魔獣戦線ニ憤怒アリ
『冒険者ユーリィ』
「憤怒だろ」
「お前は…」
「あなたが…杉原智人」
杉原智人ー憤怒はそう言った。
『第三階層、崩壊』
『第四階層、崩壊』
『第五階層、崩壊』
「ッ!?」
「やーっと効いたか」
「あなた、何をしたんです!?」
「え?強いのがウザかったから力を奪ったり精神を溶融させただけだが?」
魔獣は絶望を糧に人間が変成する姿。
力とは絶望の生み出す莫大な負のエネルギーであり魔獣の強さの源泉。
それを喪失したとなれば先ず心象結界が崩壊する。
次いで心象迷宮が崩壊しー呪核だけが残る。
呪核だけが残った場合人間は元には戻れない。
そもそも心象迷宮の攻略だけが呪核の負のエネルギーを発散させる手段であり、他の手段では魔獣は人間に戻る事は出来ない。
つまり、僕と決勝を争ったエンヴィー・メランコリアは人間には戻れない。
「この外道が!!」
「いや、俺より強いのがいけないだろ。常識的に考えて」
絶句した。
話にならない。話をするつもりが微塵もない。
こいつも…こいつも化け物と言う訳だ。
『第十七階層、襲来』
「しね」
ズドンと腹に響く音を聞いた。
上から超質量が落ちたかのように。
砂埃の向こうに薄っすらと小柄な人影が覗く。
「死ね」
前よりも仄暗い双眸。
「死ね」
前よりも色の抜けた髪。
「死ね」
身に纏った大正浪漫。死神の持つような大鎌。
「来ちゃったか」
「エンヴィー(・・・・・)!!」
生き写しのようなー合わせ鏡のような二人は互いを睥睨し、同時に言った。
「「死ね」」
◆◆◆
『魔獣エンヴィー』
力を奪われる理不尽を先ず感じた。
輝くものを凡そ無くした俺だがそれでも力だけはあった。
まぁ、それも前の話。
認めよう。俺は弱い。
もう人間には戻れない。あぁ、それでも構わない。
でも、杉原智人。コイツだけは刺し違えても殺す。
俺にも他人の幸せを柄にもなく願った事があった。
そいつは俺と違って愛されていて、俺と違って四肢が満足にあった。
それが俺の唯一の兄、杉原智人。
その頃は他人の幸せを願うのは美しくて満たされて。素敵だと思っていた。
だから兄に、智人に勝手に期待した。
格好良い友人を作るだろうか。
可愛らしい彼女を作るだろうか。
次の世代に命のバトンを繋げるのだろうか、なんてな。
智人は成長していった。
あぁ、全て見ていたとも。
親との些細な喧嘩も。
テストで良い点を取って喜んだのも。
女の子に告白した事も。
それは殺戮に身を置く俺のささやかな救いだった。
なのに。
智人は自殺した。
『来世はもっとステータスの高い人間に生まれ変わります』と遺して。
巫山戯るな!!!
巫山戯るな!!!
馬鹿野郎ッ!!!!
いじめは無かった。
勝手に死んだのだ。勝手に嫌になって勝手に死んだのだ。
そんなのは許せない!!!
なら、その人生を俺に寄越せ!!
俺に時間をくれ!!
どれだけ親がオマエに愛を与えていたと思ってる!!!!
俺は足りないのにッ!!
飢えて、渇いて、綻びて、ボロボロになって化け物に成り果てたのに!!!
だから、来世があるならオマエを必ず俺が殺す。
今がその時!!
「簒奪」
「憤怒」
俺は足りない。
「簒奪ッ!」
「憤怒ゥ!」
だから奪う。他人の輝く何かを。
例え、その本質が見えなくても奪うしかないし、俺は奪い続ける。
「穿てメルへンリート・カルグネイデス!!」
「切り裂け天地深夜!!」
弾き、いなし、斬り結ぶ。
あんなに薄っぺらいものなのにとても遠い。踏み込む一歩が足りない。
そして重い。
この重さを俺は知っている。
盲信の重さだ。
生まれ変われば必ず強いと言う固定観念への盲信。自分が弱者たればそれを否認する憤怒が敵から力を奪う。
俺は見上げるしかないのか。
ここで潰えるのか。
いや、それもー悪くは
「炎環呪怨滅殺」
「危ないなぁ!!あぁクソイライラする。憤怒だぞ?」
それは錆びた大鎌を持ったかつての俺の姿。
傍らの少女はーエリーゼか。
「憤怒、君はやって良い事と悪い事の判別がつかないらしい」
呪いに蝕まれながら『鬼面』は前に進みでる。もう、俺の姿を借りても顔が判別出来ないくらい進行している。
「嫉妬、共闘と行かないか」
「ハッ、魔獣に何を言ってんだか」
もう、どうにでもなれ。
俺は智人を殺せればそれで良い。
「じゃ、私の最後の呪いをあげる」
『第百階層、運命を掛けたフィールド』
「もう少し話をしたかったよ、エリーゼ。…さて、死合だ智人。体は暖まったか?」
「雑魚愚弟が」
「僕を忘れて貰ったら困る」
二つの大鎌と一つのレイピアが交錯するー!!




