罪悪の心象
ヘタレ主人公ってイライラするけど人間味があって嫌いじゃない。
蛮勇掲げるより、いつもヘラヘラするより、チートで俺ツェーするよりよっぽど上等だと私は思う。
『損耗』杉原清人
「心象解放?」
「そう、心象解放。お兄ちゃんがあのキチガイ相手に無自覚に使った技術ね」
思い出した。体と心が乖離して体が変革されるようや激しい違和感。
アレが心象解放?
「そう、その理解であってるよ」
「要するに魔獣の力をコントロールするのか」
リリップは知恵の盃の介入に頬を膨らませる。
こんな仕草ではあるが実年齢は…止めよう。リリップには筒抜けなのだ。
実年齢を考察などすれば一般常識の欠如と取られかねない。
俺はルピナスと再会した時には、良い男でありたいのだ。
細やかな気遣いは必須だろう。
とーリリップがこちらをじぃっと見ていた。やはり思考が読まれたか。
お返しにと見つめ返す。
案外リリップは整った顔つきをしていて可愛らしいな。
…考えて見ると俺はこっちに来てから関わる人は美形揃いだ。
ユーリィは爽やかな美丈夫だし、リガルドは溌剌としたワイルドなイケメン。
ルピナスは俺の願望そのものだから当然美しい。最早絶世、傾国だ。
時任も見てくれは良いし、平塚も影のある美女。
普通の顔と言えば対魔連盟のヘンケンとフラワーショップ・橘のおっちゃん、あとワークショップの芋芋しい姉ちゃんか。
俺は案外面食いなのだろうか。
とは言えリリップはその中でも中々別嬪な部類に入る。心象的には俺を拒んだ時任や平塚より上に位置するだろう。
まぁ、あの件は仕方がないが。
「…ッ!!?」
ん?リリップの顔が赤い。
どうか…してるな。
「おい、コラァ!この女たらしィ!」
思い至るのに時間がかってしまった。
心を読まれたのか。
リリップの口元がヒクヒクしてニマニマ笑いを堪えているようだ。
時任に勝ったのが嬉しいのか、はたまた俺が可愛らしいと思ったのが嬉しいのか。それとも両方か。
何とは無しに頭を撫でてみる。かつてルピナスがやったみたいに…そよ風の如く優しく柔らかな手つきでサラサラとした黄色の髪を撫でていく。
触り心地は極上だ。
多分、絹よりも上等なのではないだろうか。
「うへへ…」
癖になりそうだ。
何だか変な事を考えてしまう。
俺が父でルピナスが母、それでリリップが娘で…知恵の盃が番犬?
何だろう、最後のやつが似つかわしくなくて笑えてくる。
そんな幸せな世界なんて、無いのに。
ふと、冷静になる。
…俺は馬鹿か。
再三俺は俺に問いかける。
お前は馬鹿なのかと。
冷や水をぶっ掛けられた気分だった。
背筋が凍えて、口が渇いて。
『鏖殺しておきながら美幼女にご執心とは良いご身分だ』と。
そう、俺の一部が皮肉めいた言葉を吐き捨てるのだ。
そして、それが正しいように思えた。
俺は救われたいと願った。
ルピナスが欲しいと願った。
欲望にある程度ば忠実であれと志した。
では、これは許容範囲内か?
欲望の範疇か?俺の求める救いはこんなものか?
『否だろ?』
たかがリリップの髪を触れただけ。
それだけで許されない事のように感じる。
悪戯に心を弄ぶ悪魔のような不実さを感じずにはいられないのだ。
これは多分、戒めとかではない。
ファンタジーの世界観で具現化した呪いでもなく、純粋な『呪い』だ。
それ自体に力は無くても影響を及ぼすモノ。
行動を制限する形なき軛。
既に手は止まっていた。
手は汗ばみ、濡れている。まるでリリップの髪を汗で汚すのはいけないと示すかのように。手を止める理由を付けるように。
息を一つ吐き心を落ち着ける。
ああ、話を逸らしてしまっな。
俺は本当何様なんだか。
「テメェ、潔癖だよなァ?」
「潔癖、か。そうかも知れないな」
リリップは上目遣いにこちらを見つめる。心配させてしまっただろうか。
繕わなければ。
自然に振る舞えば切り抜けられるか?
「ん、どうした?」
リリップの目は痛ましいものを見る目だった。凡その人に向けるような視線じゃない。
どうやらしくじったようだ。
全然自然に振る舞えない。焦る。焦る。
「心配解放の特訓しないのか?」
内心は穏やかとは程遠い。けれど、言葉が必要だった。
繕い、隠し、逸らす言葉が。偽物が。
今の俺には必要だった。
だから言葉を重ねる。
上擦った声を出さないように、声が震えないように心の底から願う。
「そ、うだね。お兄ちゃん」
「馬鹿野郎ゥ、テメェリリップに筒抜けなのそっちのけでネガティヴになりやがってェ。テメェ何様のつもりだァ?」
「お、俺は…」
俺はその問いに。
答えることは出来なかった。




