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再臨する男

『理想の追求者』杉原清人


俺は勝てなかった。勝てる見込みも、時間も無かった。

鍛えれば…成長さえすれば…。

そんな妄想すら抱かせてはくれない位に完膚無きまでに叩きのめされた。

俺は低迷と失意を感じるだけ。

この五年、決意を固めてから俺の意思に勝つ理不尽は一つとしてなかった。

そして今、理不尽に折られた。

心だけが、心だけが折れてはくれない。

心が折れてくれれば…或いはもっと楽になれただろう。

ただ、あの日のルピナスを作り上げるという誓いが楔になって抜けないのだ。

これは俺にとっては非常にフェータルな問題だ。


故に俺は自分に問いかける。


お前はどこで間違えた?


多分、最初から。


そう。始まりがおかしかったのだ。

希望を持たず、目的を持たず、理想を持たず。

これで、何になる?

俺は五年で進化した。そう、たった五年だ。

俺は何年存在した?

百年か?

そうじゃないだろ?

その間、俺は一歩も進まずに捻れた。

マザーグースの曲がった男のように。


『あんよ、あんよ』

『わるものをやっつけた!』


ああ、そうだ。

忘れていた。俺には理想は確かに此処にあった。

俺は英雄…いや、違うな。

正義の味方。

言ってしまえば陳腐なもので、それは何処にでも溢れている…氾濫している、とも言える。

弱きを助け強きを挫く。

ただ、そんな子供の単純な理想があった。


強きは摘まなければならない。

負けたく、ない。

ルピナスへの道は閉ざしてはならない。


ハッ!ないない尽くしの強欲な餓鬼だ。


でも、…それでも心はひしゃげ、肉体は疲弊していても。

それでも…俺は…俺はッ!!


掻き集めろ。取り戻せ。

俺の心象は砕かれた?

なら新しいのを繕えばいい。


「ようやく思い出したね。僕」

「…ENVYか」

「そう、僕はENVY。君を魔族足らしめる者さ」


それは五年前の俺の姿だった。

力をまともに振るえないままに無辜の民を虐殺した俺。


「…僕はさ。捻くれちゃったから世界を破壊する事で皆んなを苦しみから解き放とうとしたんだ。行動原理は薄汚いヒロティシズムさ」

「…そうか」


それは何処かの誰かと全く同じ行動原理だった。

世界をもう一度作り直す。

ティアの力でゼロから宇宙を始める時間を稼ぐ為に世界のリソースを食い潰す異能者を虐殺した。薄汚いヒロティシズム。


異能ーそれは超常の力。

人間の進化の過程で炎を出したり水を出したりといった進化を遂げる機会は無かった。

にも関わらずそれらの力を振るう者たち。

ペイラノイハの神は予期していなかったのだろう。

その迂闊さが世界を崩壊させた。

…まあ、邪神が出張るとは思いもしなんだろうが。


「君はルピナスとの安寧。個人の幸福を願っている。僕達はだから折り合わない」

「…俺は個人の幸福を。お前は皆んなの幸福を。それぞれ願ったモノが違う。けどよ」



「折り合わないって一点で俺たちは折り合ってるんだぜ?」


「全く、僕は格好良いね」


手をぶらぶらと揺らし、呆れたような声を上げる。


「なぁ、一人で無理なら二人で、二人で無理なら三人で。そう言うのは案外悪くないだろ?」

「ヒーローものなら満点、現実は零点。だけど…」



「「此処で退いたら男じゃねえ」」


何だよ、折り合うじゃないか。

畜生、早く気付けば良かった。


何にしろ立ち上がるにはこれで十分だろ?

目を覚ます。


「清人!?」

「大将!?」


心配をする二人の顔がぼやけて見えた。

顔を青くして…全く、俺は不甲斐ない魔王様だ。


意識を切り替える。俺は嵐のように苛烈な闘争を望む。


敵は闇に紛れた。

は?関係ないな。


「ティア、ニャルラトホテプは何処にいる?」

「わ、分からねえェ。テメェ、そんなナリで何をするつもりだァ!!何をするつもりなんだよォ!!」

「何って…決まってるだろ?」



「世界を救う魔王になる」



「圭一郎、EXエクスで支援出来るか?」

「ああ、出来るぜ。大将」

「反撃するぞ」


立ち上がりブーツを踏み鳴らす。


トンカッカ、トンカッカ。


次いで首をひと回しして、新しい鎌を右手に持つ。

その鎌は前のものより小さく、色も濡れた鴉の羽根のように黒ずんでいて禍々しい。

銘は『デモニカ』。

そして、もう一つの鎌を左手に持つ。その鎌は白く、白く降り積もる雪のように透き通っている。

銘は『エンゼリカ』。


黒はENVYの願い、白は俺の理想。

それは鎌ではあるがシックルにまで小型化したものだった。


それは純化した想いのように。

無駄な不安とか陰鬱、惨憺、焦燥、驕傲、散漫、欺瞞、憤怒、怠惰、色欲、強欲、傲慢、暴食、そして嫉妬を削ぎ落とした。

完成形を打ち壊して生まれた一対の鎌。


そしてー。


「大将!?」


新たな俺、新たな武器、とくれば残りは一つ。


新たな心象の境地。


俺を起点に世界が凍結する。

そし紅炎が立ち上り、盾のように視界を覆う。

天には数多の星の輝き。


氷の非情と炎の願望の顕現。


これが新たな心象結界。


ぼく思う故におれあり。善悪の彼岸よ、あれ」


心象結界、『ザ=ステラ』。


「おじちゃんをお呼びかな、キヨ坊」


木陰から異形が這い出す。

こいつの顔はここで見納めだ。


「何を勘違いしてる?」

「ふむ」


『俺』一人では無い。

『俺』、圭一郎、ティア、そして『ENVY』。

決して一人ではない。



「俺たちがお前を呼んだ。そう訂正しろ」

「ほう?面白いじゃないの。じゃあ、大人が子供の叛逆を諌めようかね」



「認識が甘いぞ。これは叛逆じゃない」


ニヤリと不気味に笑う。



「さあ、死合おうか!!」

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