよ。クソが!!!」
その一言で全てを理解した。
全てがとんだ茶番劇だった訳だ。本当に救われないし、そもそも救いが用意されてもいない。
笑えないジョークだ。
最初からこうなる事が決まっていたのか。
俺に掛けられた呪いの意味。
ティアに対価を支払っていた簒奪の力。
俺の悪魔の如き変容を見せる心象解放。
アルクィンジェが呼んだ俺の名前。
ティアを名乗る知恵の盃。
唐突過ぎるアッシュの神格化。
そして、ニャルラトホテプの意図。
全ての点は一本の線となり最悪の結末を描き出す。
そうだ。つまりニャルラトホテプは個人ではなくネットワーク。
目を向けるべきはサーバーではなかった。
最初から俺は間違えていたのだ。
ニャルラトホテプは嘲笑の神。嘘吐きは奴の十八番だった。
「ただ…そうですね。本来激励の為に来たので今回でバレるのは些か不本意です。ので、忘れて下さい。その代わりにこの『騙り』では貴方を幸せにしてあげましょう」
「おい!待て!!」
「では、良い眠りを。裏切り者のオルクィンジェ」
◆◆◆
ゆっくりと目を開けると真っ暗だった。最早目が開いているのか閉じているのか分かったものではない。
少なくとも夜は明けていないだろう。
酒を飲んだから眠りの質が落ちているかもしれない。
ただ、ゆっくりと何か絹の擦れる音がした。
次いで仄かに香る甘い匂い。
なんだかこそばゆくて態勢を変えようとするが固定されているのか身じろぎ一つ出来ない。
俺は何をしていたっけ。
お酒を飲んでルピナスを布団に入れて…ッ!?
あれからルピナスに頭を抱かれて安心して眠りについたのか。
で、一緒の布団に引きずり込まれて抱き枕代わりに使われている、と。
流石に今は動けない。しばらく態勢をキープするとしよう。
何故か。今俺が動いたら触ってはいけない場所に触ってしまう所謂ラッキースケベが発動してしまう確信があったからだ。
ルピナスには俺に対する心象を損ねて貰いたくない。
落ち着こうと息を大きく吸い込むと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
なんだか絵面が変態的になっただけで落ち着きもあったものではない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずかルピナスは寝返りを打ち俺の方を向いた。
唇は薄い桜色だ…。駄目だ駄目だ。
別の事を考えよう。
睫毛ってこんなに長いんだな…でもなくて。
えぇい、ここはもう致し方ない。
布団から強引に出るしかあるまい。
ルピナスの手を優しく払い布団から抜け出す。
「んぅ…」
寂しげな声に聞こえた。
どうしてだろうか。倫理的には正しいはずなのに罪悪感がある。
まるで長年使って来たタオルケットを体裁の為に捨ててしまったような、そんな感じ。
いや、そのものズバリか。
…誰に支持されるでもなく俺はルピナスの元に戻る。
心なしかルピナスの表情が綻んでいる気がする。
「…これで良いか?」
「……すぅ」
こめかみが若干ヒクついた。つまりこう言う事だ。
ルピナスは寝た振りをしていた。
それでまんまと俺は一緒の布団まで戻ってしまった訳だ。
「実は起きてるだろ?」
「バレてた?」
クスクスと笑うルピナス。
「清人は甘えるのが下手だから。私が甘やかすって決めた」
「良く、分からないな」
耳元で蕩かすように囁くのだ。
背筋に電流が流れたようにむず痒い感覚がやって来た。
「それに…近いぞ?」
息が掛かるくらい近くに彼女の顔があるとどうにも落ち着かない気分になる。
「おいで、清人」
「いや、おいでって…」
顔がやはり近い。
ずずっとルピナスの端正な顔が近づき透徹した猫ような金色の瞳が俺を見つめる。
「まだ朝じゃないし。二度寝しよ?」
「…そうだな」
◆◆◆
これが、魔王討伐前日の深夜の記憶。
俺は一つの解を得た。
いつかの狂気に濡れた俺がルピナスを殺したとき…図らずも真実に近付いていたのだ。
だが、忘れてしまった。
ここに言おう。
俺が間違えたと断じたものは最初以外は何一つ間違いなどではなかったのだ。
俺は…もう、一度理解してしまった。
だから絶望はしてやらない。




